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少年魔女  作者: 朧
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第五話 魔女代理(1)

 連休二日目。天気は快晴。

 窓から差し込む日の光に目を眩ませつつ、ベッドから這い出た。


 昨日の一件で、私は本当に命を狙われているのだと実感した。喉を刺される痛みはぼんやりとした記憶になってしまったが、あの漠然とした恐怖心と戦闘中の彼の歪んだ表情は脳にこびりついている。


 強いと言われている人の心が、必ずしも強いとは言えない。彼だって、多少なりと「死」への恐れはあるはずだ。


 階下から母さんの呼ぶ声が聞こえる。私は下に向かって返事した。


 あれから千田くんは、私のことを苗字で呼ぶようになった。あの時の発言――「わざと、だよね。私のこと、ちゃんと呼ばないの」――嫌味に聞こえてしまったのだろうか。

 もちろん嫌味で言ったつもりはない。ただ確認したくて問うただけだ。


「いつまで寝てるつもりだったの? もう、ご飯が冷めちゃうでしょう」


 母さんの言葉に私は苦笑して逃れる。着替えと朝食をさっさと済ませた。


 春が過ぎて、夏の匂いがし始めている。

 今日は一段と暖かく、辺りから幼い子供のはしゃぐ声が聴こえていた。


 ふと居間にピンポーンと電子音が響く。

 母さんが洗濯物を物干し竿に掛けながら電子音に応答し、足早に玄関へと向かった。

 少しして彼女の声が途切れ途切れ聞こえ始める。


「聡乃ー? お友達よー」


 急に自分の名前が聞こえ、反射的に振り返った。お友達? 誰だ? 私には友人なんていないのに。


 怪訝に思いつつ駆け足で玄関に行くと、そこにとても見覚えのある少年が立っていた。


「千田くん? どうし」

「ときのちゃん、準備できた? 早く行こ」

 

 あっ。


 ぐいっと左手首を掴まれ、外に連れ出される。慌てて靴を履き、彼の歩くスピードになんとかついて行った。


 家から近い小さな公園に着くと、彼は手首を離す。すると姿が変化し始めた。

 癖っ毛の短髪が少し伸び、頭の高い位置から三角形の突起がぴょんっと現れる。服装も光沢のある、襟の高い制服のような黒い服に変わった。腰の辺りからは、スルリと猫のような尾が出てくる。


 誰なのかが既に分かっている私は、悪魔の彼の名を口にした。


「ハルデ。どうかしたの?」


 私の言葉が癪に障ったのか、ハルデは振り返るなりこちらに怒鳴ってくる。


「どうしたも何も! ガキ魔女の代わりに来てやってるだけだ!」


 原色に近い赤い瞳が綺麗だ。まだ幼さの残る顔も愛らしい。


 それからハルデは、私の元に来た理由を話してくれた。どうやら今日は千田くんが()()()()()不在だそうだ。


「魔女の会合で魔法界に出張中っ。その間お前に何かあると困るからぼくが任されたんだっ」


 不機嫌そうに頭上の猫耳を反らす。腕を組み、尻尾を鞭のように動かした。


「そうなんだ。今は子猫の姿じゃないんだね」

「子猫の姿で守れる訳ないだろ!」


 今日はずっとこの調子なのか。疲れそうだな、私が。


 日の照る公園は子ども達が占領するので、私達は場所を変えることした。せっかくなんだから、この機会に彼のことを知るのも良いのかもしれない。


「ハルデは人間に興味はある?」

「人間に? あいつらはただの契約する相手なだけであって特にない。あ、でも人間の作る食べ物には興味があるぞ」


 耳は反らしたままだが、ちゃんと答えてくれた。なんだ、少しは興味あるじゃない。


 悪魔の好物は『人間の生きた魂』。

 それを手に入れる以外の理由で人間に近づく奴は滅多にいないらしい。


 そもそも悪魔は人間の欲で遊ぶのが仕事だそうだ。ハルデのように人間と契約を結ぶのは下級悪魔ぐらいで、人の欲で遊ぶという仕事は出来ない。


「ここの世界の()()()()は、人間の魂の味に似てるらしいんだ。ぼくは食べたことがないから分からないけど」


 と言っても甘いものもあまり食べたことがない、と不満そうに呟く。それを聞いて私はある提案をした。


「なら食べに行く? スイーツとか」


 このとき、私は初めて彼のキラキラとさせた瞳を見たのだった。


 ・

 ・

 ・


 静かな白の空間。

 中央に黒い円卓が置かれている。囲うように座る、計二十四名の魔女と魔法使いはそれぞれ神妙そうな表情をしていた。


「北国の魔女レイラーン氏が狩られた。これで残る魔女は十名だ」

「今年に入って既に三人の魔女が狩られている。これは異常な速さだな」

「魔女狩りの特定は?」

「されているが巧いこと逃げられている。そろそろ限界か」


 魔法使いが中心となって会議は進められている。俺は手元の資料を一瞥した。


魔法省(上の方々)は、捜査には協力するが最後までは手を出さない、とのことよ」

魔女(わたし)たちは滅べとでも言うの!?」


 年老いた魔女が声を荒らげる。両隣の席に座る他の魔女たちが彼女を落ち着かせた。


 言語は違うが、魔法の力で俺には統一された言葉――日本語に聞こえる。だから差し支えなく会議は進み、暴言も冷静さを欠くような発言も聞こえてくるのだ。


 仕方ない。今は本当に魔女にとって危ない時期なのだから。


 資料によるとここ数年、魔女狩りたちは急激に数を増やしているそうだ。主な方法としては宗教の力を借りたり、個別で勧誘したり等々。


 厄介なのは魔女に恨みを持たせる、という方法だ。


 例えば身近な人に不幸なことが起きたとし、それの原因が魔女にあると吹き込む。それによって魔女への憎悪を持たせ、魔女狩りになると自身の口で言わせるのだ。


 なんて卑劣な手段なんだろう。

 自身の口で言わせることで、吹き込んだ奴は責任から逃れられる。魔法省から問い質されても『本人がそう望んだ』と答えればいいのだ。


「落ち着きなさい。私たち魔法使いも最善を尽くそう」

「嘘を吐くのも甚だしい、今まで何度同じことをこの場で言いましたか? 実際に駆けつけてくれた者は片手で数える程しかいませんでしたよ」


 若い女性が、初老の男性魔法使いに口答えする。彼は片眉をぴくりと反応させて彼女を睨めつけた。


「こちらにもこちらの事情がある。そういつでも助けられるほど暇では無いのだよ」

「そもそも魔女が弱いんじゃないの?」

「なんだって!? 馬鹿にするのも大概にしろ!!」


 会議というか喧嘩になってしまっている。でも、同胞としても先程の言葉は頂けないな。

 俺たちは弱いのではなく、相手が多すぎるのだ。フェアプレーだったとしたら、きっと俺たち魔女が勝つに決まっている。


 そんなことを思っても、苦境に立たされていることには変わりないがな。

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