第三話 魔女の実力(2)
「こんにちは。アナタが聡乃ちゃん?」
凛とした声音。
唐突に聞こえたそれに、慌てて木から背を離す。
振り返ると、木の後ろに髪の長い大人な女性が立っていた。
狩人?
でもここは彼の魔力で隠されてるって言っていた。
じゃあ誰?
固まってしまった私を見て、女性はくすくすと可愛らしく笑った。
「大丈夫よ、魔女狩りじゃないわ。私は千田椿妃、咲薇の姉よ」
「お、お姉さん?」
千田くんに上がいたの!
「あら、その様子だと咲薇は説明していないみたいね。全くあの子ったら」
呆れたように肩を竦めつつ笑って見せる。それがとても綺麗だった。
千田くんと同じ、赤みがかった宝石のような瞳だ。よく見ると目元が似ていて、面影もある。姉弟と言われて腑に落ちた。
「あの、椿妃さんも魔女なんですか?」
控えめに尋ねると、椿妃さんは微笑みながら答えてくれた。
「一応そうだけれど、咲薇みたいに強くはないの。生まれつき魔力が弱くって」
小首を傾げる私に、彼女は丁寧に基礎知識を教えてくれた。
魔女は家系で継がれゆくもの。
先祖代々魔力を受け継いで、半ば強制的に魔女になるらしい。
しかし、椿妃さんのように弱い子どもが生まれることも珍しくないらしく、大抵そのような者は魔女にはなれないのだと言う。
ふと椿妃さんが呪文を呟いた。
「――ウォチオーバ」
彼女の突き出した右手の前に、楕円形の画面が現れる。そこには千田くんが映っていた。
「これは私が唯一できる魔法、あの子を見守るための力よ。さて聡乃ちゃん、うちの弟の戦い観てみて頂戴」
得意気に笑ってみせる椿妃さん。私はきょとんとした顔をして、彼女から画面に視線を移した。
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「やっと見つけた根腐り狩人。正々堂々相手しないなんて、相変わらず最低だな」
目の前に佇んでいるのは真っ黒い影。俺は眼光を鋭くさせた。
「黙ってちゃわかんねぇよ、さっさとかかってこい」
『オ前ノ命ハ罪ニ濡レテイル。正面カラ挑ンデハ我ラモ罪ニ濡レル』
影から片言の言葉が零れ落ちる。正直何を言っているのかわからない。
まぁこんなふうにグダグダ話をしていても、罪だの抜け駆け魔女だの言い続けていて埒が明かない。何度も何度も聞いた話だ。もういい加減聞き飽きた。
「どうでも良いんだよ、んなこと。でもこれは言いたい」
腰を落とす。右半身を後ろに引き、右手に集中した。
「俺がやられると困るやつがいるんだ。――パワーマス」
一気に間合いを詰め、至近距離で力を放つ。右手から魔力の塊が打ち込まれた。
しかし相手は上手く避け地面に潜る。俺の足元を通って背後に回ってきた。
そして影は大きく変形し、ドームのような形になってこちらを覆い込もうとしてくる。
体を完全に反転させるのではなく真横へと移動し、取り込まれることを回避。相手に僅かな隙ができたため、次の魔法を使う。
「――エスパイア」
周りの石や砂を巻き上げ、五つの塊に変形させた。それらを造形させたのと同時に影へと勢いよく落とす。
地響きと低い音が空気を揺らした。
やったかと思ったがすぐにその期待を自ら捨て、思い切り跳ねる。間髪入れずに地面から黒い、何十本もの針が飛び出してきた。
地面を埋め尽くす針たちは、重力で地面に引き戻される俺に向かって先を向ける。俺は急いで魔法を唱えた。
「ちッ――コール!」
名を呼ばれた犬のように、左手に箒の持ち手が来る。それを力強く握り、上へ行くように指示した。
ぐんっと勢いよく上昇する。針からはなんとか逃れたが、肝心の本体が見当たらない。
すると地面の針たちは数を減らして一つに纏まっていった。やがて一本の鋭い巨大な針と化し、その体をうねらせてこちらへと突っ込んでくる。軟体動物を彷彿とさせる動きだ。
柄に上体を倒し、空気抵抗を最小限にする。
俺は針先を引き付けたのち、一気にスピードを上げて根元へと突っ切っていく。案の定、針先は自分の根元へと突き刺さった。
やっぱり、中身はなんにもねぇやつか。
痛みが凄いのか、影から悲痛な叫び声が放たれる。
針はどろりと地面に溶け、一時的に水溜りのようになった。
箒に乗ったままそれを上空から見下ろす。魔女言うのも変だが不気味だ。
少しして水溜りのような影は形を取り戻し、最初と同じ姿になる。あぁなるほど、あれ自体が本体な訳か。
『抜ケ駆ケ魔女ノ末裔ヨ……ナゼ我ラニ抵抗シ続ケル……』
今度はちゃんと聞き取れた。が、答えに詰まってしまう。
抵抗し続ける理由? 俺は物心つく前から命のやり取りをさせているんだぞ?
こんな奴に答える筋合いはない。吐き捨てるように返してやった。
「真っ当な理由としては『生きたいから』だ。普通の人間としてな。――クリエイトナイト」
左手に小さなダーツのような棘が現れる。赤黒いそれを勢いよく、影に投げつけた。
見事に棘は影の頭部に当たる部分に突き刺さり、影は悲鳴に似た声をあげて散り散りになる。思わず溜息を吐いた。
たとえ中身のないただの依代だとしても、意思があるものの命を奪うのは気持ちいいもんじゃねぇな。
さぁ、とっとと帰るか。超視線を感じるし。