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少年魔女  作者: 朧
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第九話 魔女の昼休み

 連休が明けて三日経つというのに、まだ生徒たちの呆けは抜けていない。


 連休の課題を家に忘れる奴もいれば、教科書を忘れる奴もいる。また、委員会の仕事を忘れて先生に叱られているやつもいた。

 ……それは俺なんだがな。


「五組の保健委員はアナタでしたよね? 自覚してください、もう中学生ではないんですよ?」


 よりによって面倒くさいセンセーに捕まってしまった。しくじったな。


 なんとか適当に謝ってこの場を潜り抜けようとするが、いつまで経っても解放する兆しはない。コイツ俺の昼休み潰す気だな、まだ弁当も食べていないのに。


 こうなったら強行突破しかない。


 そう決断して行動に移した。

 視線は動かさず相手の方を見たまま右手を背に回し、彼女のタイミングを図る。


「――エスパイア」


 途端に俺の背後から大きな破壊音が響く。同時に生徒たちの悲鳴も聞こえた。


「誰か先生を呼んで! 蛍光灯の破片が!」


 近くの生徒が騒ぎ始め、野次馬をどんどん呼び込む。センセーも驚いて俺の後方に声を掛けていた。


 見知らぬ生徒が彼女に助けを求めたところで俺はお暇する。

 自分の役割をしないのは怒られて当然だが、男子高校生の昼食抜きは重い。次から気をつけるとしよう。


 昼食をとるのに教室へ戻ろうとしたが、視界に馴染みのある影が入り込んだ。彼女は弁当のバッグを提げて、独り自分の席に向かっている。


 俺は迷いなく彼女の名を呼んだ。


 隅の輩がこちらに視線を寄越したが気に留めない。一方、彼女はぱっと顔を上げてこちらを見た。


「どうかした?」


 彼女――泉は駆け足で俺の元へ来てくれた。ショートヘアの髪を揺らし、きょとんとしたような様子で尋ねてくる。


「いつも独りメシなのか?」


 そうだけど何か、と問い返してきそうな表情に、俺は気を利かせることにした。


 常日頃から泉は一人で過ごしており、群れることを好まない人のようだ。原因は多分、彼女自身が醸し出している近寄りがたいオーラと無表情だろう。


「俺も今からメシだから一緒にどうだ?」


 目をあからさまに大きくし、戸惑うように視線を泳がせた。


「いいの? こう関わるのだって最初は」

「メシくらいいいじゃねーか」


 大体のクラスメイトは各々の部室か、外、他の教室に移動している。そのため教室にはほとんどの人がいないのだ。


 彼女が危惧しているのは、最初の約束のことだろう。

 周りから勘違いされたくないから、あくまで赤の他人で過ごそうという約束。それは周りの人がいなければ良いので、こうして泉のことを誘っているのだ。

 でも彼女が嫌がるなら勿論、強要はしないのだが。


「お前に会いがってる奴がいるんだけど、だめ?」


 そう言うと、彼女は小さく首を傾げさせる。逡巡するような仕草をしたのち、泉は頷いてくれた。


 隣の教室に足を向けるとすぐ、俺の机の正面で踏ん反り返って座る()が見えた。彼はこちらに気が付くと、快活な笑みを浮かべて見せた。


「どうも、君が泉さんだね」


 青緑色のフレームの眼鏡を押し上げる彼は、俺の後ろに隠れるようにしていた泉に声を掛ける。彼女はひょこっと顔を覗かせ反応を示した。

 眼鏡の彼は軽い調子で挨拶する。


「初めまして、オレは林田進(はやしだしん)。咲薇とは小学生来の友達だよ」

「四組の泉聡乃(いずみときの)です」

「やだなぁ敬語はよしてよ」


 シンは持ち前のフレンドリーさで彼女の心を和ませてくれた。よく笑ってよく話す、一緒にいて楽しい奴だ。


「ところで魔女狩りは大丈夫そ?」


 弁当をつまみながら心配そうにシンは彼女に尋ねた。すると驚いて彼女は凝視する。


「林田くんも魔女なの」

「まさか! オレは正真正銘ただの人間。少し教えてもらってるくらいで、二人の刻印も悪魔も見えないんだ」


 それでも何か腑に落ちないような瞳をさせていたので、俺とシンの出会いについて話すことにした。

 彼は楽しそうに笑って昼食を頬張りながら、昔話をし始める。


 小学五年生のある校外学習のこと。

 好奇心旺盛なシン少年は、自由時間の際に先生の話もろくに聞かず立入禁止の山道に踏み入ってしまう。

 案の定、彼は集合時間に帰って来ず教師たちは大慌て。他の生徒が続々とバスに乗り込む中、サクラ少年は大人たちの様子がおかしいことに気づく。

 この頃は今ほどではないが、それなりに魔法が使えていたからシン少年の捜索を(勝手に)手伝うことにしたのだ。

 魔法を使って辺りを探し、目的の人物はものの三分で発見。

 立入禁止の網を抜けたその奥、足を挫いたようで地べたに座り込む少年がいた。

 サクラ少年はチェンジュを使って移動し、シン少年を救出。再び魔法で戻り、教師たちには適当に説明した。


 助けてくれた人が魔女であると知ってから、彼はしつこく付きまとうようになって今に至る。




「まぁ、ざっとこんな感じ」


 シンは最後の卵焼きを口に放り込む。向かいの泉は熱心に聞いていたらしく、箸が進んでいなかった。


「千田くんに友達がいたんだ」

「んだよその言い方。てか友達じゃなくて腐れ縁だ」

「その言い方の方が良くないと思うけど」


 俺たちの会話を聞いていたシンは、何故だか不満げな表情をしながらこちらを見ていた。


「泉さん、ちゃんとコイツ護衛してる? 咲薇は『行けたら行く』って言って絶対行かないヤツだからさ」


 そう言いながら彼は、隣に座る俺の脇腹を突いてくる。いつものように怒ってやろうとしたが、彼女の凛とした声に固まってしまった。


「頼もしいよ、ちょっと過保護だけど」


 真顔で堂々と言い放つ彼女に、自然と心臓が変に跳ねた。

 泉の返答に赤面しつつ、俺は冷静を装って付け加えた。


「お前が死ぬと俺も死ぬからだよ」

「やっぱり自分の命ばっかりじゃないかっ」

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