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とある少女の人生

 ◆

 眞白はひたひたと冷たい廊下を歩かされる。手には鎖、その先端を前を歩く男が握っている。男の歩調に合わせなければ鎖が眞白の手首を痛めつける。だから歩きたくないのに眞白は自然と速足にならざるを得ない。


 行きたくない。その先に行きたくない。

 この廊下を通るのは初めてではない。もう何度往復したかわからない。

 その先にある部屋と、そこに待つ人達がどんな奴らかもわかっている。

 だから行きたくない。


「早く歩け」


 鎖を持つ男が眞白を引っ張った。危うく転びそうになって、眞白は足の裏に力を入れて耐える。


 行きたくない、連れて行かないで。


 眞白の叫びは届かない。とうとう目的の扉の前までついてしまった。扉の向こうで話声がする、今日は複数人だ。


 扉が開かれると、暗かった廊下から一転、まばゆい光に照らされた部屋が眞白を迎えた。赤張りの絨毯、マホガニーのテーブルに椅子、革張りのソファ。壁にはよくわからない絵や装飾が飾り立てられていて、天井では豪勢なシャンデリアが光っている。

 ソファに座っていた男五人の客が眞白を目にするなりため息を漏らした。

 動揺する者、驚愕する者、感嘆する者。その反応は様々だが、共通するのは『眞白を人ではなく珍品として見ている』という事。


「鱗の咲人です」


 ここまで眞白を扇動していた男が手の鎖を外した。代わりに細身の宝石が埋め込まれた手錠をかける。手の自由を拘束されたまま、眞白はその五人の客たちの前に立たされる。


「ほぉ、美しい」

「本当に鱗だ。触ってもいいのか?」

「どうぞご自由に。非常に硬いので剃刀をお使いください」


 客たちに剃刀が配られる。眞白はそれを曇った眼で人事の様に見ていた。


「お時間になればお呼びします。それまでごゆるりとお楽しみください」


 男は一礼すると、もと来た暗い廊下へと引っ込んだ。後には五人の客と、人形の様に硬直する眞白が残される。

 眞白は目の前の客を見た。皆奇異の視線をこちらに向ける。その視線が不快で吐き気がしそうだった。


「本当に身体から生えているのか?」


 一番近くに座っていた男が早速眞白の腕を掴んだ。その表面を汗ばんだ手で撫でつける。


「本当だ……、魚の鱗の様だ」

「どれ、俺も」


 残りの客たちも思い思いに眞白の身体に触り始めた。眞白は息を殺しじっと耐える。服を脱がされあちらこちらをまさぐられても、眞白は眉一つ動かさずに耐えた。


(こいつらは何がそんなに楽しいのだろう)


 安くない額で眞白を呼び出して、身体を触って喜んで。

 鱗が珍しいから? こんなの市場で魚でも買えばいくらでも手に入るのに。


 すると右腕にこそばゆい感覚が走った。客の一人が先ほど手渡された剃刀で眞白の鱗を剝がしていく。ポロポロと薄く光る剥片が絨毯に落ちた。その度に彼らは感嘆の声を漏らす。


「まるで宝石だ、色合いも輝きも見事だな」

「これ持って帰っていいのか?」

「いいんだろうさ、これも代金のうちだ」


 そんな会話を聞きながら、眞白は辟易とする。人の身体から生み出されたものを持ち替えるなんて気持ち悪くないのだろうか。そんな汚物に目を潤ませて有難がるなんて、こいつらは本当に狂っている。だが、


「――肌も白くて綺麗だ」


 剃ったばかりで素肌がむき出しになった眞白の腕を一人の男がいやらしい手で撫でつけた。その瞬間、初めて眞白は悍ましさに身体を跳ね上げる。

 感嘆を浮かべていた客たちの目が変わった。


「なんだ、肌に触れられるのが嫌なのか?」


 しめたという声、眞白はガタガタと震え始めた。

 ダメだ、こいつらの前では気丈でいなければ。弱いところを見せてしまっては。


「おい、こいつの身体を抑えろ。鱗を全部剃ってやる」


 さっきまで思い思いに眞白を弄っていた客たちが、急に一蓮托生となって眞白を抑え始めた。恐怖で歯がカチカチと鳴る。人形の様に振舞っていた眞白は一転して暴力に屈する憐れな少女となりはてた。


「鱗が無くなったら、お前はどんなイイ子になるんだろうな?」


 目の前の男が下卑た笑いを浮かべると、手の剃刀を眞白の肌に宛がった。




 眞白は鱗と共に生きてきた。これさえなければと何度も何度もそれを呪った。


 お前さえ生えてこなければ――。


 眞白は普通の女の子として生きてこれたのかもしれない。

 両親の愛情を目一杯受けて、友達もたくさんできて、毎日笑いながら町を歩く事が出来たのかもしれない。

 それは叶わない夢だ。眞白が呼吸を始めたその日から、眞白の肌には悍ましいこの鱗が生え続け、周囲も、そして自身も容赦なく傷つけた。

 この鱗が憎い。こんなものさえなければと、何度も呪詛のように呟いた。


 でも、同時に眞白にとって鱗は己を守る頼もしい相棒でもあった。

 硬く鋭い鱗は眞白の肌を守り、眞白を傷つけようとするものを切り刻む。

 どんなに痛めつけられてもこの鱗があれば眞白は何も感じる事はなく無敵になれる。

 鱗のせいで普通に暮らせない眞白を守る唯一の鎧がこの鱗だ。

 これが無ければ眞白はきっと、もっと早くに心が壊れてしまったに違いない。

 その鱗は珍しいという理由で客たちに奪われる。憎しみすら持っているそれが誰かの手で剥がされるその瞬間は、いつだって虚しく怖い。


 お願い、その子たちを奪わないで。

 本当の私を暴かないで。


 鎧を奪われた眞白は何の力もないただの少女に戻ってしまう。そうしたら後は、悪い人間に貪られて終わるのだ。


「あんたはいつか幸せになるわ」


 眞白を守る鎧も、人間としての尊厳もすべて奪われて暗い牢獄に帰ってきた眞白を抱きしめてくれたのは、眞白と同じ境遇の少女だった。

 彼女は眞白が唯一心を許せる人。この地獄の中で手を差し伸べてくれる無二の親友。


「こんなに苦しんでいるんだもの。幸せにならなきゃおかしいわ。そうじゃなきゃ、不公平じゃない」


 彼女だって眞白と同じ目に遭っているはずなのに、眞白よりずっと強くて、絶望した顔なんて一切しない。

 彼女の瞳は暗いこの牢獄の中でもキラキラと輝いている。彼女の名と同じ美しい琥珀の様に。


「眞白、絶望してはだめ。生きるのよ、眞白」


 彼女は眞白に生きる希望をくれた。彼女のために眞白はこの暗闇で生きていこうと思った。


 でも眞白は外の世界に連れ出された。大きくて温かな闇を背負う人に手を引かれて光の世界に戻った。

 眞白は確かに幸せになった、でも、


『あんたはいつか幸せになるわ』


 そう断言してくれた親友をあの暗闇に置き去りにした事がいつまでも頭の隅から離れない。

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