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少年魔女  作者: 朧
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第二十九話 魔女と青春(2)

 ハルデがラセットブラウンの髪を揺らして走ってきた。

 彼は目の前に来るなり、私の両手を取って握りしめてくる。


「ひゃーっ可愛いよその服! 似合ってる! ぼくの仲間みたいだ!」


 仲間、と言われてなるほどと思った。確かに衣装の至るところにコウモリの刺繍や装飾がある。それで悪魔に見えるらしい。


 久しぶりに通常の姿の彼を見て、自然と唇が綻んだ。やっぱり弟ができたみたいだな。


 使い魔が騒いでいるのが気に入らないのか、千田くんは「やめろ」と言って私から引き離す。反射的にハルデは猫耳を出してしまったが、すぐ頭に手を当てた。


「ちょっと! 何するのさ!」

「通り道で騒ぐんじゃねーよ。腹減ってんならついて来い」

「えっ、ガキ魔女奢ってくれんの!」


 今度こそ頭上の三角耳が立ち上がった。もう隠す気ないよね。


 悪魔はぴょんぴょん跳ねながら先頭を行く。行きたいお店があるようで、迷いなく人を搔き分けて行ってしまった。

 追って、千田くんも足を急がせる。私もついて行こうとしたが、衣装のロングスカートが引っ掛かって思うようにいかない。


 はぐれちゃう。

 そう思った時、魔女が振り返った。


「泉」


 名を呼んで手を差し伸べる。古くなった傷跡が残るそれは、骨張っていたが(しな)やかに広げられている。

 頼もしくも脆さを感じざるを得ない、そんな手。

 躊躇いなく私は掴んだ。


 強く引かれる。同じくらい強く握る。魔女の体温。詰まる距離。一歩大きく踏み出す。

 彼の隣に立つ。


 こちらが感謝の言葉を口にしようとしたら、千田くんが耳元で言った。騒音に掻き消されないよう。


「はぐれっからこのまま行くぞ」


 その言葉を理解する前に引っ張られる。反応するより先に体が前へと進められた。

 彼が先陣を切ってくれるお陰で歩きやすく、人混みの息苦しさもない。誰かにこうされるのはいつぶりだろう。


 一度、視界が開けた。混雑を抜けたらしい。


 隙間から吹く秋風は、外の屋台の匂いを運んできた。お腹すいたなと、思い出したように呟く。


 ふと、繋いでいた手が切れた。

 魔女の温度が遠ざかったのに、私の片手は熱を帯びたままである。

 彼はこちらに顔も向けず、自身の下駄箱へと手を掛けた。勝手に行こうとする使い魔を叱り口調で呼び止め、下足へと履き替える。


 私も慌てて後を追った。


 どうしてだろう。まだ、繋ぎたかったと思ってしまう。

 子どもな自分に溜息が出た。


 ・

 ・

 ・


 いや、あれは仕方のないことだった。

 隣を歩く泉へ意識を向けながら思う。


 互いの姿を見失う気がして、咄嗟に彼女の手を握ってしまった。仕方なかったと言い切りたいのだが、本人の了承を得ずに触れたことは如何なものだろう。


 しかし彼女は、嫌がる素振りを見せなかったし、握り返してもくれた。

 どうしても都合よく考えたくて、胸が痛痒い。


 それはそうと、人間の群れに人外が一匹突っ走ってしまった。

 思い返せば、あんなにはしゃぐ悪魔だったろうかと感じる。あまり、覚えていないな。


 ハルデを追いつつ、泉も忙しなく周囲に目を遣っていた。


 不意。


「さっきゅん!! トキノ!!」


 聞き覚えのある、鈴に似た声が耳を劈いた。


 思わず俺は「げっ」と反応してしまう。対して相手はお構いなく駆けてきた。

 勢いよく俺たちの前に立つと、金髪の彼女は丁寧にお辞儀をして見せる。


「会いたかったわ、二人とも。元気にしてた?」


 上流魔法使いの一人娘、リーリンは形の良い唇を弓なりにした。今日はドレスではなく、落ち着きのあるワンピースを身に纏っている。

 久しい友人に、泉も目を細めて挨拶した。


「元気でしたよ。リーリン様もお元気そうで何よりです」

「敬語はもう良くってよ。トキノはリーのお嫁さんになるんだから」

「その話マジだったのかよ」

「あら、さっきゅんもお嫁さんになるのよ?」


 一体あの舞踏会で何が起きたのか予想もできないが、この高飛車なお嬢様は一般JK・魔女のDKと結婚するつもりらしい。

 以前から交流のある俺ならともかく、泉は本当に何があったんだ。


 呆れ顔の俺を見て、呪いの相手は小さく笑う。

 軽く腰を折った彼女は、十二歳の小さき姫と目線を合わせた。


「お付きの方は? お一人ではないでしょう」

「みんな足が遅いから、置いてきちゃったわ」


 我が儘の程度は変わりないらしい。従者も苦労しているな。


 彼女の手には既に、綿飴や飲み物、景品の風船や焼きそばのパックがある。しっかりパンフレットを持っているあたり、心ゆくまで満喫するつもりだったんだろう。

 ん、パンフレット?


 彼女は日本に住んでいない。遠く離れた異国の地もしくは魔法界で暮らしているはずだ。

 ならば、どうしてこの片田舎にある高校の文化祭を知っているんだ?


「リーリン、今日のこと誰から聞いた」


 西洋人形に似た端正な顔を傾けて、彼女は答える。


「シュークっていう、眼鏡をかけたヴァンパイアよ」


 名を耳にして額を押さえる。アイツどこまで旅してんだ。


 彼は断食を続ける傍ら、至るところの情報を集め、魔女に味方してくれている吸血鬼である。

 特別に俺への執着心があり、事あるごとに情報提供してくれている。助かる反面、彼からの好意には応えきれていない。正直、どう反応したら良いのか分からないのだ。


「まさか来てるわけないよな、ここに」

「教えてくれた時は行くって言ってたわ」


 遭遇は不可避だと悟った。どんな顔をしたらいいか迷う俺の身にもなってくれ。

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