11話 覚醒する正義!!
「余瀬! しっかりしろ余瀬!!」
呆然自失となった余瀬に向けた、丸井の激励は空振りをつづけていた。
絶空天覇の美空山と対峙したあの時から、もうずっと余瀬は死人のように存在感を薄めている。
彼女の口から告げられた警察上層部の汚染が彼のプライドと自信を粉々に打ち砕いたのだ。
もはや余瀬に公安トップの面影はなかった。
それほどまでに衝撃だった。
かんぷなきまで打ちのめされた。
警察の上層部までもが闇ギャンブルに身を投じていた事実が。
守るべき無力な市民をもてあそび、殺害することを容認していた事が。
散々 衝突してきたものの、まさか警察の上層部までもがそこまで闇に堕ちていたとは。
持たざる者に差し伸べなければ、手にした力に意味は無い。
余瀬は、そう信じて生きてきた。
だが現実はどうか。
法外無法の煉獄同盟。 汚職にまみれた警察と自衛隊。
そして存在すらも許されなかった力なきS市住民。
もはや絶望だった。
余瀬にとっても昭和とは、美空山とは別の意味で絶望の時代というより他なかった。
「あ、あいつら滅茶苦茶しやがって。 頭は関係ねぇだろう」
治療と称し自分の頭に針を刺しまくった美空山の部隊へと悪態をつく丸井。
なぜならそのおかげで。
「ガキの幻覚まで見えやがる」
この地獄絵図の中で元気を爆発させて走り回る子供の姿がみえるのだ。
「・・・・・・なんだ今のは」
それは幻覚では無かった。
丸井と同じものを見ていた余瀬が反応したのだ。
ドドドドドドドドドオオオォ!!!!
ズガガガアアアアアン!!
「うお!! 火山が噴火したのか!」
「・・・・・・地形的に見て、それは断じてあり得ない。
しかしこれほどの瞬発力がある爆発エネルギーは・・・・・・ハッ!」
その光景は東大主席の頭脳に散らばるピースの、最後の一つとなった。
とつぜん現れて消えた服の汚れ一つない子供。
遠くで自衛隊が騒いでいたS市の総人口より多い死体の数。
そして、地下から噴出した常識では考えられない異常な火力の火柱。
導き出される答えは一つ。
「皆口君。 君は、君という男は、本当に大したヤツだ!!」
そのひらめきは余瀬の心に再び火をともした。
昭和という名の絶望時代に、一人の少年が繋いだ奇跡が余瀬を奮い立たせる。
余瀬は叫ぶ。
希望のありか、その場所を。
「巨大塹壕だ!!! 地下を調べろ!!
そこにS市の住民はいるぞ!! 生きているぞ!!」
何人かは分からない。
だが生きているならば。
S市の市民が生きているとするならば、自分にも出来る事はあるのだ。
公安としての矜持が、余瀬の心で熱を帯びてゆく。
神奈川県S市。
正式名称『神絶・奈知巣・天川』県。
神絶のSこそS市のS。
つまりS市は第二次世界大戦時に、ドイツのナチス軍が極秘裏に日本政府から譲渡された、知る人ぞ知る43番目の都道府県だったのだ。
復活した余瀬の叫びを聞き色めき立つのは自衛隊の面々だ。
もはやそこには敵も味方もなかった。
「えっ!! 塹壕!? 本当ですか!?
よォし!! みんな、僕たち自衛隊も行くぞォ!!」
「「おおう!!」」
シュパパパーーーン!!
「「ウワーーーーーッ!!!」」
だが捜索へと動き出したA隊員と仲間達はド派手に吹き飛んでしまう。
「手柄を横取りされるなグズ共!! そして奴らを一人も生かすな!!」
同じく余瀬の言葉を聞いた、美空山による烈なる深紅の一撃が、A隊員たちに直撃したのだ。
美空山の後ろから勢いよく隠密部隊が駆け抜けてゆく。
ここが43番目の都道府県なら徳川幕府の埋蔵金の500倍前後の価値がある財宝が眠っていることになる。
もはや空爆などしている場合ではない。
『流れ』から巨大な火柱が噴出したとき、空爆を中止し地上に降り立っていて正解だった。
あやうく手柄を吹き飛ばすところだった、とほくそ笑む美空山。
パァン!!
そんな美空山のほほを、いきなりビンタが急襲した。
なんと、思い切り平手を放っていたのは下着姿の七瀬サヤ子だった。
鋭い目つきでサヤ子を睨む美空山。
「貴様・・・・・・。
何をしたか、わかっているんだろうな?」
生まれて初めて人を叩いた恐怖。
そして真冬の凍てつく寒さで ふるふると震えているサヤ子は頷く。
いわれるまでもなく 承知の上だった。
彼女の瞳には、溢れんばかりの涙がたまっている。
自分のために浮かべたのではない。
彼女を哀れんだのだ。
東京マザーテレサとまで言われる彼女の慈愛が そこにはあった。
だが やり方が そして相手がまずかった。
くるくるに巻かれていた 美空山のムチが地面を撫でる。
完全に攻撃態勢に移行していた。
「そ、それは、こちらの台詞ですっ!!」
気丈に言い返すサヤ子の瞳から、大粒の涙がこぼれおちた。
「・・・・・・覚悟ありと見なすぞ、メス豚」
覚悟を決めて瞳を閉じるサヤ子。
教師である自分が 非人道的な行為に抗議をするのは 当たり前のことだった。
その上で死んでも 彼女に悔いは無いのである。
そして悔いだけではなく、サヤ子には未練も無かった。
皆口祐介が、もういないからだ。
一人の女として、この世に未練は何もない・・・・・・。
「公務執行妨害で、貴様を無残に処刑する!」
ズダァァァン!!
断頭台のギロチンのごとく 美空山のムチが振り下ろされるのと、余瀬の手元から銃声が聞こえたのは、ほぼ同時である。
「き、貴様ァ!!」
自身に食らいついた銃弾の勢いを殺せず 瓦礫をはじき飛ばしながら、サヤ子から引き離されていく美空山。
だが、弾頭幅が10ミリにも満たない銃弾が 一人の女を派手に吹き飛ばすことは不可能である。
そう。 サヤ子を守るべく美空山に食らいついたのは 銃弾ではあるが鉛玉では無いのだ。
「いい加減にしろ、翼!!」
なんとそれは、余瀬本人だった!
余瀬は、最後の銃弾を空へと放ち 丸腰となることが条件で発動する『極限覚醒』を発動させて彼女に急襲したのである。
幼少期、グリズリーの群れに囲まれるという極限状態で 自らを生存へと導いた この本能の暴走。
まさにあの時、手中で輝いた いうなれば4発目の銃弾。
これが 公安最強と称される余瀬の切り札だった。
「心身ともに尽き果てようとも、
この場に息づく命のすべては、俺がこの手で守り抜く!!」
確固不抜の不退転。
迷いを捨て、絶望を乗り越えた余瀬に、恐れるものは何もなかった。
今まさに 輝きを放つ魂を胸に、余瀬明人が躍動する!
「面白い! 天をも掴んだ、絶空天覇!!
這いずるだけの下賤な獣と、格が違うと思い知れ!!」
だが、美空山も負けてはいない。
吹き飛ぶ最中で取り出した、2本目のムチを頭上で振り回し体を宙に浮かせ始めたのである。
強まる浮力で 離陸していく二人の体。
「やめろ翼!! これ以上の加減は出来んぞ!!」
「それは、望むところというものだ!!」
一つのムチでは 上昇程度が関の山。
だが それが二本なら。 果てなく広がる天空は、あまさず彼女の庭となる。
蹴り飛ばした余瀬を置き去りにして 二本目のムチを高速で唸らせる彼女の体が、急速に上昇していく。
そして遥か上空で宙返りを決めた後、一転して急降下する美空山。
触れるだけでダイヤも削れる、ムチの生成する空間を纏う彼女は、もはや攻防一体の殺戮兵器と化していた。
その鋭い瞳が狙う獲物は 行き場を失い降下する、翼をもたない余瀬である。
ズバババババシューーーン!!
しかし覚醒せし魂は、絶空天覇を迎え撃つ。
音速でしなる鞭の先端を正確無比に見極め、それを足場とし対空状態で応戦したのだ。
バキバキィ!! シュバババ!! ズバン!! ズバン!!
「貴様ァ! それでも公安か!」
「俺こそが、公安だ!!」
ズババババシィ!! バシュ!! バシュ!!
もはや人知を超えた応酬だった。
その時。
ボヒュウウゥゥゥゥゥン!!
「ツッ!! どいつもこいつも!!」
そんな2人を今度は隕石が襲来する。
ボボボヒュ!! ボヒュボヒュゥゥゥゥゥン!!!
「ツ!! 賢しいぞ!! 何者だ!!」
かするだけでも ひとたまりもない 恐るべき火の玉の乱舞に身構える美空山。
だが 続々と飛来する隕石は 虚空へと放たれ続ける。
いきなり飛来してきた隕石は 美空山を狙ったものでは無かったのだ。
隕石の出現地点を見据えた美空山は、それが『流れ』の残骸だと知り 憤慨する。
異常な怪力を持つ者が、炎をまとう巨大な『流れ』の鉄クズを まるで隕石のように投げ散らかしていたのだ。
壮絶な怪力の持ち主。
その正体は 正気が失せた、リック次郎である!
サギ丸の炎で 皮膚が焼け焦げたリック・次郎は 犬の形をしたロボットそのものだった。
「出来損ないのガラクタが!」