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赤い鷄  作者: 小林るこん
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下町の赤提灯を目指して

新崎あゆむは19年間生きてきて、1番の焦燥と1番の後悔を感じていた。時刻は朝の9時を回っているだろう。時計は見えないが体感的にそのぐらいの時間だと思われる。少し上を見上げると綺麗な顔立ちの男が静かな寝息をたて、私を両腕で包み込んでいる。足を挟まれていて身動きがとれないが、この人の肌はとてもすべすべで密着していると大きな抱き枕につつまれているようで苦ではない。胸に顔を埋めると男は両腕に力を入れて私を強く抱きしめ、深く息を吐き再び規則正しい寝息をたてた。夢をもって東京に出てきたのにこれで全てに敗れてしまうのではないか。また、どうして、この人と。願うことなら昨日の夜中まで時間を戻してほしいと祈ったがここは現実なのだ。あゆむはこの男が起きるまでは寝坊にはならないと判断し、全ての知的活動に終止符を打ち目を閉じた。


「いらっしゃいませ、お待ちしてました。」

キラキラと、音が出るほどの笑顔で常連客をお出迎えする。ここは都内にある焼き鳥屋さんで、私の修行先だ。外観は大衆酒場風情で赤提灯がぶら下がり、白い暖簾がかかっている。一歩店内に入ると焼き台を囲むようにL字のカウンターと4席がけのテーブルが2つ。店の奥には狭い調理場があり、そこでドリンクや一品料理などが作れるようになっている。私を含め従業員は3人。今はホールとしてこの店に立っているが、いずれは焼き手の職人になりたいと思っている。女が焼き鳥なんて、と思われるだろうが今の時代、性別によって職が制限されることは無い。なりたいものになれとここの店主に言われたことがきっかけだ。


今日の最初のお客様は、都内でIT関係の社長をしている平岡さんとその部下の松井さん。お仕事が早く終わる土曜日は予約を16:00にして、少し過ぎた時間に窓に顔を貼り付けて驚かせてくる。毎度のことなのでスルーしていつも通りの接客をする。というよりも、平岡さんは私が声をかけるよりも先に店主に

「マスター来たよん♪」

とカウンターをなぞって歩く。私は自然な動きでお荷物をお預かりして、コートをハンガーにかける。松井さんは私に会釈し「こんばんは」と声をかけてくれた。これもいつものことだ。



私がこの店で修行を始めたのは、1か月前のことだ。

今日はもう帰らない。親と言い合いになり、刺々しい気持ちの私は家を飛び出し外をふらついていたら、タレの焼ける香ばしい香りが鼻腔を刺激した。目線を前に移すと、来たことの無い道を歩いていた。家からはそう遠くないだろうが、さっきまでの喧騒は無く人通りの無い道に入ってしまったようだ。

「おっと、危ないよ」

急に前から声が聞こえ目線を戻すと紺色の割烹着にぶつかりそうになった。見上げると豆絞りをつけたガタイのいい男が立っている。

「すみません!!」

びっくりしたのと同時に、両手を前に出し頭を下げながら後ずさりした。男を見ると、人懐っこそうなのに色気を感じる顔で、笑みを浮かべながら「大丈夫ですか?」と声をかけてくる。

「ずっと下向いて歩いてると危ないよ。」

「あ。すみません」

いつから見られていたのだろうか。きょとんとした顔でこちらを見る男は私の顔をみて、

「泣いてるの?」

と声をかけてくる。詮索されたくないし、赤の他人に話すようなことでもないので足先を後ろに向けながら

「大丈夫です。ぶつかりそうになってごめんなさい。」

ぶっきらぼうに言い残し、もと来た道を歩く。

ふと、赤提灯が目に入りさっきの人はここの店の人だったのかと気づく。その下には白いチラシが貼ってあり、従業員を募集していた。

「あ、あの。」

私はまだ後ろに立っていた男に声をかける。

「どうしました?」

「私を、雇ってもらえませんか?」


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