第十七話 幼い彼女(2)
瞬間、額に何かが駆ける。咄嗟にしゃがむと頭上に火の刃が空を斬った。
「不意打ちか。流石だな、根腐り狩人」
「幼女を抱えて言われても様にならないね、抜け駆け魔女」
低い体勢のまま上空へ顔を向けると、そこにはこちらを見下ろし浮遊する影が一つ。泉に時を巻き戻す魔法をかけた奴だ。
魔法使いの狩人を相手にするのは久しい。その上、相手は並み以上の実力を持つと見た。今回は本気で片づけた方が良いな。
泉を下ろすと、手早く彼女に魔法をかけた。
「――キープケイス」
彼女の小さな体は、透明な箱へと収められる。驚いた泉は目を見開いたが俺の説明を大人しく聞いた。
キープケイスという魔法の効果は以下の通り。
箱の中のものは箱の外の影響を一切受けない。例に上げるなら気温や慣性の法則などだ。そして魔法をかけた者(この場合は俺)に一定の距離を自動的に維持してくれる。追尾機能と言ったところだ。
通常、この魔法は荷物が多い時に使われるもので人間にかけるものではない。しかし今回は彼女の体が小さいこともあり、少し応用して使うことにしたのだ。
これなら思い切り戦える。泉に危害が及ぶ心配もない。
「じゃ、殺り合いといこうか――コールっ」
真横に突き出した右手に呼ばれた箒が出現する。浮かぶ狩人を見据えると、エンジン全開で俺は相手の懐へと飛び込んだ。
力の塊を胸に押し込もうとしたがヒラリと身を返される。相手はその勢いのまま魔法を唱え攻撃を仕掛けた。
「――クリエイトナイト」
目前に無数の針が浮かぶ。
狩人の一声を合図に、それらは俺へと牙を向けた。すぐさま箒を降下させ、やり過ごすも相手は再び同じ手を使う。霞んでしまいそうなほど細かな針を避けつつ間合いを詰めていった。
しかし相手の飛行魔法の技術も相当らしい。緩急のある移動について行くのに精一杯だ。
これ以上逃げ回られては、こちらの魔力消費が大きくなる。それに遠距離戦より近距離戦の方が性に合う。ちょっと乱暴な手だが仕方ない。
「ちょこまか動くな――エスパイアっ」
左手を遠くの狩人に重ね、力強く握る。握った拳を思い切りこちらへ引くと、それに呼応するように相手の体が俺の元へと引き付けられた。
自由が効かなくなった狩人は苦悶の表情になる。咄嗟の判断なのか、珍しい魔法を口にした。
「ぅぐっ――レインティア!」
その刹那、右目に何かが飛び込んできた。雨だ。
反射的に顔を背ける。エスパイアが切れ、俺は自ら後退した。
随分と姑息な手を使う奴だな。反応を見るに相手は近距離戦が不得意らしい。ならば尚更近づかねぇとな。
一瞬だけ目を離してしまったため狩人は次の魔法を唱えている。高度な射撃魔法ときた。
「――ロックショットっ 逃げられるかな!?」
初耳の魔法名だ。ちょっとまずい。
直撃する寸前に回避してみせるも、急カーブして迎撃してくる。自然の理ガン無視だな。
避けるのは得策でない。簡易的なバリアを張って防いだが、それを解くと相手はすぐに同じ攻撃をした。
この状況は良くねぇ。防御魔法も中々の魔力を欲する。こちらも攻めと行きたいところだが。
「さすが抜け駆け魔女。逃げることしか頭にないみたいだね」
抜け目ない攻撃、そして底知れない魔力の強さと量。攻める側に転身する隙がない。
う、背に腹は代えられない。こっちも遠距離戦で行くしかねぇか。
「――サンダウピット・セット」
背後に暗雲が立ち込める。唸る獣のようにゴロゴロと雲から低い音が鳴いた。
狩人もまた射撃の準備に回るのに魔法を口にする。
「撃ち合いか、良いね――フレイアロー!」
炎の矢が相手の周囲に創り出される。揺らめく熱が風向きでこちらにも伝わってきた。
鎖で繋がれていた猛獣が放たれるように、相手の矢が発射する。俺は向こうに焦点を合わせて指を弾いた。
「一斉射撃ッ」
轟音が後頭部を殴る。
暗雲から放たれた雷の矢たちは一直線に狩人へと向かったが、それを炎の熱風が阻む。やっぱり向こうの方が精巧だな。
残った熱い矢が噛み付いてくるが、無駄な体力を使いたくない。俺は箒の上に立ち上がった。
矢の先が触れる直前、俺は力の限りで不安定な足場を蹴る。
身体は前方へと飛翔し、箒はその場から落下する。そしてもう一度名を呼んだ。
「――コール」
意識を一時的に失った箒は、目を覚まして主の足元へと飛んでくる。柄に着地した状態で、勢いを殺さずに狩人へと突っ込む。狙い通り、攻撃直後は僅かに隙が生まれるようだ。
左掌に魔力を溜める。その塊を相手の腹に叩きつけた。
「――パワーマス」
直撃。
狩人は受け身をとる前に意識を手放した。
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千田くんが魔女狩りの男性を縛り上げる。相手は気を飛ばしたまま項垂れていた。
光る透明な箱から出ると、私は低い目線で彼を見上げた。
先程の戦闘はかなりの迫力があった。
箱の中では慣性の法則が存在しないらしく、ひたすら酔いそうになっていた。全方向が画面の部屋で映像を見せられていたようなものである。う、思い出しただけでも吐き気が。
「すまねぇ泉、手こずった。大丈夫か」
しゃがんでこちらの表情を覗き込む魔女に、私は変わらぬ拙い口調で返す。
「ちょっときもちわるいけど、きにしないで」
「いや顔青いけど」
視界の隅で影が動く。
あ、と声を出すと彼は落ち着いた様子で振り返った。
狩人の気がついたのだ。
千田くんは腰を上げ声を掛ける。相手はビクリと反応し、頭をもたげた。彼は数秒の後力なく笑ってみせる。
「っは、他の魔女と比にならないね。君は強いな」
「あんたも中々の手練れだったけどな」
少年の口角は上がっていなかった。ただ冷たく言葉を述べる。
狩人は苦い笑みを浮かべ吐いた。
「僕の負け。殺せばいい」
「いや、人を殺すなとコイツから言われてるからできない。それより彼女を元の姿に戻せ」
彼に指さされ私はぺこっと控えめに頭を下げる。すると魔女狩りの男性は、あぁと言って快諾してくれた。
指示通り近くに寄ると、彼は一言「すまないね」と言い呪文を唱える。眩い光と共にふっと体内が熱くなり、指先や爪先は冷たくなった。目を開けると地面が遠くに見える。
身長が元に戻った。千田くんも合わせて魔法を使ってくれたお陰で制服姿だ。
「はい、これで良し。趣味の悪い魔法だとか思わないでくれよ、これでも上級者向けの魔法なんだから」
男性は戦闘時とは異なって優しげな目をしていた。なんだか戦人とは思えない。
千田くんも気になったのか彼の出自について尋ねた。相手は、命を奪われるよりマシかと呟いて説明する。
彼は元々ただの魔法使いだったらしい。
しかし魔女狩りの者たちに家族を人質にされ、脅迫され、仕方なく狩人になったそうだ。私達を殺すつもりなど更々なく、タイミングを見て家族を救出して離脱するつもりだったと言った。
「君らが血も涙もない奴らじゃなくて良かった。まだ家族を助けられる可能性がある」
安堵の吐息。彼の言葉に偽りはないように聞こえた。
話を聞き終えた千田くんは考える仕草をした後、男性と目線を合わせた。ぎょっとする彼に構わず、少年は提案する。
「その救出、俺も手伝う」
予想だにしない台詞に、私も狩人も目を瞬かせた。
「あなたは強い、だから単独で敵陣に突っ込むのは惜しい」
彼は曇りのない瞳で訴えた。
「ここは取引だ。今回の件を水に流す代わり魔女に協力してくれ」
「それじゃ君たちにメリットがないじゃないか」
男性は驚きを隠せず怪訝そうな表情になる。だがそれに対する声は相変わらずだ。
「ゼロって訳でもねー。いま狩人の動静についての情報が欲しいんだ。でも下手に近づけば返り討ちに遭うからな、情報収集のついで」
それから数分、魔法使いの男性は考え込んだ後に頷いてくれた。
「僕はハヤト。隼人・グリークだ」
男性――隼人さんは穏やかに自己紹介すると、心底嬉しそうに笑った。
こうして魔女は新たに魔法使いの仲間を手に入れたのだった。




