第三話 魔女の実力(3)
一本の映画を見終わったような気分。
私は短く息を吐いた。ふっと右側に立つ椿妃さんを見上げる。
「どうだった? あら、とても安心したような顔ね」
「え、そんな顔してますか」
反射的に自分の頬に触れた。彼女はにこにこ笑いながら頷き、私の目線と同じ高さになって言った。
「自分の身より咲薇の身を案じていたでしょ」
ぴく、と体が無意識に反応する。
図星だと面白がる彼女を、私は恥ずかしそうに見ることしかできなかった。
確かに私は、あの戦いを観て『彼は大丈夫なのか』と思った。
簡単に言えば心配、していた。
単純に、映画や漫画でしか観たことのない出来事が、画面を通して現実世界で行われていたのだ。命の取り合いを目の前でされているということに、私は怖気付いていた。
彼が居なくなるのではと、怖かった。
すると椿妃さんは優しく声をかける。
「安心して、弟はとても強いのよ? 多分、魔女の中でも五本の指に入るくらい。まぁそんなに魔女っていないんだけど」
以前、彼も「俺が強くて殺せない」言っていた。あれ嘘じゃなかったんだ。
その後、彼女は千田くんの強さを伝えようと必死になってくれた。私を安心させたく思って下さったのだろう。
「ふっ、ありがとうございます。椿妃さんはお優しいですね」
自然と零れた笑みでお礼を言うと、彼女は突然、真顔になってこちらを見つめる。
不思議に思っていると、椿妃さんは私の両肩をガシッと掴んで食い気味にこう言った。
「私には分かるわ! 聡乃ちゃん、アナタにお願いがあるの」
なんだか嫌な予感がする。
「咲薇の『お嫁さん』になって頂戴!」
なんでそうなるんですかね……。
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「倒してきたぞって、なんで姉ちゃんがいるんだ」
自分の庭に戻ると、そこで静かに待っていたはずの女子が俺の姉に執拗に抱きしめられていた。
「あら咲薇! おかえりなさい」
「ちっ千田くん……た、助け……っ」
無表情を青ざめさせて、こちらへ助けを乞う女子が姉の腕から逃れようとジタバタしている。が、意味がなさそうだ。
助けろと言われても、安々と女の体には触れたくねぇんだよな。
「何したらこうなんだよ。てか姉ちゃん勝手に庭に入んな」
「もーそんなこと言わないでよー」
「く、苦しっ……」
そろそろコイツの命が危うい。窒息死してしまう。
魔力の無い実姉に魔法を使うのは後ろめたいが致し方ない。
「はぁ――エスパイア」
唱えたのとほぼ同時に姉の体が宙に浮く。
彼女は手足をジタバタさせ、子犬のようにキャンキャン何かを叫んでいる。大の大人が女子高校生に何してんだか。
充分な距離に離してから地面に足をつけさせた。すぐさま俺は呪いの相手の隣に立つ。
「通報されるぞ姉ちゃん。怖がらせんじゃねー」
「ぶーぶー! 私は聡乃ちゃんに交渉してたのに!」
なんの交渉なのか問うと彼女は片目を閉じてお茶目に言ってみせた。
「あんたの未来のお嫁さんについてよ!」
「あー、いつものやつ」
姉はいつも、俺に関わる女子という女子に声をかけて俺の嫁にならないかと勧誘しているのだ。
はじめは魔法でもなんでも使って全力で阻止していたが、もう諦めて自由にさせている。
俺ももう他人と関わらなくなったため、誰にどう思われようともどうでも良くなった。
とりあえず狩人は倒したし、いずれ会わせようと思ってた姉ちゃんにも会ってもらっていた。良しとするか。
再び俺の隣に立つ彼女に飛びつこうとしている姉ちゃんを止めるため、帰宅を促そうとした。
「六時半だ、帰るぞ」
「もうそんな時間!? 真佑さんとのデート、七時なのに! 咲薇、今すぐ転送して!」
「またかよ、今回は何処」
そう、姉はいつもカレシとのデートに遅刻しそうになる。だから弟が魔法を駆使して転送してやっているのだ。
なんだかんだあって、姉がこの場から離脱し静かになる。
隣で彼女が申し訳なさそうに(しかし相変わらず無表情で)言った。
「お姉さんのこと興奮させてごめんね」
「いやいい、あれが通常運転だし」
再び沈黙が下りる。夕焼けに桜の花弁が舞い散っていた。
庭から出ると、彼女が聞きにくそうに問うてくる。
「椿妃さん、彼氏さんいらっしゃるんだね」
「まぁな。事故ったときに助けてくれたらしいんだ」
「え、事故ったって」
彼女があからさまに戸惑う。
勘がいいやつだな、俺は少し説明してやった。
「魔女狩りだった。危うく死にそうだったのに、榊さんがすぐ助けに来てくれたお陰で一命を取り留めたんだ。あ、榊さんって人がカレシ」
言い終えた後、隣を歩く彼女の様子がおかしいことに気が付く。
どうかしたかと問うと、目を伏せて答えた。
「椿妃さん、魔力がほぼないって言っていたんだけど……それでも魔女、なの?」
優しいんだな、こいつは。
「魔女ではあるけど、姉ちゃんの場合、あの事故以降は標的にされていない。魔女としての力までないと判断されたんだろうな」
そう説明すると、彼女は目を僅かに大きくさせた。分かりにくいが少々元気を取り戻したみたいだ。
「そうなんだ。それなら良かった」
言葉とは裏腹に口角は上がっていない。感情を表にあまり出さないタイプなのか? なんだか難しいやつだな。
不意に彼女が足を止めたため、俺もそれに習って立ち止まった。
不思議に思っていると、彼女はこちらを真っ直ぐに見て問うてきた。その瞳にはなんの曇りもない。
「千田くんは、魔女狩りが怖くないの?」
彼女の後ろから緩く風が吹き、ショートヘアの髪が揺れた。辺りの木々が葉を擦り合わせて音を立てる。鼻先に揺蕩う、微かな花の香り。
俺は一度口を開けたがすぐに閉じ、小さく分からない程度に笑って見せた。
「お前は魔女が怖いか?」
「怖くは、ない」
「同じだ、俺も怖くはない」
幼い頃は怖くて仕方がなかった。
何度も目の前で死の鎌を振り回されて、何度も死の淵に立たされて、その度に姉が生きる方へ引き上げてくれた。だから今度からは俺が彼女を助ける番だと思うようになって、怖くはなくなったんだ。
そして耳にたこができるくらい両親の生い立ちについて聞かされた。千田家に代々受け継がれていた言葉も。
魔女戦争伝説の少女のようであれ。
「魔女戦争伝説?」
彼女は首を傾げて聞き返す。俺は長くなるが、と断ってから話し始めた。