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少年魔女  作者: 朧
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第十九話 舞踏会は小さき姫と(2)

 他の魔女と合流するのか、千田くんは人々の中へと姿を消した。耳に残る言葉に唇をきゅっと結ぶ。

 向けた視線の先にいる少女は、不貞腐れた顔をしてドレスの裾を注視していた。身長は私より五、六センチほどしか変わらない。外国の子供は身長が高いな。

 私はそっと声を出す。


「リーリンちゃん」

「リーのことは様付けなさい。あと敬語」


 きつい口調だ。少し怯む。


「リーリン様、体が冷えます。控室(ひかえしつ)へ行きましょう」


 彼女に手を差し伸べると、睨みに近い顔で一瞥された。しかし手は重ねてくれた。

 練習を思い出しながらスルリと腕をくぐらす。彼女の腕は細く、体も華奢だ。控室へ向かう足取りはしっかりしている。


「あなた、トキノと言ったわね。エスコートはできるの」


 千田くんとの会話の時とは違う声音だった。でも彼女から話してくれるのは素直に嬉しい。

 私は真っ直ぐ前を見て答える。


「はい、練習しましたので。お任せ下さい」

「女なのに? わざわざ男装してまで準備してたの?」

「貴方は千田くんの大切な人だと聞いていたので、恥のないよう練習したのです」


 返答はない。小さい溜息が聞こえた気がした。

 今日は私が誰かを守る番だ、気は絶対に抜かない。彼の役に立つんだ。


 白に統一された控室は無駄に広く静かだった。

 まずはリーリン様のドレスアップだ。

 今の恰好も十分愛らしいが、これは外用だそうで舞踏会では別のドレスを用意している。ここは手慣れている世話役の二人に任せて、私は離れた。


 正直に言う、不安しかない。エスコートの練習は確かにしたが作法は慣れないものばかりだ。

 先月、千田くんにご令嬢のパートナーになってほしいと言われてから、ハルデに指導してもらい基礎的なマナーを叩き込まれた。

 互いに初対面、加えて年頃の女の子だから気が張ってしまうことは仕方ないと思っている。でもまさか、あんなに千田くんに懐いているとは思っていなかった。


 内ポケットからメモを取り出す。彼が書いてくれた姫の取扱説明書だ。


 彼女の前では魔法使いの話、特に彼女の家系についての話はしていけない。

 ダンスが好きだから積極的に誘う。

 肉が苦手。甘いものは果物のみ。

 機嫌が悪い時は傍から離れない。

 本当は極度の寂しがりや――など多数。


 彼はリーリン様が苦手だと言っていたが、このメモを見る限り気にかけているようだ。

 一応全て暗記しているけれど、このメモを見るとどうしてか安心する。千田くんが書いたからかな。

 中でも目を引く文字。


 彼女は魔法使いではない。


「泉様、リーリン様のご仕度が整いました」


 凛とした声に顔を上げる。慌ててメモをしまった。


 急ぎ足で彼女の元へ行くと思わず目を瞠った。あまりの麗しさに呆然とする。

 髪型はハーフアップ。端から端まで艶やかな金髪を編み込ませていた。新たなドレスは白から一変、宵の空で染めたかのような深い藍色。絹と見間違うほどの白い肌、碧眼と相まって息を呑む姿だ。


 静止した私に彼女は不機嫌そうな声を掛ける。


「似合わないって言いたいの?」


 人形の瞳が曇る。私はおもむろに口を動かした。


「いえ、とても美しいです」


 零れたのは素直な感想だった。彼女は僅かに驚いた表情をして「そう」と返答する。

 私は左肘を突き出し、彼女に腕を組むよう促す。リーリン様もそれに応え、自身の右腕を通した。


 入場。

 開かれたドアの先は、心地良い喧騒と揺蕩う演奏で満たされている。

 先程、散々見た景色である筈なのに違うように見えた。高い天井のシャンデリアが煌めき、少女を迎え入れる。

 背筋を伸ばし、凛々しく、でも優しく。

 記憶の中の悪魔が脳内で囁いた。ハルデ、私ちゃんと支えられているかな。


 交流に関しては問題なかった。

 令嬢という立場ですっかり馴染んでいるのか、彼女は十二でも綺麗な言葉遣いで大人の相手をしている。浮かべる微笑も自然だ。ただ節々に疲労が見え隠れしている。

 タイミングを見て私は人混みからリーリン様を引き出した。


「お飲み物です、気疲れしたでしょう」


 細長いグラスに注がれたアップルジュースを差し出す。彼女は溜息を吐きながらそれを受け取った。


「リーは魔女と話がしたいのに、なんで下級魔法使いばかり(たか)るのかしら。鬱陶しい」


 どうやら棘のある口調は素であるようだ。


「お食事は如何なさいますか」

「今は良いわ。食べる気になれないもの」


 グラスを傾ける。水分を口にできて落ち着いたみたいだ。

 不意に彼女は顔をこちらに向ける。深みのある碧い双眼に見つめられ、私は瞬きを繰り返した。どうかしたのかと尋ねると、リーリン様は表情を消して答える。


「トキノとさっきゅんは、どういう関係なの」


 私の手にも握られているグラスが揺れる。半透明のアップルジュースが照明の光を返した。

 彼女の(ひね)くれた視線。心を見透かすような、それでいて弱さが感じられる。

 私は変わらない声音で「呪いの相手」だと答えた。しかし彼女は首を振った。


「その事はもう知っているわ。そうね、訊き方を変えるわ。トキノにとって、さっきゅんどういう存在なの」


 響く騒々しさが白けた気がした。目を逸らしかけた私は、ぎゅっと手に力を込める。

 多分、彼女は千田くんのことが恋愛的に好きなのだろう。好きな人の近くにいる女なら警戒するのも当然。それにこういう質問なら最近された、大丈夫。


「大切な人です。恋愛感情はございません」

「でも特別なんでしょ、さっきゅんも似たような事を言っていたわ」


 ぴくりと体が勝手に反応する。動揺してはいけない、と暗示を掛けて受け流した。だが彼女は追って口を開く。


「それ吊り橋効果なの、分かってる?」


 何故か、私は言葉を詰まらせた。


 吊り橋効果。緊張や不安から引き起こされた胸の高鳴りを「好きだから起こる」と錯覚してしまう、勘違いの心理現象。


 確かにそうだなと腑に落ちた。

 私と彼は繋の呪いという危ない吊り橋の上にいるだけだ。呪いによって共に過ごすようになったのだし、そう言われるのも無理はない。

 でも。


「大切だということに変わりありません」


 どう言われようと構わない。

 この気持ちが勘違いだとしても、彼の傍から離れる理由にはならないから。


 取り乱す様子を見せない私に、リーリン様は口角を下げて不満げだった。機嫌を損ねてしまった気がして、私はそちらの方に動揺する。

 ダンスの時間まで余裕があるし、話をしても良いかな。


「貴方と千田くんのご関係について、お訊きしても宜しいでしょうか」


 彼女の長い睫毛が大きく上下する。予想だにしていなかった質問だったらしく、彼女は聞き返してきた。

 こちらがもう一度同じ言葉を口にすると、やっと問いに答えてくれた。


「今はただの友達よ」


 幼い姫の頬は仄かに赤く染められていた。やはり彼女は千田くんのことを――

 無意識の内に、私の口が衝いた。


「とてもお似合いだと思います」


 魔女と魔法使い。釣り合うのも当たり前だ。

 千田くんは彼女をあまり得意としないけれど、嫌っている訳ではない。きっと隣に立つのが相応しいのは、この人なのだろう。


 突然、ぐいっと左腕を掴まれた。


 反射的に向けた視線の先には、どうしてか怒っている様子のリーリン様がいた。


「なんでそんな事が言えるの。貴女にとってあの人は大切なんでしょ、なら、リーは邪魔なんじゃないの」


 端正で綺麗な顔が歪む。苦しそうな、今にも泣き出しそうな表情だった。


「皆そう、リーの顔色ばっかり見て、本当の事を言ってくれない。リーがフェイト家だからって皆嘘を吐く」


 掴む力は弱く、震えていた。


 私は何かまずいことを言ってしまったのだろうか。気を損ねてしまったなら謝らなくてはいけない。でも、それは得策でない気がした。


「嘘ではありませんよ。私は思ったことを述べただけです」

「わけ分かんない」


 きっと私の言う大切は、彼女にとって好きに等しく感じられているのだろう。まだ十二歳には難しかったのかもしれない。


 彼女は手に持つグラスをテーブルに置いて言った。


「……ダンス、楽しみにしてたのに」


 やはりパートナーが彼でなく私だから不満なのだろう。リーリン様が浮かない様子でいることに変わりなかった。

 私は上体を折り、上目遣いで手を伸べる。


「今は、私のことだけを考えていただけませんか」


 数秒後、姫は顔を真っ赤にさせた。

 なんでだろう。私、おかしいこと言ったかな。

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