4.絞殺
「薬殺じゃなくてよかったんですか?」
「……なんなんだよ、もう」
私は頭を抱えた。
「だから言ったじゃないですか。死にたい人にだけ乗れる電車。死のお手伝いをしてくれる電車。乗れるのは、心の底から死にたいと思っている人だけ」
「おかしいじゃないか」
「何がですか?」
「例えばだが、電車に飛び込んで死ぬ人間がいるだろう」
「いますね」
「君の話が本当なら、そういった人たちはこの電車に乗れるはずだろう。電車に飛び込む必要なんてない。その前に、その人のところにこの電車が来るはずだ」
私の言葉に女性は考えるような仕草をする。
「その人たちって、本当に死にたがっていたんですかね?」
「死んだんだから、死にたがっていたんじゃないか」
「なんとなくなんですけどね、電車に飛び込んで死んだ人って、本当は死にたくなかったんじゃないのかなって思うんですよね」
「どういう意味だ?」
「だから、彼ら彼女らはつらいことがあって、それが自殺の動機になる」
「それは……当たり前だろう」
意味もなく、なんとなくで自殺する人間などいないと思う。
「はい、当たり前です。じゃあ、そのつらいことが無かったら? 自殺に至る理由は様々だと思いますけど、ではその理由を取り除いたとしたら……」
その人はなおも死にたいと思うでしょうか。
女性は私の目を覗き込んで言う。
「死ぬ理由がなくなったんなら……死なない」
「はい、その人はきっと死にませんよね。貧困で自殺を考えている人に金銭的な援助をすれば、とりあえずその人は貧困を苦にして自殺はしないでしょう。いじめに苦しんで死を考えている人をいじめから救うことができれば、もう死ぬ理由はなくなるはずです」
「……何が言いたいんだ」
「そういった環境に一切関係なく、生きていくことができなくなる人が、この世界には一定数いるんです。私とか、あなたのような人。先ほどの男性もそうでしょう」
「私は別に死にたいと思っている訳じゃない」
「だからそれ、嘘ですよね」
見透かしたように女性は言う。
この電車に乗る直前、私は確かに「死にたい」と考えていた。
「この電車に乗っているという事実が、あなたが死にたがっている証拠ですよ」
私はもう、言葉を返すことができなかった。
「なんら問題なく生活しているのに、自殺を考えるような要因を持っていないのに、生きていられない人が、この世界には確かに存在するんです。この電車はそういった人たちにとって、いわば救済です」
「……質問、いいか?」
「いいですよ。でも私もこの電車についてなんでも知っているわけではないので」
「なんで、そんなに詳しいんだ?」
「噂ですよ。ネットの、本当にごく一部で盛り上がっているだけですから、ほとんどの人は知らないでしょう」
「具体的な内容は……」
「さっきから話している内容で、大体全部ですよ」
「……じゃあ、もう一つ。君はあの……薬殺の駅で、最初の駅だからきっと眠るように死ねるはず、みたいなことを言ったよね」
「言いましたね、たしか」
「あれは、どういう意味なんだ?」
「ああ。つまりですね、この電車が止まる駅は苦痛の少ない死に方から始まって、だんだん苦痛の増す死に方になっていくらしいんですよ」
「最初は薬殺か」
「はい。薬殺は苦痛が少ないとかよくいいますよね。私は首吊りで死にたいので、それ系の駅についたら降ります。あれもあまり苦しまなくて済むらしいですから。まあ、それもやりかた次第でしょうけど、最初の方の駅であれば大丈夫でしょう」
女性はこちらを向く。
「あなたはどういう死に方がいいですか」
「どんな死に方も嫌だよ……」
「そんなこと言っても無駄なんですから、さっさと決めちゃった方がいいですよ。モタモタしてると苦しみの大きな死に方することになっちゃいますし」
死に方を決めろと言われても、そう簡単に決めることができるわけがない。
私は自分の身体を眺める。
手も足も自由に動く。
太っている訳でも痩せているわけでもない。
大きな病気などもしたことが無い。
控えめに言っても健康体だ。
しかし、そんな私にもうじき避けられない死が訪れる。
実感が湧かなかった。
やがて、電車が次の駅の名を告げる。
「あっ、次の駅は絞殺ですね。私は次で降りるので、さよならですね」
電車が停止し、ドアが開く。
ホームには等間隔で三つの絞首台が設置されている。
「では、さよならです」
女性はホームに降りる。
私は後に続こうかと一瞬考えた。
女性の話が本当だとすれば、この辺りで降りてしまった方がいいような気がした。
しかし死ぬのは怖い。
私は結局、動くことができなかった。
また、白いローブ姿の男が二人現れた。
一人が女性の手を後ろに回させると慣れた動作で縛る。
そして頭に布袋のようなものをかぶせ女性の視界を奪った。
もう一人が女性を絞首台の階段へと導く。
女性と一緒に階段を昇ると、女性の首に縄をかける。
私はそれ以上、見ていることができなかった。
顔を伏せ、耳を塞ぐ。
ガタンッという音が聞こえたような気がしたが、それでも顔を上げなかった。
おそらく、あの女性はもう死んでいるだろう。
それとも、もう少し時間がかかるのだろうか。
よく分からない。
分かりたくもない。