第02話 転生室ってなんですか
自分の体がゆっくりと沈んでいく感覚。不思議と恐怖はなかった。
先ほどまで感じていた全身の疲労感もいつしか薄れている。水に溶けていくように揺蕩う体と、視界に映るのはキラキラと輝く水面だけだった。
しかし全身に生き渡っていた意識は徐々にその形を変えていく。今まで手足の先まで通っていた意識は、深く深く小さく小さく体の中心に向かって萎んでいくようだった。
それと連動するように、視界に映る光も徐々に陰っていき、そして...ついには途切れた。
次の瞬間、創大はここにいた。
ハッと目を開けたその時の感情をどう表せばよいのか……ただ、創大がまず行ったことはゆっくりと辺りを見回し現状を把握することだった。それは、今は無き祖母に常日頃から言われた言葉を意識して生きていたからだ。
人間落ち着くのが大事。焦ったところで、時間は平等なのだから。と。
しかし、一通り辺りを見回した創大は、再び目を閉じると心の中で(ばあちゃん、ごめん。)と謝罪をした。落ちつけるのにも限度がある。
大きく息を吸うと、力の限り叫んだ。
「どこだよここ!!!!」
「あ、転生室です。」
!!?!??
まさかの返答に飛び上がりながら、再度目を開ける。
すると、先ほどは誰も座っていなかった目の前の椅子に、見たこともない絶世の美女が座っていた。
そう椅子だ。先ほどまで川の中にいたはずの創大の目の前には椅子があった。そして何を隠そう創大自身も椅子に座っていたのだ。
フワフワの座り心地に、腕がジャストフィットする肘掛け。その椅子は創大が今まで座ってきたどの椅子よりも機能的に優れていた。
そして、そこにあるのは椅子だけではなかった。一方に創大が座り、もう一方に美女が座る2脚の椅子の中間には長机があった。
まるで一対一の面接のようだなという考えが創大の頭をよぎる。
そして先ほど辺りを見回した際に、最も大きな違和感を感じた存在がその長机の端に鎮座している。それは電源の入ってない大きなディスプレイだった。
正確なサイズは分からないが、少なくとも創大が動画編集で使っていた自身のパソコンのディスプレイよりも一回りは大きい。
2脚の椅子に長机とディスプレイ。
ここまで言えばわかると思うが、ここはもちろん川などではなかった。
辺りはどこまでも広がる真っ白な空間。先ほどまで川の底に沈んでいたはずの創大は、次の瞬間果てがどこなのか分からないほどにだだっ広い空間で、椅子に座っていたのだ。
創大はそんな理解不能な状況の中、自分に声をかけてきた絶世の美女の姿を見た。
光り輝く白銀の髪が、奇跡的な角度でウェーブを描いている。その神は生まれてこのかた一度も乱れたことがないのではと思えてしまうほど、艶やかな輝きを灯していた。
また全てのパーツが恐ろしく整ったその顔は、まるで名だたる画家が全身全霊で描いた聖母を連想させた。
それは整った造形だけではない。その目に称える光は、深い慈悲に満ち溢れていた。
「転生室ですよ。」
何も喋らず口をパクパクする創大の姿を見て、自分の声が聞こえなかったと思ったのか、同じ言葉を繰り返す美女。
その声は美女が纏う空気と同じく、限りなく綺麗で透明感に溢れていた。
しかし、美女が口にしたその言葉は、実際何の解決にもなっていない。確かに「ここはどこ」と尋ねた創大への答えにはなっているのかもしれないが、そもそも転生室とは何なんだ。
いや、そんなことすらどうでもいい。そんなことよりも先に知りたいことがあった。
創大は椅子に座ったまま、目の前の女性をビシッと指さすと大きな声で言った。
「あんた誰なんだ!?」
「あ、神です。」
あ、神ですか。
創大は指さしていた手を素早く下した。急展開だが、神を指さすなんて何時いかなる時でも許される行為ではないだろう。
昔からそういった冷静は判断はできるのだ。なぜなら昔祖母に(略
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それから、「辛いとは思いまずが、まず初めに最期の映像を見ていただく決まりになっています。」と言った女神がディスプレイに向かって手を振ると、映像が流れ始めた。
それは間違いなく創大が最後に動画撮影をしていた川の映像で、自分が体験した出来事の一部始終が流れてた。
カメラに向かった挨拶、ゴミ拾い、そして川に入る小学生たちと流される女子小学生。
それを追う自分。満身創痍で助けに来た男の人に女子小学生を渡し……そしてディスプレイに映る創大はゆっくりと川底に沈んでいった。
(こうしてみると別に気合で岸まで行けそうな距離に思えるが、まあ客観的に見る映像なんてそんなもんか。)
そして、創大は改めて自分が死んだことを女神から告げられた。
別に驚きはなかった。あの川で手足が動かないことに気付いた瞬間、どこか死を受け入れた自分がいたからだ。
しかしだ、死んだ後にこんな空間に連れて来られるなんて話は聞いたこともないし、予想もしていなかった。
まあ、この体験をしている人は死んでいるのだから当たり前なのだが。
「まあ、僕が死んだことは分かりました。でも……じゃあ一体ここはなんなんです?」
「てんせ」
「あ、転生室ですよね。それは聞きました。」
目の前で「ああ、ですよね!」という女神の姿を見ながら、創大は(この女神、なんか忙しないな。)という感想を抱いた。
そんな忙しない女神は「えーと」と言いながら佇まいを正すと、一度こほんと咳ばらいをし創大を見た。
「この転生室は、亡くなってしまった方の魂を次の世界に転生させる場所です。」
「転生……。」
「そうです。おそらく地球でもそのような話は聞いたことありませんか?」
もちろんある。確か何かの宗教でもそのような考えが浸透していたはずだ。
前世の記憶が残っていた少年!みたいな番組も何度か目にしたことだってある。
「ありますけど……ちょっとまだ混乱してて。本当に転生なんてあるんですね。」
「はい。本当にあります。ただ、転生は誰でもできるわけではありません。その人が生前に溜めた転生ポイントが規定水準を満たしていないとそもそもこの場所に呼べないのです。」
「ポ、ポイント?」
急に女神の口から出てきた“転生ポイント”という、まるでゲーム用語のような言葉に思わず聞き返す。
しかし、女神はあくまで真剣な顔で頷くと、説明を始めた。その話をまとめるとこうだ。
まず転生ポイントというのは、読んでそのまま転生する際に使用するポイントの事。
そのポイントは生前の行いにより常に増減しているらしく、善行で増え悪行で減るらしい。
そして亡くなった際に所持しているポイントが一定基準を満たしていると、転生することが認められるらしくこの空間に呼ばれるとの事。
逆にいうと一定基準を満たしていない場合は……まあ、そういうことなのだろう。
「でも、どれくらいの人が転生しているんでしょう...大変じゃないですか?」
「そうですね。ただ私の管轄は地球だけなので!もっと大勢の人が生活している星の場合は担当が複数人ついていたりしますね。」
「あ、地球担当とかあるんですね。神っていうからてっきり全世界の転生を一人で請け負っているのかと。」
「あはは、そんなの無理ですよ。私はただの神であって全能ではないんですから。」
カラカラと笑いながらそんなことをいう女神。その姿を見ながら(神=全能みたいなイメージなのだが……定義が揺らぐな。)と考えながらも、創大は「そうですか。」と答えた。
先ほども祈られても人の命運は変えられないと嘆いていたし、元の世界で考えられていた神様の認識自体が、色々とズレているのだろう。
「それで、僕はその転生ポイントが基準を満たしていたんですね。」
「その通りです!だからこそ、創大さんは次の世界でも善行を積み重ね、その世界の発展に貢献してもらえればと思います。」
「はあ。」
ニコニコと笑いながらそんなことを言う女神に、創大は思わず頭をポリポリと掻いてしまう。
何やら大層な期待を所望されているが、そもそも転生先は人間なのだろうか?元の世界では転生先が虫だったり、植物だったり、そもそも地球以外ならモンスターだったりと色々なケースも見聞きしていた。
虫の場合の貢献の仕方なんて分からないし、もし地球以外に転生されてしまうと生き抜くだけで精一杯な気さえしてくる。
「あ、ちなみに転生先は元いた世界以外になります。なので、創大さんの場合は地球上の生物には生まれ変わることができません。」
どうやら、異世界への転生は決定事項らしい。
「まあ、ルールならしょうがないですよね。従います。ただ今の口振りからすると、地球以外のどの星に転生するかは自分で選べるんでしょうか?」
「えっと選べるには選べるんですが、少し待ってくださいね。説明しますので、またあちらの画面を見てもらってもいいですか?」
女神はそう言うと、再度机の端に置いてあるディスプレイに向かって腕を振るった。そうすると先ほどと同様にディスプレイに光が灯る。
しかし今度は川の映像ではなく、何やらチュートリアル画面のような映像が映っていた。