悪魔のような男と女騎士
騎士団長ララティーナは食堂でプディングと紅茶を楽しんでいた。
「ララティーナ」
ハワードがララティーナに声をかけた。
「あ、ハワード。どうしたの?」
周りの人々がララティーナとハワードに注目した。それも無理はない。ハワードは美男子の貴族だったし、ララティーナは美しい女騎士団長だった。この二人の組み合わせほどロマンティックなものはそうない。この二人なら結ばれたらいいのに、と思う人も少なくなかった。
「実は君に渡したいものがあって」
「なに?」
「これなんだけど」
ハワードは箱を取り出した。その箱を自らの手で開け、中身をララティーナに見せた。その中にあったのは、金色の指輪だった。
「え……」
「君に似合うと思って。プレゼントするよ」
ララティーナは息が詰まって何も言えなかった。
「どうしたの?」
「いや、えっと、うれしくて、それで」
「何してるんですか?」
ドスのきいた声が食堂に響き渡った。その声の主は、服騎士団長のジェソップだった。ジェソップは騎士団の狂犬と呼ばれて恐れられていた。ジェソップはララティーナとハワードが嫌いなのではないか、と言われていた。自分が異性にモテないことから、美男美女で仲良くしている二人に嫉妬しているのだと。
「食堂で指輪のプレゼントですか? プレゼントは構わないけどせめて人の目につかないところでやってくださいよ。落ち着いて食事できないでしょ」
「ジェソップ。あなたには関係ないことよ。それに誰も、迷惑そうな顔なんてしてないわ。少なくともあなた以外は」
ジェソップはララティーナの言葉にひるんだ。しかしすぐに言い返した。
「とっととその箱を受け取っちまえばいいでしょ。そしてその男をとっとと食堂から追い出してくれ。じゃないと、自分が抑えられそうにないんでね」
「抑えなさい」
「いいんだよ、ララティーナ。すぐに出ていくから。ごめんね、こんなところで渡すべきじゃなかったね」
「いいの、あなたは悪くないわ」
それからララティーナはジェソップをにらみつけた。ジェソップはララティーナから目をそらすと、食事をもらいにいった。
ハワードが食堂から出ていこうとした。そのとき、ジェソップはハワードの背中に向けていった。
「このままじゃすまさないからな」
「ジェソップ!」
ハワードは後ろを振り向いてジェソップを見たが、すぐにまた歩き始めた。
ジェソップは金髪の見目麗しい男こと、トマスの胸倉をつかんだ。
「てめえ、今言ったことは本当なんだろうな?」
「あ、ああ」
ジェソップはトマスの胸倉から手を離すと、右ほおを殴った。
「やめろ、殺さないでくれ」
「殺しはしないさ。ただその代わり、役に立ってもらう必要があるけどな」
「ジェソップ、話って言うのは何?」
ジェソップから、俺の部屋に午後七時に来てください、と言われて呼び出されたララティーナは冷たい目をジェソップに向けた。
「ハワードが来てから話します」
「ハワードも呼んでるの? あの人になんかしたら許さないから」
ジェソップは返事をしなかった。
やがてハワードが部屋に入ってきた。ハワードを見たジェソップが今にも殴りかかりそうな様子を見せたので、ララティーナは間に割って入った。
「大丈夫です、何もしません。だからそいつからは離れてください」
「それは無理」
「そうですか。じゃ、いいです」
ジェソップはふう、と息をついた。
「ハワードお前、団長をオトせるかどうかっていう賭け事をして遊んでるんだってな」
ジェソップのその言葉でララティーナとハワードは凍り付いた。
「何?」
「もし団長とお前が一夜をともにしたら、お前の勝ちになるそうだな。それでもらえる金は、十万くらいだっけ? ずいぶん儲けられるな。もっとも貴族様にとってははした金なんだろうが」
「何の話だ?」
「とぼけんじゃねえよ。お前の友達のトマスから話は聞いてるんだぜ」
「トマスがそんなこと言うわけがないだろ! あいつはそんなひどいことを言うようなやつじゃない!」
「でもトマスは俺にそう教えてくれたぜ」
「ジェソップ、わたしにはあなたの話が信じられないわ」
「団長、まだこいつのこと信じてるんですね」
ジェソップは悲しそうな目でララティーナを見た。
「ええ」
「じゃ、これを」
ジェソップは白い封筒を取り出した。
「これ読んでください」
ララティーナはそれを受け取り、封筒を破って中身を取り出した。
「ハワードお前、使用人に愛されてないなほんとに。尋ねたらなんでも話してくれたぜ。お前が団長に向けて放ったゲスな冗談とか、お前のこれまでにやってきたこととかもな。それも含めて全部、そこの手紙に書いてもらったんだ」
手紙を読み終えたララティーナは静かにハワードを見た。
「ララティーナ、そいつの言うことを信じちゃだめだ」
「指輪、返すわ」
ララティーナは左手の薬指にはめていた指輪を抜き取ると、ハワードのほうに放り投げた。ハワードはそれを受け取ろうともしなかった。
「もう二度とわたしに話しかけてこないで」
ハワードは髪をかきむしり、ため息をついた。
「ジェソップお前、こんなことをしてただですむと思ってんの?」
「何かするつもりだってんなら、望むところだ。生半可な覚悟で貴族相手に喧嘩売ったわけじゃないんでね」
ハワードはジェソップをにらみつけた。
「出てけ、クソ野郎! 俺がてめえを殺さないうちに!」
ハワードは部屋を出ると、大きな音をたててドアを閉めた。
「ごめんなさい、ジェソップ。まさか彼があんな人だったなんて」
「やっと気づいてもらえてよかったです。あいつのよくない噂自体はいろいろ聞いてたんだけど、なかなかしっぽがつかめなくて。それに俺不器用だから、いつも団長を怒らせてしまって、すいません」
「いいの、むしろあんなにあなたのことを悪く言ってごめんなさい」
「いいんです。団長は騙されてたんだから仕方がないですよ」
ジェソップは笑って許しの言葉を口にした。
「それにしてもわたし、なんて馬鹿だったんだろ。あんな男に騙されて……」
騙されたことの悔しさと失恋のショックから、ララティーナは目に涙を浮かべた。
「団長」
「なに?」
「あの、おれ、団長にあんなやつを近づけてしまったことが許せなくて」
「あなたのせいじゃない」
「いやその、今度はもっとちゃんと守れるように、団長のそばにちゃんといたくて、だから俺と結婚してください」
ララティーナは目を丸くした。
「失恋したばっかりのわたしに、今それ言う?」
「すいません。でも二度とあなたにあんな奴を近づけたくない。結婚したら、あんなやつは二度と近寄ってこないでしょう?」
「そうね、確かにはそれはそうね」
ララティーナはジェソップの手を握った。
「わたしを助けてくれたあなただから信じるんだから。ちゃんと守ってくれなかった許さないから」
「はい」