第十四話 決意を(2)
あの日から音信不通になっていた泉から突然、花火大会に誘われた。どういうつもりなのかは分からないが、確信していることが一つある。
俺は泉に嫌われた、ということ。
彼女は魔女の俺を魔女狩りの輩と同じだと言い捨て、帰って行ってしまった。事の後始末で俺は追いかけられなかったため、代わりにシンが付き添って行ってくれたらしい。
念には念をとパーク内にいた全ての人間に忘却魔法をかけている間、俺はどうしても彼女の吐き捨てた言葉が理解できなかった。
自分の命を、大切な人の命を守るのに相手を傷つけることは不可抗力ではないのか。止むを得ないことではないのか。今まで散々俺たちの首を刎ねようとした敵に、情けをかけるつもりでいたのだろうか。
確かに泉は優しく、極悪人でさえ改心させてしまいそうな天使ではある。しかし殺されてしまえば情けも優しさも、意味がなくなる。
彼女はまだ、他人を恨む気持ちを知らないのだろう。
辺りはすっかり暗くなり、軒を連ねる屋台の明かりが灯り始める。人も増え始め、笑い声が心を掠めていった。まだ上がったままの気温がうざったく感じる。
俺が出かける際、外出していた黒猫が帰宅するや否や唐突に「ユカタを着ろ!」と言い、彼に変身魔法をかけられてしまった。その上かなり凝ったモノだったため自分で解くことができない。もしこれで泉が私服だったとしたら、一人で浮かれたダサイ男子校生じゃねーか。
何を思ってこんな格好に。それに普通の浴衣ではなく、裾部分に大きな菊の透かし模様が施されている小洒落たやつだ。菊という葬式の花のモノを寄越すとか、アイツやっぱり悪魔だな。
スマホの時計を確認する。
そろそろ来る時間な筈。
「千田くん」
待ち望んだ声。
液晶画面から目を離し振り返る。そこには、周りの人よりも綺麗な佇まいの少女がいた。
「泉」
彼女はいつもの無表情とは一味違う、強かな目付きでこちらを見つめている。
その身に纏うのは、鮮やかな朝顔の柄が入った白い浴衣。ショートヘアの髪を後ろにきつく結い、顔の印象がまるで違って見える。
「急に誘ってごめんね」
「いや、元々ハルデにつれて行けって言われてたし」
彼女は一瞬目を大きく見開いたが、すぐに「そう」と返す。
「貴方に、謝りたいことがあるの」
俯かずに真っすぐ俺の目を見た。
目付きが悪くなる一歩前の目力で、しっかりとこちらに向き合う。
あぁ、この曇りのない瞳に、俺は心を奪われたんだった。
すると泉は思い切り頭を下げる。狼狽する俺を気に留めず、彼女は謝罪の言葉を口にした。
「遊びに行った日、酷いことを言ってごめんなさい。
先に帰ってしまってごめんなさい。
連絡に応答しなくてごめんなさい。
心配をかけて、不快に思わせてごめんなさい」
ゆっくり顔を上げる彼女の瞳は潤んで、今にも泣き出してしまいそうだ。
「言い訳に聞こえてしまうだろうけれど、あの時の貴方が、とても怖い別人に見えた」
両手を胸元で握りしめ、祈るような表情になる。
その様が、どうしてか記憶にあった。
「元の貴方に戻らない気がした。私は引き留め方を知らなかったから、つい突き放すようなことを言ってしまって」
花火が上がる時間らしい。周辺の人がいなくなっていく。
「でも人殺しは良くない。争う前にできることって案外あったりするんだよ」
彼女は歩み寄り俺の片手を掴む。
そして俺の手を自身の胸に押し当てた。
「もしまだ怒ってるなら、私の意見に添えなければ、今ここで私を殺して」
「な、何言ってんだ馬鹿ッ」
「私は本気だよ。それに刻印以外での刺殺とかなら、死ぬのは私だけでしょう」
「そういう話をしてんじゃねぇよッ」
力強く振りほどき、今度は俺が泉の手を握りしめる。
俺は何故か頭に血が上っていた。同時に、哀しくも思った。
額同士が触れてしまいそうなほど顔を近づけ、必死に訴える。
「いいか良く聞けッ。俺はいつだってお前を本気で守って来た、それは俺が狩られたくないからじゃねぇ」
これは事実で、俺の本音。




