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帰路

 ◆

 それから三日間、蓮司は鐵の元に通い義足のための測定や調整を行った。鐵の作業はとても丁寧で蓮司も安心して彼に制作を任せる事が出来た。腕のいい技師というのは間違いではなかったようだ。

 そういえば鐵に関していえば驚いた事が一つある。休憩中、応接室のソファでくつろいでいると、蓮司の前にお茶が差しだされた。雑誌を読んでいた蓮司が顔をあげると、


「――あっ」


 そこにいたのは霊安室と民宿で見た少女だった。少女は蓮司に紅茶と茶菓子を差しだすと、ツンとした表情をして去って行く。


(あの子……結局何だったんだ?)


 霊安室にいたから死んだ咲人だと思っていたのに、どうやら普通に診療所で暮らしているようだ。民宿で見た時みたいに光輝いているわけでもない。ただ時折蓮司の前に姿を見せて、診療所の雑務をこなしている。一切喋ることなく、ただ淡々と仕事をこなしている姿は、まるで座敷童のようだった。

 いい加減気になって鐵に彼女の事を聞いてみると、鐵は『今更聞くのか』という顔をして、


「眞白は俺の妻だが」


 その回答を理解するのに蓮司は比喩ではなく数十秒を要した。


「え、え、え。お、奥さん……?」

「正式には届け出してないから内縁だけど、この村では妻で通ってる」

「でも咲人じゃ――」

「ああ、鱗を生やす咲人だ」

「最初霊安室にいたのは――」

「定期メンテナンスだよ。あいつ作物分泌が不安定だから。――死んでたわけじゃない」

「どう見ても女の子じゃ――」

「ああ見えてお前より歳は上だ」


 たぶんこの村に来て以来一番の衝撃だったと思う。眞白と呼ばれたその少女は、診察室から見える荒れた庭で花を眺めていた。蓮司たちの視線に気が付くと、彼女は鐵に対して蕩ける様な笑みを浮かべ、蓮司に対してはやはりツンとした不満げな顔をして目を逸らした。


「なんか、俺嫌われてるみたいなんですけど」

「客に対してはいつもああだ。……まあ、お前の場合メンテナンスの時に勝手にあの部屋に入ったから特にだろうが」

「あ、でも、初日に民宿で『診療所に来るな』って忠告されたんですけど」

「……そんな事やってたのか、あいつ」


 鐵は呆れ調子で楽しそうに庭いじりをする妻を眺め、


「それはな、多分……、『お前が危険な目に遭うから診療所に来るな』じゃなくて、『お前が来ると俺が危険だから診療所に来るな』って伝えたかったんだろうな」

「……つまり、俺警戒されてたってことですか?」

「お前、最初から変な翅音させてたし、なんかの昆虫の咲人かな、とは思ってたんだが」

「まじか……」

「あいつ俺の事なると割となりふり構わないからな。女の客だと滅茶苦茶嫉妬するし」

「……ひょっとして、俺今のろけられてます?」


 その質問に鐵は黙っていたが、僅かに口角が緩んでいたのがその答えなんだろうな、と苦笑した。




 三日後、あらかたの調節を終えて後日製品を郵送すると告げられて蓮司は診療所を後にした。


「どうだ、良い義足は作って貰えそうか?」


 行きと同じタクシーの運転手に送迎され、蓮司は駅に向かう。


「はい、料金も大分都合つけてもらえて助かりました」

「いい人だったろ、鐵さん」

「はい、とてもいい人でした」


 蓮司は微笑むと窓の外を眺めて頷いた。田んぼ、田んぼ、また田んぼ。長閑で何もない村だが、空気は殊更に美味しくてとてもいい村だった。と、


「――あ、」

「ぎゃっ! また蜂だ!」


 車窓から入り込んできた雀蜂にタクシーの運転手はまた悲鳴を上げた。蓮司が生み出したものではない、普通の蜂だったが、蓮司はあっちに行けと手を振って追い返す。


「すまないねお客さん。……ああ、やっぱり田舎は怖えな」


 ぼやきながら運転する男に蓮司は笑った。


 駅に着くとちょうど乗車する予定の電車が到着した。降りてきた車掌が、


「ああ、お兄さん。今日お帰りなんですね」


 行きと同じように朗らかな笑みを浮かべ近づいてくる。同じように荷物を運んでもらって、指定された座席に座った。


「発車までもうしばらくお待ちください」


 車掌はピンと背筋を伸ばして去っていく。その背中を見送っていると、やがて電車はゆっくりと発進した。

第一章 了。

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