第十三話 刃に映る遊園地(1)
一学期があっという間に過ぎ、私たち一年生は初めての「高校生の夏休み」に突入しようとしていた。しかし夏季課題は生徒が揃って弱音を吐くほどの量だった。
今も私たちの目の前で嘆いている生徒が一人。
「アオハルである! 高校生の夏休みが! 勉強に染まるなんて! オレは耐えられねぇ!」
「シンうるせぇぞー」
終業式を終えた私、千田くん、林田くんは今、下校する生徒の波の外れにて立ち話をしている。
今日は午前中のみの登校だったため、多くの生徒は浮かれて猛暑の中部活に勤しんでいた。
「林田くん、今日の部活は?」
「休み。体育館、バスケ部が占領するから……」
すっかり魂が抜けてしまった彼は、項垂れながらも説明してくれた。ちなみに彼はバドミントン部に所属している。
林田くんに、相変わらずの目つきで千田くんが話を切り出した。
「で、話ってのはなんだ? お前の嘆きを聞くだけなら帰るぞ」
「ふっふっふ、実はね」
「急に笑い出すな気持ち悪い」
彼のツッコみを気にすることなく、林田くんは眼鏡を光らせて笑った。すると彼は、何処からか取り出した三枚の紙切れを私たちの前に掲げて見せる。
「じゃーん! 不思議と魔法の国・まじかるはてなランドのチケット!」
水色と黄色のポップな柄が入った紙切れには、その名が表記されていた。
林田くんが自慢するように胸を張るのも当たり前だろう。なぜなら彼が持つ紙切れは、今や入手困難な代物であるからだ。
まじかるはてなランドとは、都市部に先月できたばかりの大規模なテーマパークである。
アトラクションの数は勿論、ショーのクオリティの高さにより開園初日から絶大な評価を受けているらしい。名の通り、この世界の不思議を魔法の力(厳密に言えば科学の力)で解明していくという体験型の類だ。
前、テレビで観たから変に詳しいな。
林田くんは満面の笑みでチケットを差し出した。
「この機会にみんなで行こうよ。泉さんは咲薇と一緒なら、どこに行っても大丈夫なんだよね」
「うん、そうだけど」
ちらりと千田くんの様子を伺う。彼は私の視線に気づき、小さく笑った。
「いいぞ、一緒に行こう」
「よっしゃ! じゃあ計画立てようぜ!」
林田くんの喜ぶ様子を見て、何故だか私も嬉しくなった。初めてのする子供だけでの遠出に、わくわくしているのかもしれない。
話し合いの末、私たちは八月に入ってすぐの日に行くことになった。
・
・
・
今俺は、彼女の家の前で驚くほど緊張と期待に苛まれている。
遠出の当日。
俺は一旦彼女を家まで迎えに行き、その後駅でシンと合流する手筈となっている。が、俺の心臓はどうしてか無駄に脈を打っていた。
ただ友人たちと出かけるだけだというのに、変に緊張している自分が不思議でならない。この「不思議」も、あのテーマパークに行ったら解明されるのだろうか。
「おはよう千田くん。朝から暑いね」
玄関の扉が開き、泉が挨拶の言葉を口にした。咄嗟に返すと、彼女の容姿に思わず見とれてしまう。
膝下まであるノースリーブの薄い水色のワンピースには、小洒落たレースが施されている。朝の日に当たってとても眩しい。ワンピースに合わせたらしい鍔の大きな帽子が、酷く似合っていた。
「この格好、変?」
長い時間、見つめていたためか彼女が不審に思ったらしい。両手を広げ、小首を傾げる泉の言葉を慌てて否定する。
「い、いいや。むしろ似合って……ます」
「なんで敬語? ふっ、今日も宜しくね」
瞳を細め微笑む彼女を、意識しない訳にはいかなかった。
駅前まで遠い上にバスも本数が少ないため、今回は特別に箒に乗せてあげることにした。人目に付かないよう、迷彩魔法を使って空中に浮かぶ。
泉は箒に対して横を向きつつ、俺の背中に引っ付いていた。
今更する説明だが、コイツは人に触れることを厭わないらしい。現にこうして俺と密着することも嫌がらない。俺も比較的、触れたり触れられたりするのに障害を感じることは少ない。彼女は別なのだがな。
徒歩で三十分以上かかるところ、およそ五分で駅に着く。そこには既にシンが待っていた。
一度地面に降りてから迷彩魔法を解除し、シンには片手を挙げて挨拶する。
「お、二人ともおはよ。新幹線はあと二十分後に来るみたいだから、もう切符買っちゃおうか」
朝に弱いはずの彼はニコニコと笑って言う。どんだけ楽しみにしてんだよ。
慣れない切符の購入に手間取りつつも、なんとか入手して新幹線に乗り込んだ。中は向かい合う席となっており、シンと俺が泉の正面に座ることになった。
夏休みに入ったこともあってか子供連れの人が多く、車両のあちこちからはしゃぐ声が聞こえる。学生だけで出かける人も思ったよりいた。
目的地までは約二時間。
その間、俺たちは菓子をつまみながらテーマパークの順路を確認している。各々が見つけてきた広告やチラシ、完全ガイドブックを使って話し合っているとあっという間に着いた。そこからバスを乗り継ぎ、計三時間かけて魔法の国にやって来る。
開園して間もなくだったようで、入り口付近は既に混雑している。人混み酔いしそうだな。
チケットを提示し、スタンプを押してもらう。門を潜り抜け、太陽の光を眩しく反射するアトラクションが視界に入った。先に入園していたシンと泉に駆け寄り、俺は不本意ながらも胸を躍らせていた。
「じゃあまずアレ乗ろう!」
マップを握りしめたシンの先導の元、俺たちは足を進めた。