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少年魔女  作者: 朧
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第二十九話 魔女と青春(1)

 公開文化祭、当日。

 幸いにも秋晴れではあるが、照りつける陽の光は一つ前の季節を想起させる。校舎には見慣れない人々が行き交っていた。


 視界には、揃って安価なスーツを着たクラスメイトが席についている。訪れた客を男女構わず相手し、紙コップに分けられた飲み物を配った。


 俺は根から接客向きではないと自負しているが、概ねそれは当たりだった。自分でもこれほど世辞を言うのが下手なのかと驚くくらいである。

 他に人がいなかったら、客にドリンクをぶっ掛けられているところだ。


 昼前になって、次のシフトの奴らがやって来た。その中、眼鏡を掛けていないシンが走ってくる。


「逃げずに仕事したのか咲薇! 偉いぞ」

「俺を何だと思ってんだよ」


 楽しげな笑顔は普段と違った人懐こさがあった。呆れつつも後を継いでもらう。


 さて、と。

 髪も整え直したし、泉の所に行ってみるか。アイツ廊下の列整備とか言ってたから、すぐに見つかるはず。


 身なりを鏡で確認してから廊下へと出た。人の熱気で気圧されそうになる。

 見回すとすぐ、目印である緑のメイド服が見つかった。が、その隣に背丈のある人影が立っている。


 俺より少し長身な男は見かけない顔だった。同い年くらいか、ヘラヘラとした笑顔が癪に障る。


「ねぇ連絡先教えてよ。だめならちょっと遊ばない?」


 うわ、ナンパかよ。今でもいるんだな。


 大きく溜息を吐いて歩み寄った。この手の厄介者は明確な意思表示で切れる。何より他に男が現れたら引き下がるだろう。


「すんません、コイツ俺と先約あるんで。手ぇ出さないでもらえますか」


 こういう時だけ自前の目付きの悪さが武器になっていい。男はぎょっとした表情をしてから苦笑した。


「なんだ彼氏持ちか、残念。ごめんね」


 思っていたより丁寧な言葉遣いで彼は去った。あの人ナンパ向いてねーんじゃね??


 とりあえず変な虫を追い払うことができたので良しとしよう。振り返って泉に声を掛ける。


「大丈夫か。気持ち(わり)ぃこととか言われてねーか?」

「あ、うん、大丈夫。ありがと」


 どこか拍子抜けした顔で返す。こちらが小さく首を傾げると、泉は抑揚のない口調で言った。


「勘違いされちゃったけど」


 彼女の台詞に思わず視線を逸らす。微かに頬が熱くなった。

 咄嗟に、否定したらややこしくなると思ったからだと伝える。決して下心があったわけではないと。


 それがしっかり伝わったか否か、泉は無表情で、そうとだけ相槌を打った。相変わらず何を考えてるのか分かんねぇ。


 これからはちゃんと否定しようと決めた時、泉は仕事の引き継ぎをしてくると言って教室へと行ってしまった。


 やっぱり勘違いされたくなかったのだろうか。否定してほしかったのだろうか。

 でも以前、俺となら勘違いされてもいいと言っていた。あれはどういう意図だったのだろう。

 ……だめだ、期待してしまう。


 ・

 ・

 ・


 裏にあるスタッフルームで担当バッチを外し、次の子へと渡す。すぐに廊下へは戻れず、少しばかり深呼吸をした。


 どうしてか、胸が痛い。嬉しくて痛い。


 見知らぬ人に声を掛けられ困っていたら、彼が助けに入ってくれた。確かにそれは嬉しくて当たり前なことだ、けど。

 けど、否定しないでくれたことの方が、何故か酷く嬉しかった。


 何を言っているだろう、これは本当に「嬉しい」なのか? 感謝の気持ちが先に来なくちゃいけないのに、なのに、どうして。


 ブースから上がった悲鳴で我に返った。あぁ、彼を待たせてはいけない。


 姿見でもう一度見直してから外へ出る。さっきよりも人の数は減っていた。お昼時だからかな。


「お待たせ。ご飯どうする」

「出店でなんか食うか。行くぞ」


 並んで雑踏へと身を投げ、私たちは外へと向かった。


 今日の千田くんはいつもと雰囲気が違う。制服以外の固い恰好だからだろうか、大人な印象が強い。

 あと、言葉が合っているか分からないけど、色気があるみたいだ。

 普段の少し長めの前髪を片側だけ掻き上げている。露わになった額から下へ視線を移動させると、鋭い目付きの赤みがかった虹彩が瞬いた。


 人混みでも、目を引く容姿だ。


 千田くんは先祖が西洋の人だから、日本人の顔より整っているように見えるのかも。


「なんだよ、さっきからジロジロ見やがって」


 不意に彼が言って、はっとした。無意識のうちに注視してしまっていたらしい。


「ごめんね、格好いいなと思って」


 正直者の口が衝く。我ながら直球な発言だったと後に反省した。


 魔女は笑いもせず、なんだそれと返す。しかし頬は素直なようで、見る見るうちに紅潮していった。

 相変わらず口は嘘吐きなのに、顔は正直なんだね。


 すると千田くんは言いづらそうに口を開いた。


「泉も、かわいい、ぞ」

「本当? そう言ってもらえて嬉しい」


 世辞だろうなと思った。前から彼は褒めてくれるばかりだから。

 でも頭の片隅で、本心からの台詞だったらいいなと、期待してしまっている自分がいた。

 駄目だな、最近は。私は一体彼に何を求めているのだろう。守られている存在であることを忘れちゃいけないのに。


「ときのちゃーん!」


 人の波の向こうから、唐突に名を呼ばれた。前方を背伸びして見ると、波を搔き分けてやってくる少年が。

 ハルデがラセットブラウンの髪を揺らして走ってきた。

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