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何も変わらぬ日常の。

何も変わらぬ日常の、

 命に大した価値なんてない。私はいつも自分にそう言い聞かせてきた。


 今日もまた、大した孤独感のない孤独に身を埋める。休み時間の騒がしさにもやっと慣れたところだった。今日は寒いし、日差しも弱い。こんな時だけ、窓辺の席であることを恨んでしまう。

 私がなぜこの学校にきたのかももうおぼろげだし、大した趣味もない。


 なぜ私は、生きているんだろうかと。問う。再度、問う。

 然れど、答は浮かばず。

 感覚が心許なく、髪をいじる。

 ガラスの向こう側で流れる風を想像して、意味もないなと机に伏せる。


 生きる意味はあるのかと自身に問うてみて、確信もなく浮かぶのはたった一つ。

 それは–––


※ ※ ※ ※ ※


 その言葉に、僕は救われた。

 何もないくせに見栄だけ大事にして、誰もいないくせに楽しそうに笑って、未来なんて知らないくせに希望を感じて。そんな人間が大嫌いで、そんな人間になることを夢見ていた。


 エゴが醜いと感じてしまう時点で、僕らは敗者だった。自分のために生きられないことが怖くて、ただただ自分を傷つけていた。


 生まれた意味は、ない。

 生きる意味は、ない。

 故に死ぬ意味も、ない。


 僕らは存在することだけに意味を有するから、自分を認めたくない僕は意味がなかった。だから、自分を騙すように、自分を慰めるように、物書きを始めた。(何がどうなって始めたかは自分でもうまくは言えないが、なんとなく始めた)


 書いても書いても意味のまとまらない世界ができるだけで、結局自分を傷つける日々が続いた。


 そんな時、僕はその言葉に、救われたんだ。



–––命に大した価値なんてない。


※ ※ ※ ※ ※


 パソコンを立ち上げて、いつものページを開く。

 結局私はここに行き着いた。


「……飽きないなぁ」


 名前も知らないどこかの誰かが書く詩を好きになった。別に最近のことではないが、別に前からというわけでもない。

 その人の世界はとても面白くて、目を逸らしたくなるくらい醜くて、でも、私が知っている世界だった。


 偶然見かけたこの人の詩を読んだ時、やっと孤独が薄れた気がした。(もっとも、孤独感は一切変わらない)

 好きなものには感想を書くのがいつもの私だけれど、この人は私に似ているようだから、やめておいた。書き込んだのは、一回だけ。


「命に大した価値なんてないと思います。


 あなたは私が見ています。」


※ ※ ※ ※ ※


 夕焼けはやはり、高いところから見るに尽きる。茜に焼けた空気を浴びながら、僕は携帯の画面を操作する。

 これが最後になる。そう考えても何も浮かばないが、一つだけのコメントへの返事だけでもしておこうかと、もう少しだけ文字を打ってから、携帯を地面へと置いた。


 雲一つない空の夕焼けもいいが、やっぱり僕は赤く焼ける雲が一番好きだ。少々黒い方が美しく見える。


「……今日は今日から、命日だ」


 僕の最後を呟いてから、一歩目を踏み出した。


※ ※ ※ ※ ※


 それを見て、私は頭に血が上る、という感覚を初めて知った。


※ ※ ※ ※ ※


–––命に価値なんてない。


 背後から聞こえてきた言葉に、僕は足を止めた。


「あなたは、これに救われた…?」


 唐突なその問いに、僕は反射的に頷いた。


「……な」


 屋上のせいか風が強く、うまく聞き取れなかった僕は、思わず首を傾げた。


「ふざけるな!! “救われた”のならなぜあなたはそこに立つ!?」


 どんな言葉が飛んでくるのかと身構えていたら、よく聞くような説教のようで、肩の力を抜いた。


「誰が知らないが、僕が何をしていようと君には関係ない。口を出さないで––

「関係があるから口を出しているんだ私は! なんで今死ぬんだよ、どうしてもっと早く死ななかったんだよ……」


 この女の身勝手な言動に、しばらく僕は呆然としていた。


「あなたのせいで私は寂しさを思い出したし、あなたのせいで私は一人じゃなくなった。生きる理由を見つけたし、あなたのために私はわざわざ心まで語った……! で、なんであなたは今死ぬんだよ!? あなたが望むものを私はあげただろう!?」

「僕が一体何を求めていた!? 勝手に人の考えを決めるな!」


 思わず怒鳴ってしまった。けれど、僕が決めてすることを否定する目の前の知らない人間が許せない。


「だいたいお前誰だよ、突然人の邪魔をして勝手に怒鳴り散らすな!」


 そういうと、女はしばらく黙りこくって、それから呟いた。


「……存在……意味が欲しかったんじゃ、ないのか」

「……は?」

「お前は、生まれた意味が……生きていく意味が欲しかったんじゃ、ないのか」

「…………」


 既に諦めていたそれを言われて、反論しようとして、けれど否定できなかった。

 女は黙り込んだ僕を睨んでから、「もういい、好きにしろ」と言って、屋上から立ち去った。






「なんだよ……意味がわかんねぇ……」


 ぼやけた夕焼けが綺麗だったことだけは、多分死ぬまでは忘れないだろう。



※ ※ ※ ※ ※


 パソコンのページを立ち上げて、いつものページを開く。

 

「……更新されてる」


 思わず顔を顰めた。

 けれど、何故かすぐに笑えてきた。


「……また一つ思い出させやがって……こいつ……」


 相変わらず、この人の世界は私に似ている。なんとなく、キーボードに手を伸ばす。


 「命に大した価値なんてありません。


  ただ、勘違いしないことです。別に人間は、命だけで生きているわけでもありません」

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