表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年魔女  作者: 朧
65/65

第二十九話 魔女と青春(4)

 結局、使い魔は見つからず千田くんからの連絡が先だった。

 骨折り損とまではいかないが、無駄足だったことは違いない。ちょっと疲れたな。


 一旦魔女と落ち合ってから捜索を再開することになった。待ち合わせ場所は一階の階段裏。人通りが最も少ないであろう場所である。

 ここから少し離れているけど、吸血後で貧血気味の千田くんを歩かせるわけにもいかない。急ごう。


 足早に人の合間を縫っていく。校庭イベントが始まる頃だからか、昼時より密度は低く感じた。


 ふと出処のわからない問いが浮かぶ。

 シュークさんは帰ったのだろうか。


 ミステリアスで苦手だけど、心優しいバンパイアなのは知っている。千田くんの事が好きだということも、それでは彼を殺してしまうことになることも。


 好きになった人の血しか吸えなくなる、か。


 日に日に衝動が強くなって、最終的には想い人のすべての血を吸い尽くしてしまうだなんて。酷い話である。

 体は血を欲しているのに、本能に従ってしまえば自らの手で殺してしまう。確かシュークさんは、そのような別れをすでに経験していた。


 千田くんはどう思っているのだろう。

 応えてしまえば死んでしまうが、だからと言って簡単に切り捨てる訳にもいかない。彼自身の心は、傾いているのだろうか。


 なんか、だめだな。最近はずっとこうだ。

 随分とわがままになってしまったな。


 角を曲がるとすぐに目的地だ。人気のない場所は冷えていて、遠くから谺する喧騒が心地良い。

 でも、聴こえたのは。


「咲薇くん、私、ずっと好きでした」


 息が止まってしまった。


 ・

 ・

 ・


 俺が落ち合おうとしたのは呪いの相手だった筈だのに、今目の前にいるのは違う女子高生。

 会った直後は誰なのか分からなかったが、名前を聞いて思い出す。小学生の時、同じクラスだった子だ。


「急にこんなこと言われても困るよね」


 大人しそうな彼女は真っ赤にした顔を俯かせる。決死の覚悟だったのか、こちらから見ても手が震えていた。


「付き合いたいとかじゃなくて、ただ、いい加減この気持ちから解放されたかったんだ。一方的でごめんね」


 彼女は何度も頭を小さく下げて、返事すら聞かずに走り去っていってしまった。一撃離脱とはまさにこの事だろうな。


 予想だにしていなかった告白に頭がぐるぐる回る。なんか言えば良かったか?


「ごめん、待った?」


 聞き慣れた声に心臓が軽く跳ねる。

 振り返ると、泉が無感情な眼差しで見つめていた。

 咄嗟に首を振る。


「いや、俺も来たばっかだし」

「……そう」


 普段と違う、温度のない返答。彼女の機嫌が悪い気がした。

 なんだか胸騒ぎがして謝罪に出る。


「一人にさせて悪かった。シュークならもう帰ったし、貧血も大丈夫だ」


 大丈夫という単語に安心したらしく、泉は少しばかり目を細めてみせた。が、すぐに元に戻ってしまう。

 彼女は他人事のように呟いた。


「モテるんだね」

「き、聞いてたのかよ。でも付き合う云々の話じゃなかっただろ」

「そうかな。あの子、とても一途だったね」


 棒読みの台詞には距離があった。


 彼女が歩き出し、慌てて駆け寄る。襟から呪いの刻印が顔を覗かせた。


 思わず返しに詰まる。一途と言えばそうだが、俺は知らなかったし気づかなかった。応えようがなかった。


 泉は淡白な相槌を打つばかりで、一向に俺の言い分を聞き入れてはくれない。隣を歩いているのに、集中してくれていないみたいだ。


「おい、泉」


 ショートヘアは俯く。声は答えているが、心ここにあらずといった感じだ。


 見過ごせない違和感に手を伸ばす。

 途端。


 視野が暗転する。四肢の力が抜けて思わず前へ倒れそうになったが、反射的に片足が踏み出される。それでも脱力したまま。


 しかし床に倒れ込むことはなかった。泉が支えに回ってくれたのだ。


「千田くん、顔真っ青だよ。大丈夫じゃないでしょう」

「わ、悪い……」


 華奢な肩に凭れ掛かってしまう。非力そうな腕が精いっぱい俺の身体を抱き止めてくれた。

 早く、離れないと。

 そうは思うものの頭の中が点滅してしまって言うことを聞かない。くそ、今になって貧血かよ。


 全身の血の気が引いていく。

 鼻先にある彼女の匂いにすら反応できない。


「ちょっと休もう。座って」


 泉はそっと片手を取り、もう一方の手を背に回す。導いてくれる所作は丁寧で優しかった。


 壁に背を預ける。幾分かマシになったが身体の先々が冷たく感じた。なんか、嫌だ。拒みたい。


「待ってて、先生呼んでくる」


 泉が腰を上げそうになる。遠ざかりかけた体温に、無意識に手を伸ばした。

 掴んだのは彼女の左手首。こちらへ振り返ったのは分かったが、どんな表情をしているかだなんて俺には見る余裕がなかった。


 少し休めば回復すると言うと彼女は困惑した言葉を口にする。心配してくれているのだろうが、今は。


「隣に、いて」


 熱が去っていく感覚がどうしようもなく怖かった。目に見えて死んでいくみたいで。


 様子のおかしい俺を落ち着かせるためか、彼女は目の前に座り直す。両手を繋ぎ一言、いるよと答えた。その手はあたたかくて仕方なかった。


 数分経つと視界が開けてくる。

 前触れなく、泉は決まりが悪そうに言った。


「さっきは冷たい態度とっちゃってごめんね」

「いや、俺こそ迷惑かけた」

「これくらい全然。いつも千田くんには助けられてばかりだから」


 それは、違う。


「俺もお前に助けられてる。今だって傍にいてくれてる」


 賑やかな騒音から離れた此処で、僅かに低い気温の真ん中。

 口を衝いたのは久しい響きだった。


「ありがとう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ