4話 動き出す猛者ども!!
頑張ります!!
「なんという強さ!! やはりサギ丸、ただモノではない・・・」
ほんの素振りの一振りで、屈強な3人の手下を瞬殺したサギ丸。
その彼の動きに、思わず称賛の言葉をこぼしたのは、遠くで見守っていた余瀬である。
「丸井! 奴は、強いぞ。 それに皆口君がやられたら、次は俺たちの番だ。
おい丸井。 ・・・・・・丸井よ、どうしてお前は、そうなんだ」
丸井の醜態を見た余瀬は、呆れて言葉を失った。
なんと丸井は、余瀬と距離をおき、戦局そっちのけで、サヤ子をジロジロと物色していたのだ。
余瀬の態度に目もくれなかった、丸井のギラつく双眸は、屈みこんだサヤ子の胸元へと吸い付いている。
勉強ばかりしてきた丸井は、常識を知らず、そういう所が少なからずあった。
「七瀬さん。 本当に、お怪我はありませんか?」
「・・・・・・ええ。 丸井さん、お気遣いありがとうございます」
「うむ。 無事ならそれで何よりだ。
・・・・・・ところでサヤ子。 これをお前に渡しておこうか」
「えっ!?」
「いやぁ、すげぇ美人だよなぁ、サヤ子は・・・。 なぁサヤ子、頼むよ!」
突然、七瀬サヤ子を、下の名前で呼びはじめる丸井。
そんな丸井の図々しさに、サヤ子はたまらず、ビクリと怯む。
彼女が怯んだ途端の拍子で、丸井が手にもつ紙切れが、地面にひらひら舞い落ちた。
紙から覗く、おぞましい数字の羅列。
なんとそれは、丸井の自宅の電話番号だった。
「あなたという人は!」
「なんですか。 いいじゃないですか。 こんな出会いは滅多にないんだ!」
唐突にサヤ子へ襲い来る、丸井の、いやしい下心。
ただ歩くだけで、美しい女性や、敏腕芸能スカウトマンに声を掛けられまくる祐介とは対称的に、その体系と性格から、全く女にモテない丸井。
そんな彼は、この状況を好機とみなし、あわよくば美人とセックスしようという魂胆を、むき出しにしたのである。
そんな彼の下心が一瞬の隙を生み、七瀬サヤ子とデブ丸井は、最悪の事態を迎えてしまう。
「こいつは、ちょうどいい獲物がいるじゃねえかよ、ええ!?
こいつらを使って、名誉挽回としゃれこんでやらァ!!」
がれきの山から、にょっきりと、包帯まみれの男が飛び出す。
そして間もなく、十字架を持つ暴走族が、ゾロゾロ姿を現してきた。
祐介から離れ、その後、独自の判断で動いていた、切り込み隊長のミイラ男と50人前後の煉獄同盟・投擲部隊である。
「きゃああああああああああ!!」
「しまったァ!! 命だけは、お助けを!!」
「うるせぇ!! なんだこの、凄まじい腹は!? 食いすぎだおめえ!!」
「ウーーーッ!!」
構える間もなく、十字架でめった打ちにされる丸井。
そして一瞬のうちに、ズタボロ丸井とサヤ子先生は、十字架に張り付けにされてしまう。
「ウワーーッ!! 助けてくれ、余瀬!! 」
見栄も外聞もなく、内心で散々敵視していた余瀬に向けて、必死に助けを求める丸井。
だが、助けを求める丸井の声は、余瀬の耳には届かない。
なぜなら、余瀬もまた、招かれざる客と、出会っていたのである。
「こんな狂犬を送り込んでくるとは、自衛隊のモラルも地に落ちたものだな・・・」
「こりゃまた随分な挨拶だねぇ。
無能のそっ首まるごと2つ、モラルのついでに落としてやるかね」
「なに! 丸井のデブなら、いざ知らず・・・。
この俺を相手取って、無事で済むとは思うなよ」
余瀬が出会っていた招かれざる客とは、地上に降りていた自衛隊最強の狂犬、村田政宗 准士官、その人である。
彼の容姿ときたら、規律を無視したボサボサ頭に、ただ羽織るだけの制服と、酷く乱れてだらしない。
しかし、その身なりは、正宗の実力の裏返しでもあった。
こんな容姿を許される程に、彼の剣術は、自衛隊で評価されているのだ。
だが、余瀬も負けてはいない。
射撃の名手とうたわれる、彼を語る上で欠かせない逸話は、今から30年前にまで遡る。
それは、余瀬がまだ、9歳の時の話だ。
両親と共に、彼がアメリカのテキサス川辺でキャンプを楽しんでいた時に、事件は起きた。
ある朝、すがすがしくテントで目覚めた余瀬一家を、血に飢えた5mを超す巨大グリズリー36匹が、完全に包囲していたのである。
逃げる暇もなく、瞬く間に、大小さまざまな36の肉塊として、グリズリーの胃袋に叩き込まれる両親。
極限状況の中、余瀬少年は、わずか9歳にして、酷なる二つの選択肢から、自身の運命を選ばなければならなかった。
一つは、手に持つ父の拳銃で、自分の頭を打ちぬくこと。
そしてもう一つは、その拳銃で、戦いに身を投じること。
翌日、駆け付けたアメリカの警察官たちが目にしたのは、返り血にまみれた一人の少年の姿だった。
少年の名は、余瀬 明人。
わずか9歳にして、3発の銃弾で36匹のグリズリーを血の海に沈めた、無比なる孤高のガンマンの誕生であった。
「正宗 准士官!! メガネの方!! 抗争は止めてください!
自衛隊と公安警察は、3年前に休戦条約を結んでいます! 」
その時、一触即発といった2人の間に割り込んだのは、さっきまで気絶していた自衛隊A隊員と仲間達だった。
ヘリで気絶していた彼らは、パイロットに叩き起こされ、慌ててドタバタと現場に駆け付けていたのだ。
順調に救助活動をしていた、そんな彼らだが、活動の最中、衝撃の光景に出くわして、正宗のもとへと、命からがら救援を要請しに来たのである。
「・・・おめぇは、口を結んどきなィ。 汚らしくて敵わねえや」
「す、すみません!」
正宗に指摘され、口の周りにべっとりついた、汚いゲロの残骸を、ゴシゴシぬぐうA隊員。
「結ぶなら、靴紐も頼むよ・・・」
「うわ! これも、また失礼!」
今度は、余瀬に指摘された、だらしなく解けている靴紐をあわてて結ぶと、A隊員は、パニック状態で叫ぶ。
「お二人とも、そ、それどころじゃないんです!! あれをご覧ください!」
「おい、あっちにもいるぞォ!!」
A隊員と、煉獄同盟の雑兵たちが、同時に叫んで見つめあう。
「大量じゃねえか、でかしたぜ!! こいつらも人質として貼り付けにしろ!!」
「ま、まずい。 見つかってしまった!!」
「おい、あれって、どれよ」
「今まさに!! 我々の前に迫ってきている、十字架軍団の事ですよ! 准士官!!」
「なんでぇ、おもしろくねぇ・・・」
とぼけた様子の政宗に、人間を張り付けにした十字架軍団を指さして、A隊員はわめき散らす。
あまりの恐怖で、散り散りになって逃げてゆく、A隊員の仲間達。
急いで現場に駆け付けたものの、肝心の装備を全部忘れてきていた彼らは、野兎のように無防備だったのだ。
「なんだ!! むさ苦しい男ばかりじゃねぇか!!」
「ガタガタ文句を言うんじゃねえよ!!
どうせ最後は、殺すんだ! 性別なんて、関係ねぇだろ!!」
「確かにそうだ!」
「そうだった!!」
「なんという奴らだ・・・」
「うるせぇ!! 手始めに、てめえから貼り付けにするぜ、腰抜け野郎!!」
「ヒッ!!」
女子供と弱者から狙う、クズの習性で真っ先に標的にされる、おびえる野兎ことA隊員。
もの凄い速度でA隊員に近づいたミイラ男は、丸井を張り付けた、十字架の鋭い一撃を彼に振り下ろす。
「そぉうらよ!!」
「ウワーーーッ!! ・・・・・・・・・?」
だが、十字架は、彼の眼前でピタリと止まって動かない。
「おう、ひよっこ。 ちょいとばかり、相手が違うぜ・・・」
正宗が持つ日本刀の鞘が、ガッチリと十字架に食らいつき、その動きを止めていたのである。
思い切り力を込めているのだろう、絡みつく鞘を、振りほどこうとする、ミイラ男の手が震えだしている。
「なんだおめぇは、何もんだ!!」
「お~お。 でけぇ声で、うるせぇこと。
まず包帯ずくめの、お前さんから名乗るってのが、筋だろうがよ」
「知りてぇなら、教えてやるぜ!!
この俺様は、祭りごとに欠かせぬ男、トベゾウよ! てめぇの名はなんだ!!」
「知らねぇよ。 いちいち名乗ってられるかィ。 面倒くせぇな」
「おめぇ!! おめぇこそ筋を通せ!! とんでもねぇ野郎だコイツは!」
「気付かねぇなら、教えてやるが、筋ならとっくに、通してるんだぜぇ。
一太刀ばかり、てめぇの汚ねぇ首筋ってヤツにだがね」
「なぁに、寝言ほざいてウッ!!」
ミイラ男の言葉が途切れる。
そして、彼の首筋に、一条の赤い線が、走る。
ゆっくりと、自分の首筋を一周した、深紅のほそい死神に、ミイラ男は青ざめてゆく。
「ま、まさか。 お、おめぇ・・・」
「祭りがどうとか抜かしていたが、生憎、かまける暇は無ぇ。
一人で血祭、ぞんぶんに楽しみなィ」
シュゥゥゥゥゥゥゥウ!!!
ミイラ男の首元から、おびただしい量の鮮血が噴出した。
断末魔すら上げる間もなく、直立不動のまま絶命してしまうミイラ男。
一条通した正宗の、無音、無痛にして無慈悲なる、電光石火の一閃だった。
「や、やべえ!! 隊長がやられた!! サギ丸総長の元へと、ずらかんぞ!!」
「ヒーッ!! お助け!!」
一目散に、祐介とサギ丸たちのいる戦場へと、逃げてゆく雑兵たち。
その隙を見逃さなかった余瀬は、一瞬で丸井とサヤ子を十字架から撃ち落とした。
もちろん2人は、余瀬の銃撃で傷ついては、いない。
秒もかからず撃ち放たれた、都合12の銃弾は、拘束具のみを的確に打ち抜いていたのだ。
射撃の金メダリストすら、裸足で逃げ出すような、凄まじい腕前だった。
「俺らも、続くぜ。 って、うひゃぁ! 次から次へと、すげえな、おめぇは。
ばっちいなんてもんじゃねぇ! 」
慌てて、A隊員から距離をとる正宗。
凄惨な殺人を、その目に刻んだA隊員は、またまたゲロを吹き散らかしていたのである。
「ウウッ。 す、すごいのは、あなたの方ですよ。
どうしてそうも簡単に、人が殺せるんですか・・・・・・」
「そんなつもりは、さらさらないがねぇ。
斬りてぇモノを斬ってたら、相手が勝手にくたばるだけよ」
駄目だ、この人は。 あまりにも破綻していると、A隊員は涙を流す。
「・・・・・・なんでもいいが、俺は後を追うぜ。
肝心、かなめの皆口君に、ちょいと用事もあるんでねぇ」
ケリをつけるのは、お預けだ。
そういわんばかりに、余瀬に一瞥くれた後、正宗とA隊員も、祐介の方へと歩みを進めてゆく。
「丸井、立てるか? 俺たちも行くぞ」
「あ、ああ。 毎度毎度、すまないなって、え!! あそこに行くのかよぉ・・・」
渋る丸井を無理やり立たせた、余瀬の眼光が鋭さを増している。
血なまぐさい、自衛隊の汚れ仕事を専業とする正宗が、わざわざこの地に赴いていた、その理由に気付いたからだ。
間違いなく正宗は、闇ギャンブルに身を投じたと噂されている、自衛隊、最高位である陸将の密命で動いている。
おおよそ、最高の戦いを条件に『皆口殺害』の任務を引き受けたのだろう。
これなら皆殺しを常とする正宗が、やすやすと煉獄同盟の雑兵を見逃したのにも合点がいく。
ならば。
正宗を拘束し陸将にゆさぶりをかける。
公安と自衛隊、どちらの立場が上なのか、はっきりさせるには、またとない機会だ。
「これは、汚職にまみれた、敵対組織の瓦解のチャンスだ。
公安の一員として、この状況を、みすみす見逃す訳には、いかんな」
そういうと、余瀬と丸井も、祐介の方へと歩き出した。
「祐介君・・・・・・。 あなたは、なぜここまでに、凄まじい存在なの?」
呟いたのは、取り残されたサヤ子だ。
皆口 祐介。
もはや魂の抜け殻となった、その身にしてなお、あらゆる人間を引き寄せてしまう。
そんな彼が放つ、魔性の引力、カリスマ性に、彼女はただただ、呆然とするしかなかった。
やります!!