贅沢な夢
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昔、賑やかなショッピングモールを琥珀と一緒に歩く夢を見た。
若者たちが思い思いに談笑しながら日の降り注ぐメインストリートを歩いている。通りには流行りの服や靴、鞄がディスプレイされたアパレル店、キラキラと宝石みたいに輝くコスメが並ぶ化粧品店、焼き立ての美味しそうな匂いに誘われるパン屋。どれも目移りして進む足も遅くなる。ゆっくり、ゆっくり歩きながら二人で『何を買おうか』『あれが可愛い』『あれが美味しそう』なんて笑っているのだ。
「贅沢な夢だね」
その夢を琥珀に話すと、彼女はそう言って笑った。
眞白と琥珀は一緒に街を歩いたことがなかった。そもそも店の外に出してもらえた事がない。同じ年の女の子が当たり前のように過ごす時間を二人は過ごしたことがない。
「あんたはいつか誰かと行けるよ。好きな人と街を歩いて、可愛いものを見て、美味しいものを買ってもらいなよ」
随分と他人行儀な言葉に聞こえた。
――琥珀は? 琥珀は、行きたくないの?
眞白が視線だけで尋ねると、琥珀は目を細めて、
「あたしはここから出られないから」
悲しそうに笑う横顔に夕暮れの光が差して、眞白はその姿を直視できなくなった。
眞白はあてどなく歩き続けた。『女郎花』から離れて、行く先もわからずふらふらと街を彷徨う。
若者の集う賑やかな繁華街。流行りの服を着たマネキンが入り口に置かれたアパレル店、モデルの広告ポスターに新作のコスメが立ち並ぶ化粧品店、美味しそうなケーキがショーケースにずらりと並ぶ洋菓子店。
夢の中で琥珀と笑いながら歩いた世界。でも、今眞白は一人だ。
(どうして私はここにいるんだろう)
抜け殻のように歩く眞白には、周囲にある魅力的であるはずのものに何一つ惹かれない。
物悲しい、寂しい。一人でいたって楽しくない。――琥珀が、琥珀がいてくれたなら。
『もう琥珀姉さんに貴女は必要ない』
先刻の芥の言葉が蘇る。喉の奥が苦しくなって、涙が込み上げてきた。
「ねぇ君、どうしたの?」
幽鬼のように歩いていた眞白に声をかける者がいた。眞白は我に返って、その若い男たちの姿を見て息を呑んだ。
不自然なくらい吊り上がった口角、にたりと半月型を描く目に、邪な視線。
眞白はよく知っている。あの店で、嫌という程相手にしてきた類の人間の顔だから。
「さっきからこの辺ふらふら歩いてるから気になってたんだけど」
「迷子? だったら俺たちが連れてってあげようか?」
「ていうか、荷物なんも持ってないの? 家出とか?」
「なら俺たちがいいところに連れてってあげるよ」
肩を掴まれそうになったので思わず力任せにはねのけた。予想外に強い力だったためか、男は驚愕に顔を歪める。
「いてっ……! 何すんだこの餓鬼⁉」
逆上した男が眞白の頬を叩いた。眞白はぎりぎりでそれを交わしたが、はずみで眞白の被っていた帽子が地面に落ちる。帽子の中から現れた異質な髪に男たちが、――いや、そこを通りがかった通行人たちの視線が集まった。
「おい、なんだその髪……」
日光に照らされた眞白の髪は光を透過し眩いばかりに乱反射している。剛毛を通り越した髪質は単に染めただけの髪だとは思えないほど鋭利だった。
眞白の周囲でざわめきが起こる。そこにいた人々が皆、眞白に奇異の目を向けていた。
――見ないで。
眞白は必死に声を出そうとした。でも、やっぱり出せない。
「なあこいつ、もしかして――」
――見ないで、暴かないで。
息が出来なくて動悸が激しくなる。どくどくと脈打つ心臓の鼓動に連動して、眞白の肌からパキパキと鱗が生えてきた。
周囲から悲鳴が上がる。眞白がどんなに祈っても体の変化は止まらない。錯乱する眞白の体内から溢れ出る、眞白を化け物たらしめる鱗。
――出てこないで、お願い。
眞白は自分の力すら制御できない。こうしてまたこのまま、化け物の姿を晒されて、眞白の居場所が奪われていく。
――琥珀。やっぱり一緒にこの町を歩いてみたかったよ。普通の女の子みたいに、お洒落して美味しいものを食べて笑ってみたかった。
――琥珀。会いたいよ。あなたが私を必要としてなくても、私にはあなたが必要だよ。
でも彼女を置き去りにした眞白は、彼女の前に立つ資格がもうない。眞白を庇ってくれる人なんて、
「どいてください!」
その時、周囲の群衆をかき分けて誰かが眞白に駆け寄ってきた。その人は鱗が浮き出た眞白の手を躊躇なくつかみ抱き寄せる。
眞白は温かな闇に包まれた。鱗だらけの眞白を覆い隠す闇は、さっきまで感じていた孤独も不安も一瞬で霧散させる。
眞白はこの人に触れられるだけであっという間に人間としての感情を取り戻す。
「眞白! 大丈夫か⁉ 眞白!」
洸輔が駆けつけてくれた。この広い帝都の中で、身勝手に飛び出していった眞白を見つけ出してくれた。
嬉しくて涙が出そうだ。「大好き」って叫びたかった。
眞白はまたその優しさに甘える事になる。――苦しくて死にたくなった。




