一品目
第一話投稿となります。評価がある程度あったら続きを書いていきたいと思います。
『あなたにはきれいでいてほしい…ローズの香りでた!』
電化製品屋のテレビからひとつのCMが流れる。
「見て!これ加賀美紘の新作のCMじゃない?確かアンタ好きだったよね?」
「うん!紘、超かっこいい!!!さすが新人主演男優賞貰っただけあるよね!」
隣からテレビに映ってる加賀美紘のファンと思われる女性達が大きな声で話している。周りの客は迷惑そうに女性達を見ている。
誰か注意しろよという視線に耐えられなくなった俺は女性達に声をかける。
「あの、ここは公共の場なので静かにしませんか?」
「はあ?あなたに何が関係あるっていうの?」
「話しかけないで。ウザイ。」
人がせっかく注意したのにうざいなどの暴言を浴びせられる。本当に女はうるさい。
「何黙ってるの?怖気ついちゃった?」
人間は面倒くさい。
俺は関わりたくないと思い一目散にそこから離れる。ファンなんて所詮こんなものかと思いながら。
「すみません、遅れちゃって」
外で待機していた車の後部座席に座りながら俺は言う。
「いいわよ。でもなんでわざわざここで待ち合わせなんてするの?家まで行くわよ?」
「いいんです。これは声を聴くためですから。」
「ふーん…新人主演男優賞を取れたからってあんまり油断しないことね。紘。」
俺は加賀美紘。今年の流行語にも俺の名前が出るほど今、人気真っ盛りな俳優だ。
三年前の春、俺が高校を卒業すると同時に母が事務所に履歴書を勝手に送り見事に受かってしまったのである。そこからは順調で今ではCMに五個出演している。母は、喜び俺を誉めた。俺も嬉しかった。
だって、それが俺のことを一人で育ててくれた母の願いなのだから。
「はーい、カット!いいシーンが録れたと思うよ。加賀美君、今日はありがとうね。」
「こちらこそありがとうございます」
今日はドラマの撮影で東京の端の方に来ている。
東京には二十一年間住んでいたのでそこそこ詳しいと思っていたのだが、こんなところがあったとは初めて知った。
東京の中心とは違って、緑がいっぱいだ。
そんなことを考えていると監督から声がかかる。
「少し休憩でもしようか。加賀美君しばらくの間、暇だろうからそこら辺でも散策してくればどうだい?」
「休憩って監督…機材の調子が悪いだけでしょう?」
一時間くらいはかかりそうと言われ俺は仕方なく歩き始めた。
「散策してってここら辺何もないじゃないか」
歩き始めて早十分。はじめこそ楽しんで歩いていたが、人ひとり通り過ぎないので早くも心配になってくる。
そして今俺は、猛烈にのどが渇いている。
撮影した後、水を飲み忘れたなと思ったときにはもう遅かった。
自販機で買おうと思ったが自販機すらないド田舎だった。
「ここまで酷いとは思わないだろおおおおおお!」
俺はどこにも当たれない思いを叫び一人悲しく歩く。せめて店はないのか…?
適当に歩き始めて三十分。完全に道に迷った。やばい、撮影に戻らなくちゃいけないのに。
運の悪いことにスマートフォンもあっちに置きっぱなしだ。
「もう無理…」
視界がぼやけたその時だった。俺の目に一軒の店が見えた。
「さ、ささ?もういいや、何でもいいから入ろう」
どうでもよくなり俺は入店する。
「いらっしゃいませー」
少し高めの男の声と店内に広がるエアコンの冷たさが体にしみる。
「お客様、テーブル席でよろしいでしょうか?」
男は男にしてはきれいな見た目をしていた。こういう男はさぞかし学生時代にモテていただろう。
「はい。」
俺は軽く返事をすると案内された席に腰を掛ける。
店内は植物がたくさんあり自然豊かな店だなと思った。よくあるおしゃれな店に流れている洒落た音楽がここは東京だったなと実感させられる。
俺は出してもらった水を一気飲みしては水のありがたさを覚えさせられる。
「お客様本日何にするかもう、お決まりでしょうか。」
「あー…」
自分のことを考えたり店内を見ていたりで何も考えていなかった。
ぎゅるるるるるるるるる
その時俺の腹が大きく鳴る。そういえば朝から何も食べていないんだった。
俺が恥ずかしさで顔を赤くしていると男は「ぷっ…」と笑って
「僕のおすすめでもいいですかね?」と聞いてきた。
男の気遣いがとても胸にくる。
「お待たせいたしました。こちらカフェSASAKI特製、オムライスでございます。こちらのケチャップは自家製でして、近所の豊永さんから頂いたトマトを使用しています。」
「へぇ、自家製なんですね。…聞いていいのか分からないんですけど、もしかして店長さんですか?」
「そうですよ。」
男はオムライスを俺の目の前に置きながら笑顔で答える。嘘くさい笑顔だ。
「すごいですね、俺と対して歳が変わらなそうなのに。」
「そうですか?こう見えて、僕は二十六歳ですよ。」
「十分若いじゃないですか。」
二十六歳でもこの店の店長をしているとは、かなり凄いことだぞ?一体何者なんだ、この男。
……この男は俺が俳優だってことを知っているのか?でも自分から「俺、俳優やってて…」というのも気が引ける。
「食べないんですか?」
ボーっとしていると店長の男が話しかける。
「すみません!今、食べます。」
そういい、木のスプーンを手に取り、オムライスを口に頬張る。
「おいしいっ…」
思わず口から漏れた言葉。
そういえば最近俺は、仕事が忙しくてまともな料理を食べていなかった気がする。いや、仕事が始まってからは、誰かの手料理をまともに食べていなかった。というのが正しいのだろうか。
確かに、料理自体は食べていた…が、忙しすぎて味わっていなかったことを思い出す。そう思うと虚しくなる。
「お客様?」
また心配されて声をかけられてしまった。
「あ、このご飯おいしいなっと思って!」
空元気を出して、店長の男に言う。
その時だった、店の扉が開く音がする。
「いらっしゃいませー…あ、佐藤さん今日もありがとうございます。コーヒーで良いですか?」
店長が佐藤といった人物は五十代くらいの夫人だった。
「今日も来ちゃったわよー、ってあら?ほかにもお客さんがいるのね?」
そういい、俺の顔を見る。
夫人は俺の顔を見て少し固まり口を開く。
「あ、あなたもしかして、俳優の加賀美紘?!」
夫人は興奮した様子で俺に聞く。
「あーはい。今このあたりで撮影してるので。」
俺は愛想笑いをして視線を店長に移す。
店長は口をパクパクさせている。
「どうしたんですか?店長さん。」
「いや、俳優さんだったんだなぁって。道理で顔が整っているはずだよね…。」
店長は俺のことを初めて知ったらしく、俺のことをまじまじと見始める。
「僕、普段はテレビとか見ないから知らなかったです。」
「霧矢君知らなかったの?まぁ、無理もないわね。」
夫人から突っ込まれてあはは、と笑いながら店長は頭をかく。
「えっと、サインとかもらった方がいいのかな?迷惑?」
困りながら俺に聞いてくる。
でもそれが俺の中で何かの糸を切らせる原因ともなった。
「う、うるさい!俺は好きで俳優やってるわけじゃないんだ!せっかくここはゆっくりできると思ったのに!俺が俳優だと知った瞬間、急にこっちにかまいやがって!もう、やめてくれ…母さんの期待に応えないと、俺は捨てられる…。」
そういい俺は店を飛び出す。後ろから店長の声が聞こえたが、気にしないでまっすぐ走る。
走り始めて五分ほどだっただろうか。
「完全に迷った…」
見渡す限り木・木・木の場所に今いる。
適当に走っていたので戻り方も分からない。
どうする?このまま俺は餓死して死ぬのか?それとも熱中症で死ぬのか?今の状況からするに、後者の方が有力か。
もう死んでもいいかな。つらい。俳優業なんてもうやりたくもない。誰も本当の俺なんか見てくれやしないんだ。悔しい。
空を見ながらそんなことを考える。
「加賀美さーん!」
幻聴だろうか。俺のことを呼ぶ声まで聞こえてきた。
「加賀美さーん!そんなところにいたんですね?」
なんかさっきの店長の声に似てるな。
「加賀美さん!」
いきなり、俺の目の前にきれいな顔が入り込んでくる。
「わっ…!ってあれ、店長さん?どうしてここに?」
状況が呑み込めなかった。もしかして店を放ってまで俺のことを追いかけてきたのか?
「だって、お金払わないで出て行ったじゃないですか。いくら俳優さんでも警察呼びますよ?」
俺を追いかけた理由は金だった。
「それで、おせっかいだとは思うんですけど、どうしてさっき、あんなこと言ったのですか?佐藤さん、自分が余計なこと言ったんじゃないかて心配していましたよ?」
店長は眉をひそめながら俺に言う。
「佐藤さんという方のせいではないんです。ただ…いやなことを思い出しちゃって。」
「へー。じゃあお金ください。」
予想外の言葉に思考が止まる。
「え、そこは普通、「もしよかったら、話聞きますよ」とかっていう流れじゃなかったですか!」
「知りませんよ。暑いので早く帰りたいんですが…」
「…俺の家は母子家庭なんです。俺が十歳の時父親が不倫をしていて、母と一緒に出てきました。」
「…それで?」
どうやら俺が話し始めると店長は聞いてくれる姿勢になった。
「母は、「紘は私を裏切らないよね?」といつも言っていました。はじめは俺も、母のことを裏切りたいなんて思ってもなかったし、むしろ幸せにしたいなとも思いました。だけど高校三年生の春、そろそろ大学を決めようと母に言おうとした日…。」
よし、今日は母さんにこの学校に行きたいって言うぞ。せっかく高校一年・二年生の時友達と遊ぶのもあきらめて学費を貯めたんだ。
「ねぇ、母さん…」
「あ、紘!話したいことがあるわよ!」
「何?」
「あのね、お母さんの友達に、芸能事務所をやっている人がいるんだけどね、紘の写真見せたらぜひとも高校を卒業したらうちに所属しませんか?だって!どう?紘やってみない?」
「…でも俺は大学に行きたい!」
そこから母さんの顔色が変わった。
「そうよね、アンタも父さんのようにここを出ていくのね。ふーん。」
「そんなこと言ってないだろ?!」
「もういいわよ!!!出ていって!」
母さんは人が変わったように暴れました。今考えたら父さんが不倫したのも少なからず、母さんのこの性格も関係しているんじゃないかと。
……母さんは俺がいないと壊れてしまう。最悪の場合自殺という道を選んでしまうのかもしれない。
そして俺は大学の道をあきらめ、母さんの言う通り事務所に所属した。
「俳優になってからは、お金もどんどん入って母を養えるようになりました。母も喜んでいましたし。それでも俺は自分のこの仕事を好きになることはできなかったんです。だから、さっき店長さんがサインくださいって言われたとき自分は芸能人なんだなって改めて意識しちゃって…」
話終わり一息つく。初対面の俺に言われても困るだけだよな。
「すみません。困るだけですよね。」
「いいえ、困るというか腹が立ちました。あなたに。」
「え、俺?」
店長さんは俺の頭をチョップをしてから話始める。
「痛っ!」
「どうして、いやだって言わなかったんですか?あなたがその時、嫌だって言ったらあなたの人生変わっていたんですよ?…人は一回の行動を間違えると不運が続きます…。やめたいのならやめてしまえ。そんな生半可な気持ちで俳優業を続けるな。いい迷惑だ。あと、お金払ってください。」
最後の言葉は置いといて、店長の言葉が胸に刺さる。やめたいならやめる?
「でも母が…」
「母、母ってマザコンじゃあないんだからやめときなさい。あなたにはあなたに人生がある。お母さんには納得してもらいなさい。」
「…一度っきりの人生、ですか。わかりました。一回相談してみます。」
「そうですか。」
「はい…あの、申し訳ないんですけど…撮影現場に戻れなくなっちゃって…。」
本当に申し訳ないが、今は撮影現場に戻らないといけない。
「それならあっちでやってましたよ。」
「本当ですか?!ではまた!」
「あ…待ってください。」
行こうと思ったら店長に呼び止められる。
「?何ですか?」
「お金払って下さい。」
「紘、本当にいいの?」
マネージャーに言われる。
「はい、これが僕の人生ですから。」
スマートフォンでネットニュースを見る。
『加賀美紘、人気拡大中の中、引退を表明。事務所からは「第二の人生を歩んでほしい。」とのこと』
ふーん、加賀美君引退したんだ。まあ俺には関係ないか。
俺の名前は佐々木霧矢。東京の端にこじんまりとした、カフェSASAKIの店長をしている。
先日、うちの店に加賀美紘がやってきて、散々な目に遭った。結局金は払わないで帰ってたし。
まぁ、いいか。
カランカラーン
その時、店の扉が開く音がする。
俺は咄嗟にスマートフォンの画面を閉じていつもの笑顔を作り挨拶をする。
「いらっしゃいま…うげ…」
「なんでそんな嫌な顔するんですか?せっかくここで働いてあげようと思ってきたのに。」
そこには先ほどまでネットニュースで見ていた加賀美紘、本人だった。
「なぜここにいる?それに家で働くってどういうことだ。」
「そんな怖い顔して言わないでくださいよ~綺麗な顔が台無しですよ…この前ただ食いしちゃいましたよね?だからそのお詫びにここで働くと言っているんです。」
「は?」
「これからよろしくお願いしますねっ!霧矢さんっ」