第二話 繋の呪い
「無理に喋ろうとすんな。痛みはすぐ引く」
箒乗りの男子高校生はそう言って、私の顔を覗き込んだ。
彼の言う通り、数分したら熱も鋭痛もなくなった。ただ筋を違えたみたいな違和感が尾を引いている。
なんとか上体を起こした私の首元に、彼は顔を近づける。前触れのない行動に戸惑ったが、じっとしてろと怒られてしまったため身動きは取れなくなってしまった。画的にどういう状況なんだろう。
少しして、目付きの悪い彼は離れる。考える仕草をした後、大きな溜息を吐いて言った。
「俺は千田咲薇。今から言うこと全部信じろ。まず、俺は魔女だ」
……魔女。
唐突にそんなことを言われても出来るわけがない。思わず私は訊き返してしまったが、彼は構わず淡々と続ける。
「んでさっきのババァが魔女狩りをしてる狩人。つまり俺を殺しに来ている敵」
口を半開きにしたまま困惑する。この人は極度の厨二病なのだろうか。
「で、かけられた呪いは面倒なやつで」
呆れたような口調でそう言うと、彼は自分の首の右側に触れた。それと同時に私の左側の首が、誰かに触れられているような感覚がした。
「な、何これ。くすぐったい」
「それは俺の手。身体の一部の感覚が繋がってんだ」
と言われても、まだ信用ならない。そんな非現実的なことがあるの? また白昼夢なの?
いつまでも落ち着きのない私に痺れを切らしたらしく、千田くんは小さく息を吐いて立ち上がった。
両手を胸の前で合わせ、ぱっと手の本を開く。
「――フラウラン」
すると掌から一本の細い何かが、勢いよく起き上がった。縦の線の先は半透明な花弁が広げている。光の花だ。
「これで信じるか? というか信じろ。じゃねーと話が進まない」
「え、あ、うん。少しは信じた」
彼は私を立たせると、呪いだとかの話をし始めた。
私がかけられた呪いは「繋の呪い」というようで、千田くんもかかっているらしい。
先ほどの老婆が打ちつけてきたのが刻印であり、それのある箇所が、もう片方の人と繋がるため私たちの場合は首の一部である。そして何が厄介なのかというと、私も千田くんも命が同時に狙われてしまうということだ。
簡単に言えば、片方の首を切られたらもう片方も切られる。
揃って御陀仏というのである。
「狩人たちは俺を殺したい。でも俺が強くて殺せない」
「さらりとすごいこと言うね」
「事実だからな。それで、殺すためには繋の呪いを利用してもう片方……お前を殺す。そうすると俺も死ぬ。ただ首を切った場合だけだ」
彼が自分の首に刃を入れる仕草を手でしてみせた。スパッと。
冷や汗が背を伝う。思わず刻印があるであろう場所に指先を添える。
私、近いうちに死ぬ?
不安は声になってしまっていたらしい。千田くんは数秒考えて答えた。
「そうなんねーようにすんだ。お前が死んだらコッチも死ぬからな、俺はまだ死にたくない。いや、死ねない」
翳りのある眼差しと、意味深長なセリフ。
でも私は黙っていることしかできなかった。
彼は何の力もない私が真っ先に狙われると言った。当然だ、そっちの方が簡単に彼を殺せるのだから。
つまり打開策は、彼と行動を共にすれば良いということ。
自称強い魔女の千田くんならばできるのだろう。
とは言え、たとえ自分の命を守るという名目でも、こちらが足手まといなのは明白。何もできないのも当たり前だ。
でも問わずにはいられなかった。
「私が役に、立てることはある?」
「ない」
温度のない即答に言葉が詰まる。いや分かっていた、できることなんてないと。
俯く私に、咳払いをして彼は逡巡して答え直した。
「襲われたらすぐに首を引っ掻くこと、なるべく離れないこと、なんかあったらすぐ知らせること。これだけだけど大事なことだからな」
刺々しい口調の中には、微かに優しさを含んでいるような気がした。もしかして、千田くんは本当は怖い人じゃないのかもしれない。
しかし、それはあっという間に打ち消される。
「足、引っ張ったら自業自得だってことも忘れんなよ」
「う、うん。頑張る」
やっぱり顔が怖いや……。
その後は連絡先を交換して、帰り道を辿った。勿論、千田くんも一緒に。
「俺が言うのも変だけど、こう隣を歩いていると勘違いされそうだから離れて歩かね?」
「そうだね、面倒事は避けたいし」
どれくらい離れていた方が良いのか、どれくらい近くにいた方が良いのか。
この距離は、まるで私たちの心の距離。
離れたところで黙々と足を進める。離れているから会話はない。ローファーの固い音が小刻みに聴こえてくる。
自宅に着いたため、振り返った。
離れた所から彼がこちらを見つめている。私は迷って小さく手を振った。
「ここ私の家なの。また明日」
「あぁ、また明日」
そう言うと彼は身を返し、何やら呪文のようなものを唱えた。すると彼の手元に大きな箒が現れる。それに跨ると、某アニメ映画の少女ような要領で飛んでいった。
あ、あれで私を助けてくれたんだ。
彼の後ろ姿を見送ると、私も身を返し家へと帰った。