第01話 底辺YouTube、死す
「さてと、昨日投稿した動画の反応はどんなもんかな。」
慣れた手つきで自分のチャンネルを開き、目的の動画のアナリティクスへアクセスする。
それもそのはず。YouTubeに動画投稿を初めて1年、毎日のように撮影と投稿を繰り返してきたのだ。頭で考える前に手が動く。
もはや一端のYouTuberである創大にとって、その作業は習慣化してると言っていいだろう。
そして、昨日投稿した動画のその中でも渾身の出来だと自負している。
企画から編集に至るまで、これまでのすべてを詰め込んだ自信作だった。
「お、出てきた。えーと...」
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「なるほど。」
さて、この数字を見て読者のあなたはどう思っただろう?
正直に言ってほしい。全然伸びてねぇじゃんと思いました――と。
だがしかし、評価の受け取り方というのは、人それぞれの環境に依存するのだ。
「よっしゃぁ!初動初の三桁越え!やっふぃぃいいい!」
創大は拳を天に突き上げ、歓喜の声を上げた。そう、大喜びである!
それもそのはず。
動画の平均再生数は四桁未満!
チャンネル登録者数はもちろん一桁!
動画投稿を愛しこの1年を撮影に捧げた創大、否――【YouTuberソウタ】は押しも押されぬ底辺YouTuberなのだった!
******
「今日はこの川辺でゴミ拾いをやっていきたいと思います!」
創大はカメラに向かってオープニングの挨拶を終えると、もう片方の手にトングとスーパーのレジ袋を持ったまま振り返った。
そこには広大で水量豊かな川が悠々と流れている。水面も透明に澄み渡っており、まるで妖精が遊びまわっているかようにキラキラとした光が反射していた。
創大は川上から川下までをざっと観察し、深呼吸をするように深く息を吸い込んだ。
(うん。やっぱりこの川こそが今回の撮影にはぴったりだ。)
心が洗われるような澄んだ空気を体に取り入れた創大は、そんなことをしみじみと思う。
元々一回は動画の趣を変えるために、田舎に遠出したいと考えていた。そんな中ネットで見たこの川の雄大な景色に心を奪われた創大は、(ここで動画を撮影しよう!)と決め、ついに今日その場所に訪れていたのだった。
(天気も撮影日和でいい感じだ。それに観客もいるし。)
キャッキャと響く声に、創大は遠くに目を向けた。
そこには小学生のグループが数人、河原で遊んでいる姿があった。なにをやっているのか遠目には分からなかったが、どうやらみんなが石を拾ってお互い見せ合いっこをしているようだ。
ほほえましい光景に頬を緩めつつ、頭の中を再び撮影への意識に切り替える。
(あの子たちの顔を映さないように気を付けなきゃな。)
創大はそう思いながら、カメラを構えた。
さてここからは、創大ではない。世界を変える動画投稿者【YouTuberソウタ】だ。
「パッと見、余りゴミが落ちてないように見えますよね?でも油断は駄目です。例えばここ!」
そう言いながら、足元に転がる石を退ける。
その下には、有名な駄菓子の袋の切れ端が埋まっていた。
「ね?意外と細かいゴミが落ちてるんですよ。今日はこういったゴミを完璧に拾っていきたいと思います!」
再びカメラ目線でそう言い切った創大は直後ん?と首を傾げる。
(このセリフこの前のゴミ拾いの動画の時も言ってたな。あまり同じセリフばかりだと視聴者さんも飽きるからな。ちょっと変えるか。)
そう、景色は違えどゴミ拾いの動画を撮影するのは初めてではない。
しかし、いいセリフが思い浮かばない創大は、(まあ、後で撮って編集で繋げればいいか。)と思い、今日もまた一人で黙々とゴミ拾いを続けるのだった。
それは撮影を初めて数十分たった頃だった。突如、悲鳴にも似た声が耳に飛びこんできたのだ。
河原をつぶさに観察し、目につくゴミを次々レジ袋の中へ入れていた創大はハッと顔を上げる。そして、その声が聞こえた方向に目を向けた。
そこには先ほどまで石の見せ合いっこをしていた。小学生の集団がいた。
しかし、先ほどまでいた河原ではなく、今はみんなが川の中に入っており、口々に何かを叫んでいる。
それを見ていた創大はある事に気付くと、手に持ったレジ袋を投げ捨て走り出した。
(さっき見た時にいた、ピンクの服の女の子がいない!)
創大は全速力で河原を駆け抜けると、ジャバジャバと水音を立てながら小学生の元に急いだ。
そして急に現れた創大に驚く小学生たちに、息を切らしながら問いかける。
「お友達は!?」
おそらく驚きと焦りから口ごもる小学生たちだったが、その中の1人が泣きながら川の中を指さした。
「足が滑って、奥の方に...。」
それだけ聞けば、十分だった。
創大は来ていた服を脱ぎ捨て河原に向かって投げる。そして、もともと下に履いていた水着姿になると、
「兄ちゃんに任せろ!だから、君たちは河原に上がってて!」
そう一声叫び、川の中を奥へ奥へと進んでいった。
初めはほとんど流れを感じられなかった。しかし、女の子が進んだであろう川の中央に向かって泳いでいくなかで、ある地点を超えた瞬間、急激に川の流れが速くなったのを感じた。
(この辺りか!)
水は綺麗だ。視界は悪くない。
まだそんなに流されてないはず……そう思いながら逸る心を落ち着かせると、創大は川下に向かって目を凝らしながら泳ぎ始めた。
そして、予想通り女の子の姿はすぐに視界に映った。
(っ!ピンク色!あれか!)
視界の端にピンク色を捉えた創大は、水を掻く腕に力を込める。
ぐんぐんとその距離は近付いていき、ついに女の子に腕が届いた。
(重いっ……でも!)
かなり水を飲んだのか、ぐったりしている女の子を抱えながら、創大は岸へ向かって泳いでいく。
しかしいくら小学生といえど、水の中で子供を片手に泳ぐのはかなりの労力を要した。日ごろそれほど運動もしていなかった創大は、すでに耐え難いほどの疲労がその全身を包んでいた。
(あとちょっと...。)
すでに岸までの距離を確認する余裕もない。
ただひたすらに腕と足を気力で動かし続いていたその時だった。
「兄ちゃん!こっちだ!」
不意にそんなそんな声が聞こえた。
創大は反射的にその声が聞こえた方向に向かって、全身の力を振り絞りながら、女の子の体を押しやった。その瞬間、腕が軽くなる。
(どうなった...?)
満身創痍で顔を上げた創大が見たのは、河原に集まっている大人たちと、そして筋骨隆々な男の人が今まさに女の子を連れ、岸の方へと泳いでいく光景だった。
そしてみるみるうちに岸にたどり着いた男の人は、素早い動きで河原に女の子を寝かせると、容態を確認した。
辺りが緊迫感に包まれている中、直後女の子は水を吐くと静かに泣き始めた。
(良かった。)
それを見た創大は安堵の表情を浮かべた。そして、自分がレジ袋とトングを河原に放置していたことを思い出す。
ゴミ拾いをしにきたのにゴミを増やしちゃ駄目だよな。とそんなことを考えながら、岸へ向かうため腕を動かそうとした。
しかし……腕は動かなかった。
まるで全身が泥に包まれているかのような感覚。最後、男の人に女の子を渡した段階で、創大の体は疲労の限界を超えていたのだった。
(畜生。こんなことなら、筋トレ系YouTuberの動画を見ながら、運動でもしとくんだったな...。)
そんな思いが頭を掠める中、創大は全身からゆっくりと力を抜いた。
一方岸では、ぐずり始めた女の子を見て大人たちが安堵していた。
彼らが最初に見つけたのは河原で泣いてる小学生たちだった。ただならぬ気配に話を聞きに行くと、友達が川に流されたという。
そして、血相を変える大人たちに向かってその中の1人が言ったのだった。「お兄ちゃんが追いかけてくれてる」と。
(良かった...。彼がいなければ手遅れになるところだった。)
女の子を受け取った筋骨隆々な男の人はそんなことを思いながら、そう言えば彼にまだありがとうと伝えてないなと気づいた。
なぜこんな田舎に一人でいたのかは分からないが、その勇気には拍手を送らないといけない。そんなことを思いながら、自分の後ろにいるであろう救世主の少年に感謝の言葉を伝えようと振り向いた。
「いやーありがとう。君の勇気ある行動で...あれ。」
男の人が発したその声を聞き、周りの大人も初めて気づく。
先ほど女の子を守るために川で奮闘していた少年の姿が見えない。代わりにそこにあるのは、いつも通りの姿で悠々と流れる川だけだった。
******
「という経緯です。あぁ!」
見終わった映像を前に、口元を押さえ目元を潤ませる女性。
「本来あの女の子はここで命を落とす運命にありました。人々は神によくお願いをします。この女の子の親も幾度となく我が子の健康を、そして長生きを願われていました。……しかし、神が行えるのはその世界の仕組みを作ることのみ。一度動き始めた世界の管理は行えど、その運命に干渉することは出来ないのです。」
「それは……辛いな。」
「えぇ!えぇ!そうなのです……しかし、それが我々神の定め。私たちは全てを創造できるとともに、とても無力なのです。そのため、この女の子の事も胸が切り裂かれるような痛みの中、その命運を見届けることしかできませんでした。」
よよよ、と目元を拭う女性。
しかし、次の瞬間目の前の机を軽く叩くと「でもです!」と言いながら創大を見た。
「あなたの勇気ある行動が、一人の女の子を救ったのです。万歳!」
「ありがとうございます。」
大喜びする女性に向かって、創大は一度頭を下げる。
しかし、ただ褒められて喜ぶだけでは終わらせられない。今この瞬間に創大は目の前の女性に尋ねなければならないことがあった。
「それで……僕は死んだんですね?」
その問いかけを聞いた女性は、再度目を潤ませる。
そして深い悲しみを称えた瞳で創大の事をじっと見ると、静かに頷いた。
「はい。創大さんはあの川で溺死されました。」
自分が死んだ。しかし、その事実はそれほどの驚きを創大にもたらさなかった。
なぜなら先ほどまさにその最期の瞬間を、ディスプレイに映る映像越しにこの目で見たのだ。
創大はガリガリと頭を掻くと、一度息を大きく吐いた。
そしてしみじみと思った。
(ある目的の元、動画を上げ続けて1年。その目的を達成させることができなかったのは心残りだけど...一人の命を救えたんだ。悪くない人生だったかな。)