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少年魔女  作者: 朧
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第二十八話 準備期間

 九月も末だというのに、今週は夏日を記録する予報らしい。今朝のテレビで取り上げられていたニュースを思い出し、俺は教室を見渡した。


 一週間後は公開文化祭がある。

 うちの高校では秋の涼しい時期に開催されていたようだが、今回ばかりは例外だ。未だに蝉の声が聴こえる。


 視界いっぱいの狭い教室には、机が必要な数だけ整理され、残されたスペースでクラスメイトたちが段ボールやら絵の具やらを広げていた。

 正直、まだ一年も一緒にいるわけではない彼らと共同作業なんて成り立つものかと思っていたが、案外上手くいくみたいだ。


「こら咲薇、ぼーっとしてないで手を動かす!」


 隣でビニール袋を壁に貼り付けていたシンが注意した。俺はやる気のない声で返事する。


 俺のクラスはホストクラブを模した出し物をするそうだ。

 よく許可下りたなと感心する一方、いつの間にか俺はホスト役に抜擢されていた。ホームルームを適当に過ごしていたツケが回ってきたんだろうが、解せない。

 無理を言ってシンも道連れにできたのが不幸中の幸いだ。


 ガムテープを破きながら、思考は彼女の姿を思い浮かべた。


 たぶん泉は渋い反応をするだろうな。あまりこの手のノリは好まないはずだ。

 しかし、少しは期待したいのが本音。笑ってほしいと思うのも私欲だな。


 作業をしつつイスに立っていた彼が言う。


「そういえば、四組は謎解きお化け屋敷だって? 面白そうだよね」


 四組は呪いの相手がいるクラスである。随分と凝った催しを考えたものだ。


「頭使うなら行かねー。どうせ泉とは一緒に回るんだし」

「えっ文化祭デートってこと!? めっちゃ仲良しじゃーん! って、ちょ、イス揺らすなよ危なっ」


 ・

 ・

 ・


「これ泉さんの分の衣装。サイズ確認しておいてね」


 学級委員の子からモスグリーンの布を手渡される。広げると、それは量産型の類であろう安物の布でできたメイド服だった。後付けしたのか、しっかりと縫合された白のレースは、これでもかと袖部分やスカートを飾っている。

 唯一の救いはロングスカートなことくらいかな。


 謎解きお化け屋敷という回転率の悪そうな企画になって内心不安だったが、まさか自分が店員になるとは思っていなかった。


 裏方志望だったのに、と不満は絶えずに出るが委員の子に悪い。ここ最近はずっと忙しそうにしていたし、我慢しなくちゃ。


 今のところ道――というより廊下の列を整理するのが主な仕事。

 店内の接客は愛想の良い子に任せた方が吉だろう。私は大勢を相手にするのはどうも苦手だ。


 広げたワンピースを肩に当て、姿見を覗く。


 千田くんになんて言われるかな。あの人、褒めてくれるばかりで本音が分からない時が多いから。


 当日が楽しみな反面、心配なことも少しある。

 一緒に回ってくれるか、まだ訊いていない。何となくそのつもりでいたけれど、そう思っているのは私だけかもしれない。

 なんか、ちょっと緊張する。


 彼も私も友達は少ない方だ。とはいえ彼の全てを知っているわけではない。もしかしたら他に仲の良い人がいるかもしれない。

 林田くんは部活の子と回る予定らしいし、二人きりなのかなと勝手に心積もりをしていた。いつも通りだと安心していたけれど、やっぱり確認しておいた方がいいよね。


 改めて誘うとなると変に落ち着きがなくなってしまう。

 学生たちは、迫るお祭りの日を待ち遠しく思っていた。


 *


 放課の時刻が回ってから二時間が経つ。

 どこのクラスも残って作業をしていたから、普段より遅い時間になった。みな一斉に校舎を後にする。


 日が傾いた帰路。

 隣を歩く千田くんは伸びをしながら言った。


「くっそ疲れた。あのペースで準備終わると思ってんのかアイツら」

「間に合わなさそうなの?」

「微妙。そっちは?」

「順調だよ。ただ、当日のシステムが不安で」


 互いに愚痴に近い言葉を吐く。魔女は気怠げな目をしていたが、応答的にそこまで悪い気分ではなさそうだ。


 昼間の陽気とは裏腹に、夕方は肌寒くなっていく。動かして火照っていた体も冷えてきた。


 少し間が空く。

 私は彼を軽く見上げて切り出した。同時。


「あの」「あのさ」


 被った声に思わず戸惑う。謝罪すると魔女が先に話していいと言った。慌てて用件を口にする。


「その、文化祭って二人で回れるかな」


 問いを耳にした彼は二度大きく瞬いて、小首を傾げさせた。


「俺はそのつもりだったけど。だからシフトの時間聞こうと」

「あぁ、そうだったんだ。ごめんね」


 安堵する手前、恥ずかしさが込み上げてくる。再び咄嗟に謝ってしまった。

 彼は構わず話を続け、互いのシフトの時間を擦り合わせる。三十分ほどズレていたが回ることはできそうだ。


 なんだか、異様に嬉しかった。

 一緒に行くことができるからだろうかと思ったけれど、ちょっと違う。胸に微風が寄り添うように、ふわふわとした気持ちだ。


 自宅に辿り着く。いつもの通り、彼は軽く片手を挙げるだけで別れの挨拶を済ませた。

 聴き慣れたコールの声に、ふと、さっきの不思議の答えが浮かぶ。


 嬉しかったのは、千田くんが当然のように私と居てくれるから。

 魔女がとても優しいからだ、と。

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