第十三話 刃に映る遊園地(2)
マップを握りしめたシンの先導の元、俺たちは足を進めた。
数個のアトラクションを周り終えると、丁度シンが見たいと言っていた大きなショーが屋外で始まる。
魔法使いの見習い役らしき女性たちが、観客を巻き込んで魔法の実験をするようだ。
観客席から子供や大人をステージに上げ、割れないシャボン玉を飛ばしたり、生き物のような動きをする紙人形を出したりする。大方は魔法、ではなく科学の力によるものだが素直に驚く実験ばかりだ。
だが所々、気になる箇所が目に付く。
「あれ、千田くんも似たようなことしてなかったっけ」
右耳から吐息が掛かる。
目をきらきらさせたシンの隣、無表情の泉は俺の右耳でそう囁いた。ステージ上では磁石を使ってモノを動かす実験がされている。動かすだけでなく、浮かせることもできるようだ。
「エスパイアのことか。あれは周りの空気を圧縮して動かしているから、少し違うな」
「そうなんだ。確かに、鉄以外の物も動かせるしね」
今日は彼女の口角が上がる確率が高いらしい。俺の答えに対して、泉は気が付かないほど小さく微笑んだ。
彼女とは最近になって親しくするようになり、心の距離も以前より近くなった気がする。
それと同時に胸元に宿る、愛おしいという感情に類似したものが以前にも増して燃えていた。恋とはこの事なのか、まだ認めたくない自分がいる。
『お次の実験に協力してもらうのは……そこのショートヘアのキミ! ステージに上がって!』
女性スタッフの溌剌とした声が、隣の女子高生に向けられる。泉は辺りを一度見回したあと、自身を控えめに指さした。対して、スタッフがマイク越しに大きな声で肯定する。
ステージの方へ足を向けたとき、彼女は無表情ながらも少しだけ眉根を寄せこちらに視線を遣った。人前に出ることに緊張しているらしく、不安げな様子だ。
そんな泉を見て、俺は首元を数回だけ軽く叩いてやる。そこは刻印の在る場所。
感覚と俺の意思が伝わったようで、彼女の顔はいつもの真顔に戻った。
子供が騒ぎ声が近いステージに登壇すると、彼女にスタッフが近づく。
『さて、次に使うものは……先程の実験に使ったこのナイフ! 実はナイフなのにモノが切れないんです! しかーし、呪文を唱えながら布で擦ると?』
頬に駆ける、僅かな魔力。
俺は咄嗟に大声を出した。
「伏せろ泉ッ‼」
瞬間、彼女は地面に伏せスタッフの奇行から回避した。
騒然となる観客席。
大人は子どもを抱きかかえ後退するような動きをみせる。彼らの視線は、ステージ上の少女と女性スタッフに注がれていた。
スタッフが持っていた古びたナイフは、一瞬のうちにして巨大な鎌へと姿を変えた。これは科学の力でも手品でもない、正真正銘の魔法の力だ。
鎌は勢いよく真横に振られたらしく、泉の首元を完全に狙っているものだった。刃先には逃げ遅れた彼女の帽子が刺さっており、切れ味を示すようである。
その場にしゃがみ込んだ泉は、すぐさまステージから飛び降りようとした。だが目前に刃を突き立てられ、身動きが取れなくなってしまう。
「咲薇、あれってっ」
「魔女狩りが始まった。シンは皆を避難させろ」
大勢の人の前で魔法を使うことは魔女でも狩人でも、魔法界の法律により禁止されている。この魔女狩りは、罰則覚悟で俺の命を狙っているようだ。
意地でもこの野蛮人を止めなくてはならない。もし、本当に命が危険に晒されるならば――殺すことだって躊躇うつもりはない。
狩人が再び鎌を振り上げる。
足を竦ませた彼女の位置を確認し、呪文を口にした。
「――チェンジュ!」
一旦俺と泉の位置を交換させ、目の前に振り下ろされた刃を避ける。さっそく肩を掠めてしまったが気には留めない。
相手の背後に回り、魔力の塊を打ち込もうと手を伸ばした。
しかし狩人が振り返るのと同時に鎌をこちらに振るってくる。これは避けきれないと判断し、簡易的なバリアを真横に出現させた。
向こうの力は凄まじく、ボールのように体ごと吹き飛ばされてしまう。
ステージから落下したが、怯むことなく立ち上がって泉の元へ駆けた。
「絶対に俺から離れるな」
遠くに逃げている間に攻撃される可能性があるため、今回はすぐ傍に立ってもらう。
相手を倒す、つまり戦闘不能状態にさえすればこちらのものだ。彼女が近くにいても、それくらいならできる。
不意、ステージ上の影が消え目前に現れる。その口元には気味の悪い笑みを浮かべていた。
「守りながら戦うなんて! なんて愚かで阿保らしいの!」
軽蔑の言葉には反応せず、落下してくる鈍色の刃から一度距離を置く。泉の右手を掴むと、彼女は応えるように握り返した。
相手はしつこく迫り、巨大な鎌を縦横無尽に振り回す。それはどれも泉の首を狙っていた。
何の能力も力もない、ただの人間を本気になって殺しに行くとか。ガキでもそんな卑怯な手段は使わねぇよ!
「――クリエイトナイト」
呪文を口にした後、俺の手元には一本の剣が握られていた。
刹那の重さに耐え、落ちてくる刃へ勢いよく振り上げる。鋭く鳴る金属音が辺りに響き、遠巻きに見ていた他の客たちが言葉を失っていた。
クリエイトナイトで作り出した武器は形作る時間が限られている。長時間、無理に形を留めようとすれば魔力や体力は根こそぎ奪われるため、時間配分を考慮せねばならない。
まずは限られた時間の中で、コイツの武器を手放させよう。
泉には少し離れてもらい、相手が彼女に手を出す前にこちらから間合いを詰める。鎌を振り上げる、狩人の手に狙いを定め刃を振るった。
子どもの命を狩るのなら、自分の指の一、二本くらい失ったって軽いだろ?
切れ味の良い刃は、まるで野菜を切るかのような感覚で狩人の中指と薬指を切り落とした。
ぼとぼとっと音を立て、血に濡れた指先が地面に落ちる。
「あぁ……ああああぁぁぁ‼」
鎌が地面に伏せる。
魔女狩りの手は既に鮮血で染まり、その雫が地にある刃を汚す。すぐさま魔法で鎌の魔力を吸い、元の切れないナイフに姿を戻した。
狩人は右手で二本の指を失った左手を抑え項垂れる。痛みに苦悶の声を漏らした。
今のうちに魔力を取り上げよう。そう思い、右手を突き出した次の瞬間。
相手が顔を上げこちらに突進した。瞬く間に俺の右手に咬みつき、力いっぱい引き千切ろうとする。
「いッ……てぇなぁ!」
思い切り左足で相手の腹を蹴り上げ、強制的に離れさせた。間髪入れずに魔力を吸収し、相手の意識を飛ばす。
ぜえぜえと荒い息を吐き、紅く汚れた地面を片付けた。
血と指は原子レベルに分解、転がっている女性スタッフの手は軽い応急処置を施してやる。止血するには時間が掛かるみたいだな。
「千田くん、?」
呼ばれ、顔をそちらに向ける。泉がいた。
「その人、生きてる、?」
「あぁ。寝てるだけ」
「手が、真っ赤だよ」
普段と様子が違うことにもの凄く違和を感じた俺は、彼女に近づこうとする。手を伸ばしたが、触れる数ミリ前で避けられた。
「指、切り落としたんだね」
それはまるで、俺が悪いとでも言いたいような意味に感じられた。
「殺さなかっただけマシだが」
「そ、んなのっ」
壊れた機械仕掛けの人形のように震え、彼女は感情のない瞳で呟く。
「殺すのが当たり前みたいに、言わないで」
怯える子猫はもう一歩後ずさる。そんな彼女に俺は冷静に返した。
「お前の命も狙われていたんだぞ、何言って」
「それじゃあ狩人と同じじゃないっ」
途端、思考が弾かれた。
彼女らしくない乱れた感情が声に、顔に出ている。それについても勿論驚いたが、それ以上に泉の台詞が予想外だった。
アイツらと、同じだと?
信じがたい彼女の言葉に、喉が一瞬で凍らされた。何も言い返すことができず困惑し、少女を凝視する。彼女の瞳は酷く濁り、光が見えない。
彼女はそのまま去ってしまった。