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メリーベルベット【1:1】

作者: こたつ

メリーベルベット



メリー♀/妙齢の女性。上品な貴族。子供っぽい一面も。


ロベルト♂/メリーの執事。幼い頃からベルベット家に仕えている。


N/メリーと兼ねる。


メリー・N:

ロベルト:


______________________________




<<取調室、ロベルトと検察官が対面で座っている>>



ロベルト:……なぜ、ですか?

……そうですね。私も同じ立場ならその言葉を投げかけるでしょう。

私は命令に従った。引き金を引いた。それは揺るがぬ事実です。

ええ、あなた方にはなにを言っても無駄だ。この国は差別するものに飢えていますから。私のような者など、特に美味いエサでしょう。


故に私は願います。

どうか、どうかあの方に、親愛なるメリーベルベットに、安らかな眠りを……。



<<暗転>>

<<豪奢な屋敷、メリー、ロベルト、話している>>



メリー:ロベルト、ねえロベルト聞いてちょうだい、あの人が国外に出たの。私自由なのよ。


ロベルト:ええ奥様、存じております。遠征で隣国ルスラムまで、でしたね。もう三度目ですよ?


メリー:だってうれしいんですもの。仕方がないわ。


ロベルト:そんなこと仰ってはなりません。安全な後方といえ戦場です。無事を祈らなければ。


メリー:あなたのそれも三度目よ。向こうで死んだら笑ってやるの。あ、今日はミルクティーにしてくださいます?


ロベルト:まったくもう。かしこまりました、ミセス。では少し席を外します、お茶菓子ももって──


メリー:『命じます。ロベルト、ターンよ。』


ロベルト:き、ま、すのでえええ!?


メリー:うふふ、ふふ、『手を取って。』『踊りましょう?』


ロベルト:お、おお、奥様!無駄遣いです!あのスクロールにサインしたのは、っとと!遊ぶためではありませんよ!


メリー:あはは!誓約(せいやく)のスクロール、とっても便利なのね!サインした相手に自分の言うことを聞かせる魔法だなんて、うふふ。嫌な魔法だと思ってたけど、堅物にダンスさせるためにあるのかしら。


ロベルト:奥様!奥様ったら!


メリー:ロベルト!フィニーッシュ!


ロベルト:おわわわ!?


メリー:あははは!決まったわね。楽しかった!


ロベルト:奥様!…もう、旦那様が奥様のためを思ってくださったスクロールですよ。それもパルデンスからわざわざ取り寄せたものをあんな──


メリー:んー!小言は聞きたくないわ。それにこのスクロール、命令を受けるものに強い抵抗の意思がある場合は強制できないかもって書いてあるわよ?ねーロベルトー?嫌じゃなかったのねー?


ロベルト:それはっ!もう奥様!


メリー:ふふふ、可愛いところもあるじゃない?


ロベルト:もう怒りました!お茶菓子はとびきり苦いものをお持ちします!


メリー:ああまって!やりすぎたわ、ごめんなさいってば。


ロベルト:いいえ待ちません。後悔なさってくだ…さい?


<<メリー、ロベルトの服の端を掴む>>


ロベルト:…奥様?


メリー:….もうからかったりしないわ。ね?だから……


ロベルト:お加減が優れないのですか……?


メリー:うふふ、やっぱり…やっぱりダメだわ?ミルクティー、後にしてちょうだい。苦いお菓子もよ?もう少し話しましょう。


ロベルト:奥様……?


メリー:私ね、少し……そう、少し怖いの。ドアの音が怖い、足音が怖いの。


ロベルト:……!(メリーが震えていることに気づく)


メリー:今は沈黙も怖いわ。ねえロベルト、私のナイト。安心させて?

笑顔でいれば怖いものなんかなくなるって歌で聞いたけれど、あれは嘘だった。あの人は……いないのよね?


ロベルト:…旦那様は、今朝ここを発たれました。隣国ルスラムへ向かう列車は、現在国境辺りかと思われます。帰国なさるのはいつになるかわからない、と。


メリー:もうあの人の拳はここにはないのね。息が詰まりそうなあの人の声はここにないのね。


ロベルト:ええ。…ここにはもう、あなたの恐れるものはありません。今日は、よく眠れるはずです。


メリー:……素敵ね、素敵。少し、眠ることにするわ。


ロベルト:それがいいでしょう。ミルクティーは目が覚める頃にお持ちします。


メリー:ねえ……お茶菓子は甘いのにして。


ロベルト:ふふ、とびきり甘くしておきます。良い夢を…。



<<暗転>>



メリー(M):安息の日々は続く。


ロベルト:ハリー、馬の調子はどうだい。はは、そうだろう。なにせ()の錬金術師様の作品だ。


メリー(M):この館は、これほどまで穏やかで、晴れやかだったのだと思い出した。


ロベルト:こらマイケル!またサボって酒を飲んでいたな!まったく…次見つけたらどうなるかわからないからな!


メリー(M):もしあの人と一緒なら、あの頃のように笑えたら。どんなに幸せなことだろう。


ロベルト:エリザ、いいんだ。パルデンスで何が起ころうと、君がどんな血筋であろうと、投獄なんてさせるものか。隠し通そう。


メリー(M):あの人の好物はなんだっけ。作り方、まだ覚えているかしら。


ロベルト:はい、はい。いえ、軍の方からお電話いただくのは珍しくて。では旦那様のご帰宅の件ですね?……え?違う?


メリー(M):ともあれ、厨房へ行こう。今はこれが正しいと、あの人の笑顔だけ思い出して。


ロベルト:戦死……?


メリー:あら、雨が降りそうね。




<<屋敷の厨房。ロベルトは深刻な顔をしてメリーを探している>>



ロベルト:ここにいらっしゃったのですね、奥様。……お話がございます。


メリー:あらロベルト、ちょっと待ってちょうだい。


ロベルト:いいえ、すぐにお聞かせしなければなりません


メリー:待ってったら。あなたのお話がどんなものでも、私のアップルパイを焦がす理由にはならないわ。


ロベルト:っ……奥様……それは………旦那様との思い出の……


メリー:ふふふ、そんな顔しなくたっていいじゃない。深い意味なんてないの。ただ、仲直りしたくなった。昔を思い出しちゃった。それだけよ。


ロベルト:そんな……そんなこと……


メリー:さ、綺麗に焼けたわ。毒味はよろしくね?私のナイト。


ロベルト:え、ええ……(食べる)美味しゅう、ございます。奥様。


メリー:ふふ、よかった。腕は鈍ってないってことね。随分前からこんなことしなかったから少し不安だったの。


ロベルト:そうでしたか、はは……少し、失礼します。


<<逃げるように退室するロベルト>>


メリー:ロベルト?あら…?どうしたのかしら(アップルパイを食べる)

…!?なにこれ?食べれたものじゃないわ!


<<場面転換>>


ロベルト(M):私は愚か者だ。こんな話、先延ばしにしていいことなどなにもない。ただ私には、目のくまが消えた、穏やかに笑う奥様の顔を曇らせることができなかった。

ああ、神様。あなたはいつも残酷だ。旦那様も奥様も、このような仕打ちを受けるほど罪深くはないはずなのに。


メリー:ロベルト?ここにいたのね。


ロベルト:奥様…!?


メリー:あなた、調子が変よ?夕食も食べていないそうじゃない。


ロベルト:いえ、いえそのような、ことは…


メリー:…今日のお昼ね、アップルパイの味見、してくれたでしょ?あなた、それをおいしいって言ってた。私には苦くて食べられたものじゃなかったわ?


ロベルト:……!


メリー:…話したくないなら、いいの。でも、あんまり心配させないで?

……ふふ、私がいえたことじゃないわね。それじゃ、いい夢を。


<<メリー退室>>


ロベルト:……夢なら、覚めてくれ。



<<翌日、出窓に座り庭を眺めるメリー。外は雨が降っている>>



ロベルト:……奥様、昼食の準備が整いました。


メリー:……あら、ロベルト。気付かなかったわ。


ロベルト:その出窓の中は雨の音しか聞こえませんよ。さあ、こちらへ。


メリー:…ロベルト。さっき電話があったの。軍からよ。


ロベルト:…!それ…は……


メリー:あの人は、死んだのね。手の届かない知らない国で。


ロベルト:奥様……申し訳ありません……!私が、私が伝えねばならなかったのに……!


メリー:あら、そんな顔しないで。責めてるんじゃないわ。それに、あなたの様子がおかしかった理由がわかった。


ロベルト:え……?


メリー:あなた、優しいのね。私に悲しい思いをさせたくなかったのでしょう?


ロベルト:そんな、そんなこと!おっしゃらないでください!私は優しくなんてない。私はただ、逃げただけです。あなたを悲しませる役目が私にあることから、逃げただけなのです…!


メリー:いいえロベルト、それは優しさと呼ぶの。あなたが心を痛めているのは、紛れもなく私のためじゃない。


ロベルト:奥様……でも、


メリー:ねえロベルト。今まで苦労をかけたわね。あなたを拾ってもう10年になるのかしら。もうどこに出しても恥ずかしくないわ。


ロベルト:奥様……?やめてください、もったいないお言葉です


メリー:あなたがいて、あの人がいて、最近は少しかげってしまっていたけれど、とても、とっても、幸せだった。


ロベルト:やめてください!奥様、それでは、まるで、まるで……


メリー:あなたは優しく、良い人間になりました。私たちの誇りよ。それから──


ロベルト(M):別れの挨拶ではないか、と。言葉に出せなかったのはきっと、それが本当になってしまう気がしたからだろう。



<<場面転換>>



<<馬車、メリーは中でロベルトは御者をしている。空気は重い>>


メリー:私、あの人に夜伽(よとぎ)を頼まれたの。


ロベルト:…?


メリー:あの人がルスラムに行く前の日にね。私断ったわ。だって怖かったし、嫌だったもの。殴られると思った。…でもあの人、ただ悲しい顔をして…そのまま行ってしまった。


ロベルト:誰にも、こうなるとはわかりませんでした。


メリー:ええ。でも私には、それがどうしても忘れられない。


ロベルト:……あなたは悪くありません。誰も悪くない。


メリー:死んだわ。死んだの。あの人は、私の好きも嫌いも、全部抱えて。

ねえロベルト、覚えてるかしら。あの人が出発した日、私言ったのよ。笑ってやるって。

私、そのつもりよ。動かなくなったあの人に、笑ってさよならを言ってやる。


ロベルト:……。


メリー:もし、もしもよ?

もし私が笑えなかったら。

あなた、一緒に泣いてくださいます?



<<場面転換>>



ロベルト(M):その日のうちに旦那様の葬儀が行われました。


メリー:こんにちはハリー。上機嫌ね?まあ、ヴァルツヘルゲンの魔銃?あなた好きねぇ。ダメかって?いいえ、ロマンを感じます。


ロベルト(M):冷たい雨の降る日に、奥様は気丈に振る舞っておられました。


メリー:マイケルったら、たまにいなくなると思ったらサボってお酒を飲んでいたのね?ふふ、いいわ内緒にしてあげる。私にもくださいます?


ロベルト(M):完璧なまでに微笑んでいた彼女は、旦那さまの遺体の前で、


メリー:あなたと話せてよかったわ、エリザ。最後にこれを。いいのよ、全員に配ってるわ。私に尽くしてくれたお礼。あら…ロベルトとおんなじ顔……ふふ、受け取ってくださいな。


ロベルト(M):笑うともなく、泣くともなく。


ロベルト:奥様!今の音は一体………(息を飲む)


ロベルト(M):そっと、死因となる銃創(じゅうそう)と、旦那さまの頬を撫でられました。


メリー:ああ…ロベルト……手伝ってくださるかしら……。



<<場面転換>>



ロベルト:ああ、ああそんな、奥様!どうなさったのですか!血を流しておられるではないですか!


メリー:ちょっと、失敗したの…ここと、ここよ。銃を撃って、死にたいと思ったのに……。


ロベルト:そんな、そんな……!どうして…!い、今すぐ医者を連れて参りますから、どうか……!


メリー:医者がなんになるっていうの。もう助からないわ。それより聞いて、ロベルト。


ロベルト:ですが、でもっ。


メリー:ロベルト、ロベルトハーゲン。聞いて。私は、ごほっ…私は、あの人と共に死ぬの。あとはここに穴を開けてくれれば、私はあの人のもとにいける。そう信じてる。


ロベルト:(息を飲む)


メリー:でもね、力が入らないの。もう銃を持てない。だから、お願いよ私のナイト……私を撃って。


ロベルト:私は、私はっ、あなただけは撃てない…!お願いです、どうか…


メリー:貴方のわがままは久しぶりね……でもだめなの。苦しくっていけないわ……。早く、早く死なせて。


ロベルト:っ……


メリー:…優しいのね……。『命じます、銃を持って。』


ロベルト:あ、ああ…!奥様、奥様それはあんまりです!そんな…!


メリー:そうよ……『そのままこっちへ向けて。』命令よ。


ロベルト:ぐっ……ううう!嫌だ、嫌です!体がっ……いうことを聞かない…!


メリー:…いい子ね……。


<<ロベルト、抵抗している>>


ロベルト:うっううううう!


メリー:ねえ……怒らせちゃったわよね…ごめんなさい……一度も食べられなかったけれど…あの苦いお茶菓子で許してくれないかしら……


ロベルト:…そんなもの、そんなもの最初からありませんでしたよ……最初からっ…私はあなたに、幸せになってほしいのですから。


メリー:ふふ……やっぱりあなた…優しいわ……でも…これが私の願いなの。


ロベルト:そんな、いやだ、いやだ!


メリー:『命じます…。』


ロベルト:私はっ!私は、奥様だけは!守らねばならないのに…!


メリー:『私を撃って、ロベルト。』


ロベルト:でき、ません……!!


メリー:ふふ…いい従者を持ったわ……。


ロベルト:やめて、ください!これ以上は……!!


メリー:『重ねて命じます。私を…撃ちなさい。』


ロベルト:う、あ、ああ、ああああああ!!



<<燃える館、メリー、血を流して倒れている>>



メリー:(朦朧として)……ああ、歌が、歌が聞こえる。ふふ、あはは…そう、そうだったわ……笑顔でいれば、怖いものなんて……ははは、そう、忘れてた。あなたが歌ってくれた歌だった……ああ、ああ、懐かしい……愛おしい……。


メリー:うふ、ふふふ………あは、はは、あはははは。


メリー:……なんにも、こわくない



<<取調室、ロベルトと検察官が対面で座っている>>



ロベルト:……なぜ、ですか?

……そうですね。私も同じ立場ならその言葉を投げかけるでしょう。

私は命令に従った。引き金を引いた。それは揺るがぬ事実です。

ええ、あなた方にはなにを言っても無駄だ。この国は差別するものに飢えていますから。私のような者など、特に美味いエサでしょう。


故に私は願います。

どうか、どうかあの方に、親愛なるメリーベルベットに、安らかな眠りを……。


N:そうして主人殺しと放火の罪に問われ、ロベルトハーゲンはヴァングレイド王国の片田舎に投獄された。

桜散る頃。ヴァングレイド脱獄事件が起こる数日前のことだった。

多くの囚人と共に脱獄したロベルトは、さる大規模検問によりまた投獄されたのか、それとも逃れたのか。

それは、神のみぞ知る。

この作品は、洒落氏作のパルデンスパレード(https://ncode.syosetu.com/n2080ge/1/)を元に作っております。ご一読いただけるとよりわかりやすく演じられます。たのしいね。

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