僕の人生で二番目に悲しい日に
それは、よく晴れた初夏の午後。
教会の裏手にある丘には、白い小さな花がたくさん咲いていた。
気持ちの良い風が吹き抜けて、側には誰もいない。
ここから見える墓地には、まだ何人も大人がいる。
僕の父親は、親しい人たちに肩を優しく叩かれながら俯いたままだった。
数年の間、闘病を続けた母が亡くなった。
今日はお別れの日。
たくさんの人たちが来てくれた。
母は愛されていた。
父も母を愛していた。
僕も母を愛していた。
きっと今日は、僕の人生で一番悲しい日だと思った。
「はい」
誰も来ないと思っていたのに、目の前にハンカチが差し出された。
「……ヘンドリカ」
そこにいたのは、美しく喪服を着こなした少女。
幼馴染のヘンドリカ。
「涙、拭いて」
渡されたハンカチの端っこに刺繍があった。
虫、かな?
「コガネムシ?」
「……どこが虫に見えるの? ドラゴンよ、ドラゴン!」
新種の? 首どこ? 尻尾は? 翼は?
僕が黙って刺繍を見つめていたので、ヘンドリカは不安になったらしい。
「……ちょっと下手くそかもしれないけど。
ステファン好きでしょ? ドラゴン」
「うん。……うん、大好きだなドラゴン」
ヘンドリカはちょっとばかり不器用だ。
それでも、一生懸命僕のために刺してくれたのだろう。
「ありがとう、ヘンドリカ」
「どういたしまして、だわ」
ヘンドリカはちょっとぶすくれていた。
だけど、ドラゴンのハンカチはまるで魔法がかかっているみたいに、僕の涙をピタリと止めた。
ヘンドリカと僕は、どっちも伯爵家の一人っ子だ。
領地は隣り合っていて、僕のほうが二歳年上。
僕たちの親、特に母親同士は仲が良く、小さい時には互いの屋敷を行き来して遊んだ。
ヘンドリカは幼い時からお姫様気質。
とびきり可愛くて、ちょっとツンとしてて、少し我が儘。
だけど、我が儘も人を困らせるようなものじゃない。
これは譲れない、と思ったことをはっきり主張するだけだ。
あくまでも無理を押し通す、というような子ではなかった。
相手が絶対に彼女の願いを断れないような時には、言い出さない。
我が儘を言うのは、自分より立場が強い相手にだけだ。
侍女やメイドを困らせてるのなんて見たことが無い。
ちょっとばかりの自分にとっての不都合なんて、彼女は我慢できるのだ。
ヘンドリカが五歳、僕が七歳の頃。
彼女の住む屋敷の裏庭で遊んだことがある。
見事な花畑は、彼女専用に庭師に造らせたもの。
その場所では、どれだけ花を摘んでも怒られない。
僕は割と手先が器用で、花冠をいくつも編まされた。
「お姫様用と女王様用と、それから……」
王冠を直接見たことは無かったので、肖像画で見た王冠やティアラを思い出して何とか差をつけた。
一ダースも作らされて、結局、彼女が気に入ったのはティアラ。
僕はすごく草臥れたけど、花のティアラを被ったヘンドリカが「ありがとう」って小首を傾げて言うだけで、すごく幸せになってしまった。
「ヘンドリカのためなら、これくらい何でもないよ」
なんて言ってしまった。いや、本心なので後悔はない。
「わたし、大きくなったらステファンのお嫁さんになる」
「うん、僕もヘンドリカのお婿さんになる」
僕たちを見守っていた二人の伯爵夫人、僕たちの母親が顔を見合わせて微笑んでいた。
正式な婚約ではなかったけれど、周囲の誰もその未来を否定しなかった。
僕たちは互いに一人っ子だったけど、どちらの両親もまだ若かった。
もしも、ヘンドリカに弟が生まれていたら、僕の生家に彼女が嫁いで、めでたしめでたしで終わる話だ。
だけれども、子供は期待通りに生まれるわけじゃない。
僕らはずっと一人っ子のままで成長していった。
ヘンドリカよりも早く教育を受け始めた僕は、このままでは彼女と結ばれることが難しいのを知った。
だんだん会う機会は減っていき、そのうち同行してくれていた母が病に倒れたため、ほとんど会えなくなった。
母の葬式の日、教会の丘で会ったヘンドリカは相変わらずだった。
可愛くて綺麗で、お澄ましで優しい、僕のお姫様。
ひょっとしたら、こんなふうに会えるのは最後かもしれない。
僕は貰ったハンカチを宝物にした。
母が亡くなった後、父は後添えの勧めを断り続けていた。
父は母を愛していたし、なかなかそんな気持ちにはなれないだろう。
父の姉である伯母が、女主人の仕事を肩代わりするために時々来てくれるようになった。
伯母は気さくな人柄で、人脈も広い。
ヘンドリカの母上とも友人だった。
「ステファン、午後からストローボス伯爵家へお邪魔するけれど、貴方も行く?」
突然の誘いだ。
その日の午後はちょうど、家庭教師が来る予定がなく空いていた。
「僕が行ったら、邪魔ではないですか?」
「あら、どうして? ストローボス夫人も、たまには貴方の顔が見たいと仰ってたわよ」
ありがたいことだ。子供のころから見知った僕を、今でも気にかけて下さっているのだ。
「そうですね。久しぶりだし、僕もお会いしたいです」
母の葬儀から、もう二年が経っていた。
ヘンドリカは、どうしているだろう。
「まあ、ステファン。久しぶりね。元気そうで安心したわ」
ストローボス伯爵家では、夫人が温かく迎えてくれた。
「ヘンドリカはお勉強中なのよ。後から来るわ」
しばらくすると「失礼いたします」と、淑やかに彼女が入って来た。
思った以上に綺麗になっていて、僕は言葉を失った。
「……ステファン?」
「ヘンドリカ」
「まあまあ、ヘンドリカ、いったんお座りなさいな。
喉が渇いているでしょう?」
夫人は無理やり彼女にお茶を飲ませた。
彼女は呆然とし過ぎていて、放っておけない感じだったから。
一杯飲み終わって落ち着いたらしいヘンドリカは、少し考えてから夫人に訊いた。
「お母様、ステファンに久しぶりに花畑を見てもらいたいのですけど」
「まあ、いいわよ。行ってらっしゃいな。ステファン、いいかしら?」
「ええ、勿論です」
僕が立ち上がってエスコートの手を差し出すと、ヘンドリカは目を丸くする。
夫人と伯母が微笑みあって送り出してくれる様は、まるで昔の母たちのようだった。
僕たちは二人きりになれるはずもなく、メイドと護衛が付いてくる。
花畑に座り込むときも、メイドがさっと敷布を広げてくれた。
「ティアラ、作ってくれる?」
「うん」
僕は編むための花を集め始めた。
小さい頃に作ったのをまだ覚えている。
編みやすく、見栄えのする花を摘んでいく。
黙って僕の作業を見ていたヘンドリカが、ようやく口を開いた。
「あと二年したら、婚約者を決めなくちゃいけないって、お父様が」
「うん」
「わたし、ステファンのお嫁さんになるんだと、ずっと思っていたの」
「うん」
「二年は大人しくしているつもりだけど」
「うん?」
「他の人のお嫁さんになんかならない。二年後に迎えに来て。
駆け落ちしましょう!」
「え?」
完成した生花のティアラを僕から奪うように取り上げ、彼女はさっと頭に載せた。
「宝石のついたティアラなんか要らない。これがいい。
これを着けて、貴方のお嫁さんになる」
「……うん、わかった」
ヘンドリカの瞳には涙が滲んでいて、そのくせ精一杯微笑んでいた。
彼女は、無理なお願いをして他の人を困らせるような子じゃない。
聞き分けのない子でもない。
ここだけでしか出来ない話をしていた。
一人っ子の僕らが駆け落ちしたら伯爵家には傷が付き、領民にも迷惑がかかる。
そんなこと軽々しく出来るはずがない。
わかっているから、僕しかいない花畑で、そんなことを言ったのだ。
でも、だから……それは彼女の本心だ。
いろいろな決まりごとに、形を変えられてしまう前の大事な気持ち。
メイドと護衛に動揺は無い。聞こえていたとしても聞こえないふりをしてくれている。
ストローボス伯爵家の使用人は、彼女のことをよく分かっているから。
家に戻った僕は、前より学問に励んだ。何か、ヘンドリカのために出来ることが無いか探すためだ。
僕に出来ることなんて高が知れているけれど、何もしないなんて無理だ。僕のお姫様が、あんなに傷ついていたのに。
あれから、ヘンドリカに会いに行くことは禁じられた。
彼女の父親のストローボス伯爵と、僕の父が話し合い、正式に僕らは婚約しないことに決まった。
変な話だ。婚約するんじゃなく、婚約しないと決められるなんて。
でも、彼らの決定に心が通っていないと思うのは、子供過ぎるだろう。
貴族同士の婚約には、見えない制約が山ほどある。
ヘンドリカは一人娘だし、嫁に行くことになれば親戚筋から養子を取ることになる。彼女を可愛がっているストローボス伯爵は、出来れば手放したくないだろう。
僕も一人っ子だから、婿入りは無理だと父も考えたはずだ。
「すまない、ステファン」
僕に婚約が出来ないことを告げた父の表情はひどく辛そうだった。
「仕方がないことです。それより父上」
「……何だ?」
「どこか、お身体の調子が良くないのでは?」
「いや、大丈夫だ。自分の不甲斐なさに、少々気落ちしたんだ」
どちらかといえば、いつも威厳のある父とは思えない言葉だった。
だが、これ以上は、どう話せばいいのかわからない。
僕は、家宰に訊いてみることにした。父の様子が少し気になる、と。
そこから、思わぬ話を聞くことになった。
二年後の事。僕はストローボス伯爵夫人から手紙をもらった。
それによれば、ヘンドリカはここ最近、部屋に籠って父親に会わないようにしているのだという。
『……馬鹿よね、プレゼントでもないのに多ければいいってものじゃないでしょう? 娘に山盛りの釣り書きを用意するなんて。
そのせいでヘンドリカは部屋から出て来ないの。
せっかく勧めて下さった婚約者候補をきちんと吟味しなくては、とか言って。
全て読み終わるまで、お父様に合わせる顔がございませんので、って食堂に出るのも拒否してるのよ』
僕は一通の書類を手に隣領を訪ね、ストローボス伯爵と面会した。
「ステファン、すっかり大人になったな」
「お陰様で」
「今日の用向きは? 父上の代理かな?」
「いえ、私の釣り書きを持ってきました」
「釣り書き? 何の?」
「もちろん、お嬢様の婚約者候補に加えていただくためです」
「その話は、ドンメレン伯爵と話し合った結果、無いことになっているはずだ。
聞いていないのか?」
「父には許可を得ました。あの時とは状況が変わりましたので」
「状況とは?」
「父が再婚することになりました。相手の方には、既に父との息子がいます」
「は?」
「私は婿入りを前提に、婚約を申し込みたいと思っております」
入口の扉が大きく開いて、ヘンドリカが入って来る。
「そのお話、お受けいたしますわ」
「ヘンドリカ! ノックも無しに何だ?」
「お父様、今はそれどころではありませんの。
ステファン様のお話をお受けするか、わたし達の駆け落ちを見送るか、どちらになさいます?」
「あなた。選べる道は一つしかないんじゃありませんか?」
「マルハレータまで」
いつの間にか、夫人も部屋の中にいた。
伯爵は溜め息をつく。
「わかった。だが、今すぐに返事は出来ない。
ドンメレン伯爵も交えて、きちんと話をしよう」
三日後の事。僕は父と共に改めてストローボス伯爵家を訪ねた。
「この度は、本当に、何と言っていいか……」
父はしどろもどろだ。
ストローボス伯爵は話の主導権を握ったほうがいいと考えたらしい。
「再婚、と聞いたが?」
「ああ、実はとある伯爵家のご令嬢を迎えることになった」
父は話辛そうにしながらも、再婚の経緯を語った。
二年前、僕が家宰に聞いたのと同じ話だ。
ドンメレン領内に父個人の所有する一軒の家がある。
そこを年老いた乳母の住まいにしていたそうだ。
乳母は高齢で、手伝いの人間が必要だった。
ある時メイドを募集したところ、一人の若い女性が応募してきたという。
「非常に気立てのいい娘で、働き者なんだ。
少し気難しくなった乳母の相手を、根気よく務めてくれた」
乳母が風邪をこじらせて亡くなり、その時、初めてメイドの身の上話を聞いたそうだ。
「雇った時は、平民と聞いていたんだが」
彼女は兄嫁と反りが合わなかった。そのせいか両親が亡くなった後、兄嫁は留守がちな兄の目を盗み、彼女を使用人扱いしたのだ。
何も出来ないうちは我慢していたが、一通りメイドの仕事を覚え、成人になったのを期に家を出たという。
「乳母の世話も亡くなった後の片付けも、よくやってくれたし、すぐに追い出すことも無い。それで、たまに私の話し相手をしてもらっていたんだが……」
具体的には語られないが、その辺はだいたい分かるので、皆頷く。
「伯爵家の令嬢ならば問題なかろう。すぐに後添えに入ってもらっても良かったのではないか?」
ストローボス伯爵が促した。
「だが、彼女の実家は遠いし、当事者の私が何と言ったものか悩んでな。
幸い住む家はあるし、彼女も夫人の座など望まないと言って。それに……」
「ステファンか?」
「ああ、亡き妻の残した大切な息子を傷つけるのではないかと。
亡き妻の思いを裏切ってしまうのではないかと……」
しかし、隠されていた秘密に、僕は気付いてしまった。
父の様子がおかしかったせいで。
それで、家宰から話を聞くことが出来たのだ。
「ステファンに説得されたんだよ」
『父上、わかってるんですか? 伯爵家の血を引く男子ですよ。
僕に万一のことがあったら、その彼が伯爵家を継ぐべきだ。
彼の、そのチャンスを潰す気ですか?』
『しかし、外で作った子を今更、家に入れたらなんと言われるか』
『何を迷ってるんです。心から愛した方の子でしょう?
父上の大切な息子でしょう?
母親ともども貴方が守らずに誰が守るんですか!
隠していたって、嗅ぎ付ける者はいます。
ならば、堂々と紹介して、彼等を傷つける輩の前に立ちふさがるのが、本当の愛ではないのですか!?』
「ああ、その通りだなと思った」
僕は必死だった。僕がストローボス伯爵家の婿にはなるのは無理だと思っていたから、他の方法を探そうと考えていた。
だが、僕に弟がいるのなら、根本的に解決する可能性がある。
それはもう、心を込めて説得した。
弟は幼い。でも、父はまだまだ現役で頑張れるだろう。頑張って欲しい。
若い恋人を作ったくらいだし。
それに、僕が隣領の婿になれるなら距離も近い。いくらでも協力できることはあるはずだ。
「何と立派な心がけだ。ステファンを見直した」
「私もだ。自分の息子ながら、こんなにいい子に育っていたとは」
両伯爵が感動している。
そもそも自分の目的のための説得なので、少々の罪悪感を感じた。
「それでは、ステファン様とわたしの婚約には問題ないのですね?」
少し焦れたヘンドリカが、本題を思い出させる。
「ああ、ヘンドリカ嬢。私としては異議を唱えるつもりはない」
「そうだな。むしろ、そんな立派なご子息ならば是非、婿に欲しい」
「おめでとう、ステファン、ヘンドリカ」
こうして僕らは正式に婚約者となった。
ヘンドリカと婚約してからの日々は、とても忙しい。
いくら弟に継いでもらうことが決まったとはいえ、まだまだ彼は幼いのだ。
僕はストローボス伯爵家とドンメレン伯爵家、両方の領地について学ばねばならなかった。
ストローボス伯爵家の方については、ヘンドリカも積極的に一緒に学んでいる。
「ステファンだけに忙しい思いをさせるのは、違うでしょう?」
小首を傾げる僕のお姫様。婚姻までは、まだまだあるのに心臓に悪い。
「そうね。もちろん、夫人としての仕事もあるけれど、ある程度は伯爵の仕事も把握していた方がいいわね」
なぜか、ストローボス夫人もそう言いだして、一緒に学んでいる。
王都から離れている両伯爵家の土地は広い。農地の利用について効率化できれば、もっと栄えるはずだった。
いろんな目で見て、いろんな意見が出るのは、とてもいいことだ。
ドンメレン伯爵家には、義母が嫁いできた。穏やかな雰囲気の彼女のお陰で、家の中が前より心地よい。超癒し系。父上、グッドチョイス!
義母の生家の伯爵家との間には、ストローボス伯爵が入って話をつけてくれた。
『経済的な余裕がなく、祝い一つ贈れなくて申し訳ない。
妹をよろしくお願いします』
義母の兄の言葉と共に、婚姻に必要な書類がもたらされた。
「ステファン様のお陰です。
ティモンをこうして伯爵家で育てていただけるなんて」
「義母上、僕のことは呼び捨てでお願いします。
それに、僕こそ感謝しているんです。ティモンがいるお陰で、僕はヘンドリカと婚姻できるんですから」
「奥様、ステファン様、ヘンドリカ様がお越しです」
メイドが告げる。
「ヘンディねぇさま~」
真っ先に彼女に向かっていったのは、弟のティモンだ。
「こんにちは、ティモン。元気でしたか?」
「げんき~」
「いらっしゃい、ヘンドリカさん」
「お邪魔いたします。ドンメレン伯爵夫人。ステファン様」
「いらっしゃい」
「ねえねえ、あそぼ」
ティモンがヘンドリカのスカートを引っ張っている。
「ええ、今日は何しましょうか?」
談話室のライティングデスクで手紙をより分けているうちに、ティモンにヘンドリカを取られてしまった。
「ぼくね~、ねぇさまをおよめさんにするぅ」
「あらあら、困ったわ。あなたのお兄様とお約束してるもの」
「え~。にぃさま、ねぇさまをちょーだい!」
「ティモン、人間はモノじゃないんだ。頂戴は駄目」
「けちんぼ!」
「じゃあ、こうしましょう。
これが何かわかったら、考えてあげてもいいわ」
ヘンドリカが取り出したのは、刺繍のハンカチ。
「さぁ、な~んだ?」
「え~? おはな? おまめ?」
「ちがうわ」
「じゃあじゃあ、いしころ? えーと、びすけっと?」
おいおい、ティモン。なんか、ものすごく幅が広いぞ。
やはり、三歳児には無理だろうな。
そう思いながら、僕もハンカチの刺繍を見た。
「ステファンはもちろん、わかるわよね?」
ヘンドリカは小首を傾げる。
一発で正解を出したいけれど、これは……無理そうだ。
はっきり言って見当もつかない。
弟よ、お前の気持ちがよくわかるぞ。
「ステファン? はい、正解は?」
ニッコリ。
その笑顔と、究極の難問が僕を追い詰める。
結局、潔く降参してティモンと引き分けた。
ヘンドリカはちょっと膨れた。
ヘンドリカとの婚姻の日。
彼女は前に言った通り、僕お手製の花冠を着けた。
どうしても、これがいいの、と我が儘を言って。
誰も反対しなかったけれど。
母が亡くなってお別れをした日、僕の人生で一番悲しい日だと思った。
今では、そうは思わない。
もしもこの先、ヘンドリカが先に逝く日が訪れたら、きっとそれが僕の人生で一番悲しい日になるだろう。
あの日、彼女がドラゴンの刺繍をしたハンカチをくれた日。
それはたぶん、僕の人生で二番目に悲しい日だった。
だけど、あれは彼女が僕に初めて寄り添ってくれた日。
悲しみと喜びが隣り合わせであることを知った日。
離れることはあっても、途切れなかった日々を、これからも君と共に……