第二十二話 幼馴染は突然に(2)
先週。
丁度、柚希くんが私の元へ居候することになった辺りから、千田くんの様子がおかしい。
前までは過保護だなと思うほど干渉してきたのに、最近は変に連絡してこない。送り迎えや昼休みは変わらないけれど、ちょっとしたところで違和を感じた。
「柚希くん、ご飯できたよ」
私の自室の隣。空き部屋を彼に貸している。
扉に声を掛けると、すぐに彼が出てきた。小学生の頃より遥かに身長が伸びていて少し気圧されそうになるけれど、それ以外は昔とあまり変わらない。無愛想なのも通常運転だ。
幼少期から表情を作ることが苦手だった私に、唯一近づいてくれたのが柚希くんだった。
彼もまた、誰に対しても冷たい態度を取ってしまうことにより一人ぼっちになっていた子だった。似たもの同士だねと、僅かな年の差に関係なく、よく遊びに行ったものである。
私が中学生になると、自然と会う回数も減ってしまって関係も希薄になっていた。心の何処かで彼を気に掛けていたが、時とともに忘れていた。
だから、こうして再び話すことができて素直に嬉しい。
私の旧友。懐かしい匂いが鼻先をくすぐる。
両親と夕飯の食卓を囲むと、落ち着いた様子で彼は手を合わせた。来たばかりの時は居づらそうにしていたから、少し安心する。
「小さい頃からカレー好きだったでしょう、おかわりあるから食べてね」
「あ、ありがとう、ございます」
母さんの節介に苦笑している。彼も成長したのだな。前まで愛想笑いは上手にできなかったのに。
そう思うと私の方があの頃と何も変われていないんだな。一本の針が胸の内から刺してくる。
「聡乃どうかした?」
俯く私の様子を柚希くんが窺う。慌てて頭を振った。
ふっと母さんが口に運ぶスプーンを止める。
「あ、そうだわ。明日柚希くんと一緒にお遣い頼める? お客さんが来る予定だから外せなくて」
困ったように笑う彼女の願いを了承する。左に座る柚希くんに目を遣ると、彼も頷いてくれた。
買い物なんて久しぶりだな。呪いにかかってからは、魔女の彼に迷惑にならないように外出を控えていたし。あとで千田くんに連絡しておかないと。
出会った時に交わした約束の内容を思い出す。確か、何処か出かけるときは必ず連絡する(千田くんも離れたところで一緒に行く)だった。
そうなると彼は私たちのあとを尾行することになるのか。彼には悪いけれど、想像したらなんだかストーカーみたいだ。
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「あのさぁ、なんでぼくもストーキングしなきゃいけないの?」
「ストーキングじゃねー、護衛だ」
大型ショッピングセンターの一角。壁から向こうを凝視しながら俺は後方の使い魔に言い返す。視線の先には並んで歩く二人の人影がいた。
昨日、呪いの相手から出かけるという連絡があった。おまけに幼馴染付きである。
正直アイツが泉といるだけで顔が歪んでしまいそうだ。魔が差して彼女らの買い物を邪魔してしまわないように、監視役としてハルデも呼びつけた。が、先程から不満ばかり口にしてうるさい。
ここに来ておよそ半時間経つ。
その間狩人の小さい手下が何匹か襲おうとしていたが、こちらの魔力を示しただけで逃げてしまった。憂さ晴らしにもならずに俺もハルデも悶々としている。
俺自身の買い出しはないから暇も同然。たまに子猫が甘味に惹かれてしまうくらいで特別問題はない。と、言いたいところなのだが。
泉たちが服屋の前を通り過ぎようする。ふとユキが足を止め、彼女を呼び止めた。傍に掛かっていたワンピースを彼女の体に当て、何かを話している。二人して表情が乏しいから会話内容を推測できない。やがて歩き出すと、今度は違う服を手にした。
彼女らの様子を黙ってみていた使い魔が、噤んでいた口を開ける。
「……なんていうか、デートだね」
「やっぱりお前もそう感じるか」
喉から出かかっていた単語を、代わりにハルデが言ってくれたお陰で胸が微かにすっとした。それでも気持ちは晴れない。
その後も泉たちは寄り道を繰り返し、目的の場所までかなりの時間が掛かった。こっちの身にもなってくれ。
ショッピングカートを押していく二人。泉が棚に手を伸ばし、ユキが取ってあげた。彼女の口角が僅かに持ちあがっている。
「……なんていうか、新婚だね」
「お前どこでそんな言葉覚えた」
商品棚の影に隠れつつ、周りから怪しまれないようにと菓子を手に取る。気を抜かせば握り潰してしまいそうだ。
突然、ビリリと頬に痛みが走る。
同時にハルデも面を上げた。
脊髄で分かる。これは並み以上の魔力を持った狩人だ。何処かに身を潜めているらしい。
使い魔とアイコンタクトを取ると、彼は姿を消した。俺も二人との距離を詰める。
人が集中しているところに出てくることができる、ということは相手は人間ではない。まったく、面倒な刺客を。
徐々に圧が迫ってくるのを感じる。移動速度が想像以上に速い。一体どこにそんなやついるんだ。
これだけの魔力を晒してもなお姿を隠し続けるなんて不可能。人外だからってそんな所業できるわけがない。
ぐっと熱が近づく。
もう、すぐ傍にいるはずなのに見えない。使い魔からの声もない。こんなのおかしい。何処にいるんだよ。
視界の端に何かが横切る。
咄嗟に目を遣ると、考える間もなくそれが源だと分かった。でも。
『ガキ魔女いた!? ……ってちっさ!!』
ハルデが驚くのも当たり前だ。なぜなら捜していた狩人が、消しゴムサイズの小さなお化けであったからだ。