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少年魔女  作者: 朧
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第六話 小難しい魔女(2)

 公園に着き、私がロープを解くと男性は感謝の言葉をくれた。

 辺りは既に暗い。時計の針が七時前を示している。


「てことは、あなたは()()()なんですね」


 千田くんの冷たい声音が聴こえる。

 男性はベンチに腰掛け、私たちは彼を囲うように立つ。逃げる可能性もあると彼は言ったが、私にはそう感じられなかった。


 偽善者という単語に、男性は生気のない声で「その通りだ」と肯定した。どうしてだろうか、胸がズキリと痛む。


 この人は、本当に偽善者なのだろうか。

 自分の意思で魔女たちを救おうと尽力していた。クビになっても、家から見放されても、こうやって救おうと来てくれた。そんな人を偽善者呼ばわりにするのは違う気がする。


 でも千田くんの主張も分かる。

 先祖が犯した罪を償うのに、第三者が首を突っ込むのはとても迷惑なはず。責任感の強い彼となれば余計だ。


「もう二度と、俺たちの問題に首を突っ込まないでください。あなたに救われる義理はないです」

「だ、だけど君は子どもだろう? いくら魔力が強いとはいえ、無理が」


 言いかけると、ガンッと何かがぶつかるような鈍い音が鼓膜を殴った。

 驚いて、自然と下を向いていた顔を上げる。


 座り込む男性のすぐ右側、千田くんはいつの間にか呼び出していた箒の先を突きつけていた。ベンチには、へこんだような大きな窪みができている。


「俺は独りじゃない。あと、あなたが悲観するほど俺は苦しんでなんかいないです」


 妙に低い声が、びりびりと空気を痺れさせる。男性は目を見開いて肩を強張らせていた。


「おいガキ魔女、そろそろ時間がやばいぞ。ときのちゃんを帰さないと」


 彼の声とは対照的な高い声が揺れる。ハルデは私のことを親指で指さして帰宅を促した。

 肩越しにこちらを見ると、彼は箒を下ろす。しゅぱっと手元から箒が消えると、魔女はすたすたと私の方に歩んだ。


「お兄さん、言っておきますけど」


 隣に立つと、彼は私を思い切り抱き寄せ。


「あなたが思っているより、俺は()()()しているんですよ」


 彼の表情は分からなかった。

 一体どんな気持ちで、どんなつもりで、その言葉を口にしたのだろうか。


 今の私には、到底わからないだろう。


 *


 目を覚ますと昼だった。

 酷く疲れ切っていたようで、かなり深く眠ってしまっていたみたいだ。


 連休三日目。天気は晴れ。

 スマホの電源を入れると、待受画面には大量の不在着信の通知が入っていた。どれも千田くんからで、きっちり一時間おきに電話してきている。


 寝起きだが慌てて折返しの電話をかける。

 電子音が何度か鳴ったあと、無愛想な「もしもし」が鼓膜をくすぐった。


「千田くんごめん、電話出られなくて。今起きたところなの」

『謝んなくていい。こっちもしつこく連絡して悪かったな』


 変に落ち着いて聴こえる。その違和感に、私は思わず尋ねてしまった。


「泣いてる?」


 たっぷり三秒くらいの時間を使って『は?』と聞き返された。あ、やっぱり通常運転だった。


「なんでもないよ。どうかしたの、急ぎ?」

『いや、特に何も』


 消え入りそうな音と返答に、電話越しにもかかわらず首を傾げる。用もないのに鬼電してきたの、この人は。


『昨日のあれ、冗談だからな。真に受けるなよ』


 一瞬なんのことなのか理解できずに黙ってしまったが、ふっと記憶が蘇る。あぁ、()()()している、のことか。


「大丈夫だよ、信じてはないから」


 少し彼が黙ってしまう。あれ、なんか私おかしいこと言っちゃった?


『そう、ならいい』


 あからさまに元気でなくなっている。やっぱり何か誤解されてるかも。

 黙りこくってしまったため、少々焦って口先で言っていた。


「千田くんは宿題って、終わってたりする?」

『いや、まだだけど』

「なら良かった、私もなの。だから、その」


 なぜか言い出すのがちょっと苦しい。でも、いい機会なんだし。


「私の家でお勉強会、しない?」


 ・

 ・

 ・


 電話を切ると、俺の目の前でこちらをニヤニヤと見ていた悪魔が口を開けた。


「えーナニナニ? そんなに顔真っ赤にさせてさぁ」

「うるせぇ。準備するから退け」


 ハルデを押し退けてスクールバッグを乱暴に掴む。中の筆箱やノートの騒ぐ音が、俺の心中を具現化しているような気がして尚更ムカつく。

 その上、俺の周りをふよふよと鬱陶しく飛び交う子猫にもなぜかイライラしていた。


 彼が面白がるように話し掛けてくる。


「もしかしてもしかすると、千田クン嬉しい? 気になっている子にお家デートに誘われて♪」


 それを聞くなり思わず彼に掴み掛かる。


「何を勝手に勘違いしてんだこの野郎。誰がアイツを気になってるって? あとデートじゃねぇ、()()()だ」

「そんな真っ赤な顔で言われても、これっぽっちも怖くなんてないよ!」


 そう言われてしまい、俺は睨みつけたまま手を離した。

 悪びれる様子もなく子猫は、余計に楽しそうに気味悪く笑っている。コイツの手玉になってしまえば駄目だ、(あるじ)失格に等しい。


 家を出て無意識に、自分の頬に触れた。すごく熱いがこれは夏の暑さのせいだ。絶対。

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