第十七話 幼い彼女(1)
「これは、ゆゆしきじたい……」
私は低くなった目線でポツリと呟いた。
帰宅途中、人気のない道路の隅。
へたり込む私の目前には、唖然呆然とした千田くんがいる。この姿だと彼はとても大きく見えた。
まぁ仕方ない、幼児化しちゃったんだし。
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ただ今由々しき事態が発生している。
共に帰路を辿っていた女子高生が、幼児化してしまった。
原因は勿論、狩人に襲撃されたからだ。今回は複数人で掛かってきたため上手く捌ききれず肝が冷えた。
しかし彼女の回避のお陰で、魔法の直撃は避けられたのだが。
「ちだくん?」
見事に五歳児サイズに縮んでしまったのだった。
狩人が使った攻撃魔法は大凡、時間を巻き戻す魔法だろう。それなりの実力がなくては使えない魔法だから、相手は上級者であることに違いない。もし泉が直撃してしまっていたら幼児化だけでは済まなかった筈だ。
とは言え、無事ではある彼女の体がこれでは色々と不便である。
「他に怪我はねぇか」
「だいじょうぶ。びっくりしたけど」
俺が腰を下ろし目線を合わせると、彼女は拙い口調で返した。応答は普段通りの泉だ。
しかし彼女の服の大きさは変わらず、本当に体だけが縮んでしまっているため制服に包まれた幼女のようだった。
いくら男子高校生でも、この状況では事案確定である。何よりまずは服だ。
取り敢えず迷彩魔法で人目を避ける。
気休めでしかないが、彼女が着ていたセーラー服、スカート、靴に縮小魔法をかけ着せた。その他のスクールバッグや下着は一旦、異空間に転送する。荷物は少ない方が良いからな。
とはいえ縮小魔法には時間制限がある。あまりのんびりはしていられない。
「子供用の服を探す。店、どっか知らね?」
問いかけに彼女は一度、愛らしく小首を傾げる。少し唸ってから視線をこちらへ向けると、舌足らずな口調で「駅前」だと答えた。
人通りの多い場所は避けたいが背に腹は代えられない。知り合いがいないことを願うしかないか。
箒で一飛と行きたいが、幼児を乗せるのは流石に危険だと思われる。チャイルドシートが欲しいところだ。
俺は右手を差し出すと、彼女に手を繋ぐように言う。泉は何度か瞬きをした後、てしっと小さな手を重ねてくれた。
か、可愛い……じゃねぇ、早くちゃんとした服を与えねぇと。
ていうか泉とこんな形で手を繋ぐなんて思っていなかったな。ちょっと不服だ。
駅までかなりの距離がある。どう考えても五歳児が歩くのは至難。
当然、五歳児化した彼女も体力を激しく消耗していた。足がもつれ始めた泉に、俺は腰を下ろして声を掛ける。
「その姿で歩くの疲れたろ」
「うん……でもまだ、だいじょうぶ」
涼しい顔をしているがローファーが痛むらしい。片足をもう一方の足に擦り付けていた。
軽く溜息を吐くと、不慣れながらも彼女を抱きかかえた。驚いたのか泉は名を呼んだが、俺は気にせずそのまま歩みを再開する。
秋の入口に差し掛かった今日この頃。
風はすっかり冷たさを帯びている。肌寒く思っていた為、彼女の体温はとても温かく感じられた。
例の駅前の店に辿り着く。幸いにも顔見知りはいなかったのでセーフだ。
僅かに躊躇ってから入店する。泉を下ろすと、彼女は駆け足で子供服売り場へと向かった。客はほとんど居ない。店員に声を掛けられる前に、さっさと買ってしまおう。
すぐに服を決め試着したまま会計を済ませる。彼女は動きやすいように丈の短いズボンと、薄手の長袖Tシャツを選んだ。
流石に子供用の小さい靴は取り扱っていなかったため、出先は俺が抱えることに決まった。こいつ何着ても似合うんだな。
「可愛い妹さんですね、お兄ちゃんと一緒にお買い物?」
レジの向こう側、若い女性が甲高い声で言う。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした俺の代わりに、泉がそれを首肯した。彼女の事だ、面倒事にならないよう察してくれたのだろう。
俺は表情の変わらない彼女を抱き上げ、そそくさと店を後にする。新品の服の独特な匂いが鼻先を掠めた。
泉は腕の中で大人しくしていたが、五分後に何の前触れもなく口を開ける。
「わたしとちだくんって、にてるのかな」
「は? どうして」
「きょうだいだって、みまちがえられたから」
彼女の髪が首に触れる。くすぐったさを感じつつ抱え直し、彼女へ言葉を返す。
「似てねーと思うけど」
「……」
返答がないことに違和を感じ、顔を向ける。彼女と視線がぶつかった。
泉は真顔でこちらをじっと見つめていた。
反射的に顔を逸らすと、彼女は抑揚のない声で「あー」と言って残念がった。
「何じろじろ見てんだよ」
「にてるところないのかなーっておもって」
「いや探しても無ぇから」
彼女の髪と視線がくすぐったくて仕方ない。摩擦と早まる鼓動で発火してしまいそうだ。
ふと腕の中の幼女が、あっと零す。今度は何だと思いながらも視線は向けられずにいた。彼女は舌足らずに言う。
「のろいのこくいんは、いろもかたちもおなじだね」
「当たりめーだろ」
珍しくお喋りモードな泉は、それからも目に入ったものを口にした。
耳の側面にあるホクロだとか、赤みがかった髪が綺麗だとか、とにかく俺の話ばかりする。
至近距離で気になってる女子(それも幼女の姿)に、自分の外見的な特徴を上げられるなど堪ったものでない。それも向こうは何も感じていない風だ。
何も思っていない、つまり彼女は俺に対して特別な感情は抱いていないということ。
少し前から薄々勘づいてはいたが、やはりこの好意は一方的なのだろう。彼女が鈍感なだけか、はたまた俺の好意に気付いていての反応なのか。ただ確実なのが、彼女は無意識に思わせぶりな行動をとるということだけだ。
落胆に近い安堵。俺は視線を前に戻した。
瞬間、額に何かが駆ける。咄嗟にしゃがむと頭上に火の刃が空を斬った。