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招かれざる客

 エレベーターを降りて鐵の部屋へ。ポケットのルームキーを差し込み静かにドアを開け、鐵が先に入ると、


「――!」


 鐵は勢いよくドアを閉めた。後からついてきた男はドアに激突し腕がドアの間に挟まって呻き声をあげた。

 その手に握られていたものの正体がようやく見えた。小型の拳銃、鐵は男の手首を叩き拳銃を叩き落とすと、落ちたそれを拾いあげる。


「くそっ!」


 ドアを無理やり押し破って入ってきた男は、今度は逆に青ざめる。


『動くな』


 鐵は奪った銃を男に向けた。形勢逆転、男は苦虫を嚙み潰したような顔をし舌打ちする。


「手を頭の後ろにつけて跪け」

「……」

「他に武器があるなら全部出せ」

「……ない、持ってきたのはその銃だけだ」


 嘘をついている可能性は大いにある。鐵は油断する事無く、銃口を男に定め続けた。

 男はまだ若い青年だった。金色に染めた髪に耳には何個ものピアスがついていて、一目見れば軟派な若者の様だが獲物を嗅ぎ取るような目は明らかに一般人ではない。


「お前は何者だ? どうして俺を狙った?」

「……」

「誰かに雇われたか? 言わないのなら――」


 銃の引き金に指をかける。緊迫した空気に鐵の方が押しつぶされそうだ。――と、


「そう急かすなよ、カラス。相変わらず余裕のねえ男だな」


 背後から声がして血の気が引いた。まだ電気をつけていなかった暗がりの部屋に、すでに誰かがいたのだ。

 鐵は思わず暗闇の方に銃を向けた。暗がりから出てきた男が部屋の明かりのスイッチを入れる。明るくなった部屋にふんぞり返って立ちふさがるその男の顔が見えた瞬間、鐵は忌々しさに舌打ちする。


「黄蘗……」

「久しぶりだな、カラス」


 肥満体の身体に高そうな黒のスーツと派手な柄のシャツを纏い、首元や腕には悪趣味な装飾品が巻かれている。脂ぎった傲岸不遜な面構えは、いつ見ても醜悪な事この上ない。


「どうしてあんたがここにいる?」

「それはこっちのセリフだよ。お前、俺の商売の邪魔をする気か?」

「商売? 何のことだ」

「とぼけんなよ、今日観音寺の屋敷に行っただろ」


 黄蘗はひどくご立腹だった。ああやはり、と先刻食堂で夫婦が言っていた噂を思い出す。


「お前が観音寺真人と懇意にしてる友人って事か」

「懇意ぃ? 馬鹿言っちゃいけねぇよ、あいつはただの金蔓だ。まあ付き合い自体は長いがな。――おい、いい加減銃を降ろせよ」


 黄蘗が忌々し気に鐵を睨みつける。鐵は銃を降ろすと、足で蹴り誰も届かないベッドの下に銃を滑り込ませた。ちらりと後方を見ると、金髪の青年も静かに部屋の入口に待機していた。動くなという鐵の命令を忠実に守っている。


「あいつ、咲人か?」

「ああ、俺の部下だ。名は芥と言う」

「芥……、真人の妻の弟か?」

「そうだぜ、こいつと琥珀は二年前に俺が観音寺家に放ったスパイだ」

「スパイ?」

「こっちにも色々あるんだよ」


 黄檗は下品な笑みを浮かべていた。芥は手を後ろで組み休めの姿勢をとった微動だにしない。まるで電源の切られたロボットの様だ。


「んで? お前は何しにあの屋敷に行ったんだよ、カラス」

「長男の正明の義体を作るためだ」

「義体だぁ?」

「観音寺麻耶と観音寺真人に頼まれたんだ。まあ観音寺正明はすでに死んでいたが」


 鐵はあの奥座敷で見た事を話すと、黄蘗は肩をぶるぶると震わせ大笑いし始めた。狭いホテルの一室に豪快な男の笑い声がこだまする。


「あいつ……、よっぽど観音寺正明を失うのが嫌みたいだなぁ! だからって……、こんな似非職人にまで縋ろうとするなんてな!」


 酷く侮辱されている様に感じるが、とりあえず怒りは置いておいて、鐵はふんぞり返る黄蘗の前に立った。


「どういう事だよ、詳しく話せ」

「なんだよ若造、それが人に教えを乞う態度か?」

「能書きはいい、わざわざこんなところに来たのはそれが理由なんだろ」


 鐵は苛々と机を叩いた。ややあって、黄蘗はほくそ笑むと、


「わかったよ、話してやるよ」


 面倒くさそうに胡坐を掻きながら、その顛末を話し始めた。


「そもそも事の発端は、二十年近く前の話になる。死んだ先代の後を継いで観音寺家の当主なった観音寺真人が、卸の商売を始めた時に俺はあいつと出会ったんだ。その頃の俺や真人はまだ三十代そこいらの若造だったが、仕事の価値観に関しちゃ結構気が合ってな、色んな事業に関わらせてもらってたんだが、ある日、あいつの兄が描いたっていう水墨画を見てピンときた」


 黄蘗は下品な笑みを浮かべ、鐵を見据えた。


「咲人が自身が分泌した墨で描いた絵だ。それも中々に出来がいい。出すところに出せば破格の値段で売れるだろうってな。そう奴に言ったらあいつは喜んで乗ってきた。んで、二人して観音寺正明がそれまで描いた落書きのような絵をオークションに出して売った。……正直俺も驚いたね、化け物の体液で描いた気味悪い絵に何千万と出す奴がいるんだから」


 人間の業は深い、なんてせせら笑いながら黄蘗は自身のネックレスを弄ぶ。


「真人の方もすっかり味を占めたらしくてさ、正直本業の商売よりも儲かってた。そんでバブル崩壊であいつの会社が傾きかけた時も、何とかその絵の資金で食いつないだんだよ。……だが、それもそう長くは続かなかった」

「観音寺正明が病で倒れた、か」

「そうだ、で、寝たきりになっちまった。真人は焦っただろうなぁ。観音寺家を支える大事な資金源が死んじまったら今度こそあの家は終わりだ。まあ、真人も絵を描かせるために正明に相当ひどい仕打ちをしてたみたいだし、因果応報といえばそうだろ」


 鐵はあの薄暗い半紙だらけの物置のような部屋を思い出した。あそこに何年も自身の兄を幽閉し、絵を描かせ続けた。そう考えるだけでも胸糞悪くなる思いだ。


「真人と琥珀を結婚させたのは、真人がやけを起こさないようにするための監視と、正明の容態の経過観察のためだな。琥珀も俺が子飼いにしてる咲人だ、真人の方は随分気に入ってくれたみたいだがな」

「……趣味が悪い」

「そいつは誉め言葉だな。で、焦った真人がどう出るか観察してたところにお前が来た。俺はてっきり真人が諦めて正明の介錯をお前に頼んだんだとばかり思っていたが、まさか逆だとはな」


 傑作だ、とばかりに黄蘗は膝を叩いて笑う。鐵は唯々その無神経さに腸が煮えくり返る。


「……で、正明を亡き者にするつもりなら俺を止めようと思ったが、実際は真人は延命を頼んだ。黄蘗、お前はどうする気だ?」

「うーん、どうするかねぇ。……正直、俺にとっちゃ真人もあの家ももうほとんど利用する価値は残ってないわけよ。絵の付加価値もどんどん下がってきちまってるしなぁ」


 そして、黄蘗は面倒くさそうに頭を掻いて、


「ただ観音寺正明の死体だけは欲しいんだよな。あの墨はまだ使い物になる」

「はぁ?」


 鐵は思わず頭に血が上り立ち上がって、その気だるそうな男の胸倉を掴む。


「お前っ! ふざけるなよ! あの家がおかしくなったのはどう考えてもお前が入れ知恵をしたせいだろ⁉」

「何言ってんだ、それを受け入れて兄をどう使うかを決めたのは観音寺真人だろう。俺に当たられても知らねぇよ」

「……っ、お前ら二人のせいで観音寺正明がどういう気持ちで生きていたか――」


 暗闇で何かを訴え続けていた墨の塊。道具として使われ続けていた彼の願い、


『ころしてくれ』


 あれが彼の願いなら、鐵は――。


「やっぱりお前、咲人に甘いなあ。――玄一郎にそっくりだ」


 その瞬間、鐵の呼吸が止まった。


「あいつも大概咲人に入れ込んでたよなぁ。化け物のために寿命削って、俺にゃあとても真似できねぇな」


 鐵の身体は無意識に動いていた。怒りに任せた拳を黄蘗の鼻面に叩きつける。ベッドに腰かけていた黄蘗の身体がマットに沈んだ。その時、人形のように停止していた芥が凄まじい勢いで鐵の元に駆け寄り、拘束しようとする。が、


『動くな』


 周囲に黒い靄が立ち込め周囲の視界が悪くなる。切れていないはずの電灯が点滅し、次の瞬間派手な音を立てて切れた。


「下がれ、芥。お前じゃそいつは殺せん――甘ちゃんといえど五帝だからな」


 黄蘗はのそりと起き上がると殴られた頬を擦りながら空を払った。瞬間、充満していた靄が晴れ電灯も復活する。明かりを取り戻した部屋でその男は未だに余裕の笑みで鐵の事を笑っていた。


「殺して欲しがってるなら殺してやれよ、カラス」


 そして黄蘗はどこまでも残酷な言葉を鐵に振りかざす。


「観音寺正明、死にたがってるんだろ? お前の専売特許じゃねぇか、さっさと息の根を止めて、楽にしてやれよ」


 悪魔の囁きが鐵の耳を支配する。拒絶をしたくても、できなかった。

 ――彼の言う事は、正しいと鐵自身も思っているから。


「さて、じゃあ俺は帰るわ。あ、あとの事は琥珀に任せておくから勝手にしてくれ」


 動けない鐵を放っておいて、動けない芥を引きずって、


「ああ、そうだ。俺が売ってやった鱗人形。妻にしたんだってなぁ」

「……っ!」

「今度会う時に結婚祝いでも用意しておくよ、じゃあな」


 一人になった鐵はただじっと屈辱に耐える。そして、咆哮と共に拳を何度も机に叩きつけた。

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