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2話 その男、皆口祐介!!

やります!


 ブオオオン!! ブルン! ブルン! ブルン!! シュゴオオオオォゥン!!


 肌をつき刺す、凍えるような寒さのなかで、鋼の野獣が叫んで躍る。

 地面を殴り、空気を切り裂く、群れなす野獣の騒音は、計測すれば980デシベルを軽く超えるだろう。

 電車が通過するガード下の騒音が、だいたい100デシベル前後なのを考えると、これは明らかに異常な数値だった。

 そして、そんな異常きわまる騒音を、住宅街へと平然と放つ奴らは、地球上で彼らしかいない。


「この日のために、全国からよおおおォく集まってくれたぜ!! 

 最恐暴走族『煉獄同盟れんごくどうめい』の精鋭たちよ!」


「「「「 ウオォォォ! ウッ!! ウッ!! ウッ!! ウッ!! ウオオオオォォ! 」」」」


「復讐だァ!! すべてを奪い、焼き尽くせェ!!」


「そうだァ!!」


「やるぜぇ!!」


 爆音を放つのは、鋼の野獣もとい、改造大型バイクで全国から集結した『煉獄同盟れんごくどうめい』の面々である。

 ヤクザの幹部、傭兵崩れ、空手の全国優勝者。

 そんな凶悪な肩書を持つ、彼らの前科や、余罪をかき集めると、なんと5876件にものぼる。

 つまり彼らは、世界で最も危険な犯罪集団なのだった。

 そんな彼らがS市の住宅街へと放ったのは、当然、騒音だけでは、おさまらない。

 なんと、略奪を繰り返したのち、火の手も放っていたのである。

 これによりS市は、戦場のような凄まじい地獄絵図へと変貌をとげていた。

 

 その気狂い集団を先頭でたばねるのは、3mの大男、田中サギ丸(37)。

 完全に、異常な容姿だった。

 彼は、相手を威圧いあつすることにくわえて、全国で指名手配されている自分の顔をいんぺいする目的で、アイスホッケーのマスクとシルクハットを見苦しく身につけているのである。

 サギ丸は、拡声器を振り回し、煉獄集団の最後尾から怒号を飛ばす。


「そんな、最強の俺たちがァ! 

 何のために全国から集まったのかァ!? それは、なぜなのかァ!!」


「「「 ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!! 」」」


「そォれはァ、皆口みなぐち 祐介ゆうすけぇ! 

 てめえをグシャグシャにぶっ殺すためだァ!! 」


「「「 ゥゥウオオオォォォ!!!!! オオオォォォオウオウオウオーウ!!」」」


 皆口 祐介。

 スピーカーから、その名前が飛びだすや否や、400人の怒号と殺意が、彼らから見て200M先にある2つの人影へと殺到する。


 ・・・・・・だが。


「てめえ!!」


「おめェ!!」


 恍惚こうこつの表情を浮かべるはずだった暴走族たちは、驚愕きょうがくに目を見ひらき、そしてさらに激怒してしまった。

 なぜなら威圧したはずの人影、皆口祐介が、手に持つすべて英文で書かれた詩集シェイクスピアを、すずしい顔で読み続けているのだから。

 それも、彼らの存在や、壊滅した街並みに動じることなく、平穏な日常を退屈に過ごすように・・・・・・。

 祐介とは対照的に、となりで怯え震えている、担任教師である七瀬ななせサヤ子先生は今にも崩れ落ちそうだった。


「ふぅ・・・。 どうやら、これから始まる、お寒いパーティの主役は、やはりこの僕らしいね」


 97.5%の確率でこうなることは、2秒以内に高速暗算で予想できていたけど、ここまで想定どおりだと面白みがない。

 的確な状況整理と、未来想定を瞬時に終えていた皆口 祐介は、やれやれと首を振る。

 凄まじい少年だった。

 さえない学生服に身を包むだけの、なんの変哲もない恰好なのだが、言いようの無い中世の王族のような気品があふれている。

 しかも、血なまぐさい連中が待ちかまえているのに、歩みを進める神がかり的な度胸もある。

 この、極限状況での皆口祐介の度胸は、彼が欲望や感情の全てを捨て去った事と無関係ではないだろう。

 『あの事件』以来、氷のように凍てついた彼の心は何にも動じないし、何も感じないのだ。

 それは、もはや人間であることを放棄したといっても過言ではないほどに・・・・・・。


「オオィ!! なぁに無視してマンガ読んでんだテメぇ!!」


「フ・・・・・・」


「取りかこめぇ!! 絶対に逃がすんじゃねえ!! 舐めてんぞ、コイツゥ!!」 


「フ・・・・・・」


「舐めるんなら、俺は隣のかわい子ちゃんがいいぜぇ!! どうせ処女なんだろ!? ヒヒヒ!! 」



「・・・・・・殺すよ? お前?」


 隣の美人教師、サヤ子先生へのセクハラ発言をきいた瞬間、ウ゛ァッ!と威圧感をわずか7%ほど解き放ち、急激に存在感を高める祐介。

 ゾワリ! と、祐介の凄まじいオーラにてらされた暴走族の半数は、ぶざまに2秒で失神してしまう。


 念のために言うと、べつに彼は、七瀬サヤ子に特別な感情は、持ちあわせてはいない。


 ただ自身への暴言は、鼻で笑って聞きながせるけど、女性に対する失礼は許せないだけだった。

 不本意ながらも、皆口祐介は、そういう英国紳士の気品にあふれる少年でもあった。

 彼は心が凍てついたとはいえ、感情をなくしたわけではない。

 感情を捨てただけなのだ。

 こうして、ふいに拾うこともある。

 

 サギ丸が、気絶した仲間たちを、ぶったたいて起こしながら、震える声で叫んだ。


「気を付けろや、同志たちよ!! 今の殺気こそが、皆口祐介の実態!! 

 全国に散る俺たちに、この3か月で昼夜を問わず287回も攻撃をしかけ

 絶大な被害をもたらし続けた、ゴミクズ野郎のいつわらざる本性よ!!」


「かばってくれて、ありがとう祐介くん・・・・・」


 祐介を、うるんだ涙目でみつめながら、声優のような甘い声でささやくサヤ子先生。

 ギュッと腕にすがりつく、彼女は気付いているのだろうか。

 その、やわらかで大きい、推定Fカップの胸を、彼の腕に思いきり押しつけていることに。


「警察に通報して、はやく逃げましょう? この人たち普通じゃない・・・・・・」


 蹂躙じゅうりんされ、あちこちから火の手が上がる街並みの中から、涙目で公衆電話を探すサヤ子先生。

 しかし。


「ひっ・・・・・・」

 

 サヤ子は、みてしまった。

 探す過程で、見つけてしまった。

 火の手が上がる交番の中で、こちらを見すえ、口に拳銃をくわえる警察の姿を。 

 目が合った警官が力なく笑い、サヤ子と祐介に語りかける。


「仲間は自衛隊を呼んだあと、みんな逃げてしまった。 

 君たちも逃げるんだ、僕はもう・・・・・」


 極限の恐怖で光をうしなった、警官のうつろな瞳には、容赦なく自らの頭を撃ち抜く決意が見てとれた。 

 今、この街では、秩序が暴力に、法が無法に、勇気が恐怖に負けているのだ。

 昭和という時代では、こうなってしまえば、誰も手が付けられないのが現実だった。 

 2人にはもう、逃げ場はないのだ。


「どうやら、逃げたのも通報したのも、警察の方だったみたいだね」


「どうして。 どうして、こんなことに・・・・・・。

 祐介君は何も悪いことしてないのに・・・・・・」


 どうして。と、うわ言のように、同じ言葉をくりかえす、サヤ子先生。

 23歳にして、B93W62H89という、グラビアアイドル並みのスタイル。

 さらに彼女は、東大ミスコンで優勝したことがある美貌な上に、東大の教養学部を首席で卒業したという、そこそこの経歴の持ち主でもあった。


 祐介が彼女と出会ったのは、彼が高校に進学したときだ。


 教室の片隅でたそがれ、クラスでも飛びぬけて浮いた存在だった祐介。

 明らかに陰キャラな彼が、勉強でもスポーツでも、ただ平穏を『演じて』いるだけに過ぎない事を瞬時に見抜いたサヤ子先生が、そんな祐介に興味を持ち、心奪われるのも時間の問題だった。

 極めて優秀な頭脳を持つ彼女の、東大の教育学部で研ぎ澄ませた人間観察力が、祐介の存在を見過ごすことを、絶対に許しはしなかったのだ。


 流石に、複雑な家庭環境から一人暮らししていた祐介の部屋に、無理やり上がり込んで同棲を始めたのはやりすぎとの自覚はあったが・・・・・・。


「皆口ィィ!! 俺のことは覚えてんだろうなァ!!? 」


 そんなとき、暴走チンパン集団の中から、全身に包帯を巻きつけた、ミイラのような男が前転しながら最前線へと飛び出し、叫んだ。


「覚えてるかって聞いてんだよォ!! このクソ野郎! 

 まぁわかりゃしねえよなァ!? 

 誰かさんのおかげで、この見た目なんだもんなァ! 

 これじゃあ覚えてるもクソもねぇ!!」


 どっ、と笑いが巻きおこる。


「笑い事じゃねえ!! ついでにコレが何かわかるかぁ!? 皆口の祐介さんよォ!!」


 そう言うとミイラ男は、自分のバイクにくくり付けていた、巨大な十字架をもちだし天高くかかげた。

 その精巧せいこうなつくりに、暴走族集団から、おおっ、と歓声が上がる。

 だが、肝心の祐介は、驚くどころか、深くため息をつくのみ。

 

 そして一言。


「その見苦しい、ミイラもどきな見た目もふくめて、仮装パーティの出しものかな?」


「ア゛ァッ!!? 仮装パーティじゃねえ!! 

 火葬パーティだァ!! 見苦しく火葬されるってんだよ、てめェはコレでな!!」


「フ・・・・・・。 これは、一本取られたね。 いや、一本取ったのは僕もか 」


 そう言い、ミイラ男とは別の一人をゆびさす祐介。

 5mの巨大な木刀を背負う眼帯の男が、自らの欠損した片足を指していることにウハッ!と気づき、怒り狂う。


「てめえーーーッ!! 右足がマジうずくぜぇ!!」


「フ・・・・・・」


「この状況で全方位に、さらに喧嘩を売る皆口 祐介ェー!! 殺害確定ッ!! 」


「フゥ・・・・・・」


 呆れたように深いため息をつく祐介。 

 その時である。


「クズども、とっとと殺しあえ! 今すぐ、さっさと殺しあえ!!」


 空から怒号がりそそいだのは。


「なんだァ!?」


「誰だァ!?」


「空だァ!!」


 とつじょとして、降りそそいだ声をたどって、空を見上げた暴走族集団がどよめく。

 なんと、いつの間にか数機のヘリコプターが、上空待機していたのだ。

 数にして、だいたい3機前後だろうか。  


「てめえの増援か! 皆口ィ!! 」


「まさか。 まあ、98%の確率で知り合いも中に居ると予想するけどね。

 そこまでわかってしまうんだよね、僕という男は」


「黙れ!! 聞いてねえんだよ!! おめェがどうとかよォ!!」


「皆口祐介、黙れよおめぇ!!」


 上空に集結するヘリは、公安警察、自衛隊のヘリと、金色のヘリコプターだ。

 その中で一番、見覚えのある、悪趣味な金ピカのヘリコプターに視線をさだめる祐介。


 「こりないな、彼も」


 金色のヘリから放たれた、あのダミ声の主は間違いなく、ギャンブル狂いの悪徳不動産王N氏だろう。

 社会の弱者を食い物にして、悪徳物件を売りつけ、100人以上の自殺者を出した問題人物。

 祐介は、ウンザリといった感じで肩を落とす。

 彼がいるという事は、どうやら今日の出来事も、アンダーグラウンドな闇ギャンブルの賭博対象になっているらしい。

 ここまでくると祐介も、流石に自分が、この退屈な世界の中心だと認めざるをえなかった。 

 全てが規格外。 何もかもが常識外れ。 昭和という時代が生み出した一人の怪物。

 それが少年、皆口祐介だった。 


「どうしてかって?」


「ふえっ・・・・・・!?」


 今まで自分に興味なさそうにしていた祐介が、いきなり質問してきた事に驚くサヤ子先生。

 アイドルのようなその顔には、驚きと同時に祐介に話しかけられたという、うれしさがにじみ出ている。

 僕に全くその気はないんだけどね。 と、凍てついた心を持つ祐介はその様子に心底呆れる。


「それで・・・・・・何の変哲へんてつもない17歳の未成年、皆口祐介である、

 この僕がこうなるのは、どうしてなのかって?」


 黙って、こくりとうなずくサヤ子先生。

 彼女の恐怖は、消えていた。

 皆口祐介という存在に話しかけられるたびに、何とも言えない安らぎとぬくもりに包まれるのだ。 

 この現象は、サヤ子先生に限った話ではない。

 女性であれば、誰しもが同じだった。


「答えよう。 それは僕が人類史上、最高にして、ゆるぎない『究極の天才』だからさ」


 その頭脳、不本意ながら、IQにして推定3000以上(最大値 無限) 


「そして、わかる範囲で理解してほしい。 

 僕がいかに、理不尽なほど冷酷で残忍で、非現実的なエンターテイナーで、

 誰よりもこの世界に退屈し、絶望しているかをね」


「そんな・・・・・・。 祐介くん・・・・・・」


「さあ、はじめようか? 上空のヘリと、暴走族と、手にもつ詩集シェイクスピアと、

 この僕自身を『犠牲』にした、推定所要時間20分35秒の

 最後の奇跡のショータイムをね・・・・・・」


 最後の奇跡のショータイム。

 祐介以外は知るよしもないが、彼が3か月前から全国を飛び回り、煉獄同盟を挑発して全員ここに集めた事。

 そして、煉獄同盟との決戦に、このS市を舞台として選んだことも、今日のこの日のショータイムのためだった。

 さらに、公安や自衛隊、N氏すらも、その計算の内なのだ。

 地獄となったS市と、そこに集結した煉獄同盟。 駆け付けた自衛隊や公安、N氏。

 最悪の事態としか言いようのない、この状況のすべては、なんと祐介の計算通りだったのだ!


「ショータイム? それに僕自身の『犠牲』って・・・・・・まさか祐介くん!?」


 人差し指を、しずかに自分の口元にあて、サヤ子の言葉を制止する祐介。

 そして祐介は、目の前に居るミイラ男へと、ゆっくりと、歩みをすすめる。

 ミイラ男は、それを見ただけで冷や汗がダラダラふき出し、動悸どうきが激しくなってしまう。

 どうやら過去に、祐介と『遊んだ』トラウマがよみがえったらしい。


「祐介くんっ!! まさか、あなたは・・・・・・!!?」


「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォ!!!」」」



 犠牲という不穏ふおんな言葉と、どこか寂し気な祐介の横顔。

 そしてサヤ子の不吉な予感。

 これらを全て、ふきとばしながら殺到する、煉獄同盟。


 1989年。1月7日。 神奈川県S市。


 

 昭和という未開な時代、その最後となるこの日に、ついに激烈な戦いの火ぶたが切って落とされた。

 臨界点をブチ破り、今まさに始まる皆川 祐介1人VS最強暴走族400人の、未だかつてない空前絶後の極限バトル。

 だが、この戦いは始まりに過ぎなかった。

 そう、誰も見たことのない、奇跡のショータイムの始まりに・・・・・・。

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