第十九話 舞踏会は小さき姫と(1)
絢爛豪華な会場に立つ、煌びやかに着飾った人の群れ。
壁に沿って横たわる大きなテーブルには、普段は見ない様々な料理が得意げな顔をして並んでいた。
今日は魔女と魔法使いの交流を目的とした舞踏会である。
着慣れない黒のタキシードはまだ糊の匂いがした。皆も張り切って引っ張り出してきたのだろう、ドレスやスーツが真新しい。
会場の大半を占めるのは老若男女の魔法使い。俺が今、視認できる魔女の数は右手で数える程度しかいなかった。各々の使い魔を侍らせ常に警戒し続けている。
そう言う俺には護衛の一人もいない。使い魔の猫に同伴を拒否されたのだ。
「千田くん、ちょっと」
背後からの声に振り返る。そこには左半分の前髪を上げ、髪をきつく後頭部で結った泉が立っていた。彼女が身に纏うのは灰色のスーツ――男装である。
普段することのないネクタイの結び目に触れながら、彼女は周囲に視線を焚べていた。
「やっぱり普通の人間が混ざってるなんて変かな」
ポーカーフェイスに似合わない不安そうな声。俺はいつも通りの調子で返す。
「別に気にすることねぇよ。それに、魔法使いだって魔女から見れば只の人間だし」
そうなんだ、と泉は変わらない無表情で会場を見渡す。
頬を掠めていく微細な魔力に、俺は少しばかり顔を顰めた。こちらの動きを制限するような鎖状の魔力である。下手な行動をとれば即刻、身体を絞め潰すつもりなのだろう。
何が交流会だ、ふざけた真似しやがって。魔法使いの、魔女を自分らの監視下に置きたいという企てが明白だ。
腹の底で鳴く苛立ちに理性が蓋をする。今はこの機会を何としてでも乗り越えなくてはならない。
ふと泉が自身の左腕の袖を軽く引いた。腕時計の針を確認すると顔をこちらに向ける。
「そろそろ迎えに行こう」
彼女の言葉に頷くと、俺たちは一旦会場を後にした。
赤の絨毯を辿るとすぐ正面玄関に行きつく。到着したばかりの魔法使いたちが車から降り、男女が腕を組んで中へと入って行った。
やがて、探していた白いリムジンが俺たちの前にやって来る。何処からか使用人らしき人が出てくると、後方のドアを開けて頭を下げた。
そこから出てきたのは、背の高い童顔の少女。
西洋人形のような円らな瞳に、毛先まで入念に手入れされた金の長髪。すらりとした体には金糸で刺繍された真っ白なドレスが纏われている。
少女はこちらを見るや否や、装いに似合わぬ俊足で駆けてきた。正しく言うなら俺に突進してきた、か。
「さっきゅんー! 待っててくれたのね!」
鈴の転がる声に押され、俺は半歩後退する。抱き着いてきた少女に離れるよう言うが、聞く耳を持ってはくれなかった。
「リーリン、いい加減その呼び方やめてくれ」
「どうして? 可愛いからいいでしょ」
この少女の名前はリーリン・フェイト。齢十二。西洋人だからか年齢に合わず大人びて見える。
彼女は上流魔法使い一族の箱入り娘だ。俺の家系とは長い付き合いだったらしく、現在も良い関係を続けている。数少ない仲の良い魔法使いだ。
……この子供は話が別だが。
「あら? その方は?」
彼女が話す英語は、魔法によって日本語に変換されてから俺達の耳に入る。リーリンはきょとんとした顔で泉を見つめた。
不思議そうにする少女に泉を紹介する。彼女は礼儀正しくお辞儀をして見せた。
「悪いけどリーリン、今回はこの人がパートナーだ。俺は近くに居られねー」
「ど、どういうこと!? リーのエスコートはさっきゅんだって約束したでしょ!」
予想通り、少女は甲高い声で喚き始めた。渋い顔をしつつ何とか説明を聞いてもらう。
このパーティの目的は魔女と魔法使いの親睦を深めることだ。だがそれを逆手に取って、魔女狩りの輩が襲撃を企てているらしい。毎回起こる出来事だが今回は一味違う。
足跡や情報が全くないのだ。
過去に襲ってきた狩人たちは爪が甘かったため、事前にこちらが備えることができていた。しかし今回は襲撃の気配がない。ただ襲ってこない、という簡単な話ではないだろう。
狩人ではない。つまり魔法使いに裏切り者がいる。舞踏会の喧騒に紛れて魔女狩りを始める可能性が高い。
奴らの目的は魔女だ。関係のない魔法使いや人間などが被害に遭うことだって考えられる。俺が近くにいれば傷付けられるかもしれないのだ。
その上リーリンは高貴な魔法使い一族の令嬢。
傷一つ付けてしまえば彼女の家系に、魔女に対して不信感を抱かせることになる。俺の後ろ盾がなくなるのは結構まずい。
彼女には多少の護衛はいるが相手の実力が未知数だ。慢心はいけない。
「念には念をってことだ」
「嫌っ。さっきゅんは強いから襲われても大丈夫でしょ? なら一緒にいても良いじゃない!」
愛らしい顔を歪ませる。泣くことまで想定していたから、まだマシだな。
俺は腰を落とし、少女と目線を合わせる。
「お前が危ない目に遭うかもしれねーの。それだと困るんだ、お願い」
リーリンは眉根に皺を寄せて悲しそうにした。
「……分かったわ。さっきゅんのお願いなら仕方ないわね」
思っていたより食い下がらなかった。珍しい。
彼女の返答に拍子抜けするも、手間が省けて良かったと立ち上がった。隣の泉は変わらず人形のように無表情である。
後は頼んだと言うと彼女は一つ頷く。そして、その口を俺の耳に近づけさせた。
「気をつけてね」
微かに震えを感じた。心配、しているのか。
俺は口の端を持ち上げて、自身の首筋を指先でノックし耳打ちする。
「お前もな」
お前が死ねば俺も死ぬ。俺が死ねばお前も死ぬ。くれぐれも首の刻印には注意を払ってほしいものだ。
俺は身を返し、二人から遠ざかっていった。




