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第一部『忠信クニミタマ』

  サムライガール 第一部『漣紗々螺』

 トーキョー第八区画コートウ。その一角に大きなお屋敷がたっていた。その一部屋で一人の女性がまったりとお茶を啜っている。

  口だけを露出した赤い鬼太鼓の面を付け、着物を雅やかに着飾った彼女は、ふすまの開く音でゆっくりと顔をあげる。

「遅かったじゃないですか……純玲すみれ

  彼女は来客に対して朗らかな笑みを浮かべた。

「悪いわね。用事を足してたら遅れちゃって」

 金髪を長いツインテールに分けた、純玲と呼ばれた女性が部屋の中へと入ってくる。

「別に忙しい身分でもないでしょう? 紗々さざら

 紗々螺はため息をつくと立ち上がり新しい湯飲みをひとつ用意する。

「ま、世間話は座ってからにしましょうか。今お茶を入れます」

  悪いわねと純玲は言い、紗々螺の座っていた真正面に座った。

 てきぱきと動く紗々螺を見て純玲は言う。

「……いい加減、弟子でも取ったら? せっかくこんな広い屋敷に住んでるんだから……」

「弟子を取るほどえらくなったつもりはないんですがね……」

「むしろ姫になってまでかたくなに弟子を取らない奴のほうが少ないっての」

  純玲は紗々螺の前に座り、お茶を受け取るとゆっくり一口すすった。

「まあ、今日はそんな話をしに来たわけじゃないから、それは今度にしておきましょう。……あんた、クニミタマって知ってる? 」

  紗々螺は座布団に座り直すと純玲の質問に答えた「いや……知りませんね。何それ」

「忠信クニミタマ……最近トーキョーで流行ってる終末思想ってやつで、信じる者は救われるーってやつ」

「ああ、怪しい宗教……」

 純玲はため息をついた。

「どっからともなく現れてどこへ消えるのか誰にもわからない。しっぽをつかませないことに関しては神がかってるといってもいいわね。あそこまで正体不明だと実は裏で何かイケナイことでもしてるんじゃないかって思うくらいね」

「……めんどくさい」

 紗々螺は湯飲みを置いた。

「信じるものがあるのは素晴らしいことだとは思いますがね……サムライの求心力が足りないってことでしょうか?」

「……考えたくはないけど、そうなるのかしら」

 純玲は横に置いたカバンから一枚の資料を取り出した。

 そこには何やら、マークのようなものが書かれている。

「これがクニミタマのマークよ。……ま、直接対決ならあんたの相手にはならないでしょうけど、気を付けるに越したことはないわよ」

「……ええ」

「あ、それはそうとお菓子食べる?いいの買ってきたわよ」純玲はカバンからお菓子を取り出した。「真面目な話はここで終わりにしましょ? 」

「今日はどこのやつ? 」

「剣菱屋」

 純玲はお菓子の包み紙を紗々螺に向ける。

「小豆の名家で有名な? 結構奮発しましたね」

「あら、あんたを訪ねるのに安い菓子を携えるわけないじゃない」純玲は笑って答えた。


「……紗々螺、“予報”出てるわよ? 」

 純玲が屋敷に来てから1時間後……純玲が端末を紗々螺に手渡した。

 そこにはトーキョーのマップが映し出されている。

 そのマップの数か所が赤い色で塗られていた。

「3時間後、第六区画タイトー。……どうせ雑魚ばっかだし任せてくれてもいいわよ?」

「どれどれ……? ああ、確かに。C級か……」

「どうする?」

 紗々螺は端末を純玲に返した。

「いや、出ますよ。……仕事はしないとね」

「……あんたが仕事するとほかの若いのが仕事なくなるってわかってる? 」

「そんなの私に言われても」紗々螺はあきれた声で言う。

「……ま、別に私が言うことでもないけどね。仕事しようって心がけはいいことだわ。私は一旦準備があるから現地で落ち合いましょう」

「ええ、また後で」

 紗々螺は床の間に飾ってあった刀を手に取った。

「あれ? 刀増えた? 」

 純玲はその赤い刀を指さして言った。

「……言ってませんでしたっけ?武御雷たけみかづち火之迦具土ヒノカグツチ……新しく仕立てた二振りです」

 紗々螺は実際に刀を抜いて見せた。

「武御雷……はともかく、何その……ヒノカグツチ?さびてるじゃない」

 火之迦具土の表面はざらざらと赤い錆が纏わりつき、とても切れるような状態ではない。

「ああ、これは錆びてるわけじゃなくてね……こういう刀なんですよ。私の持ってる中で一番危ない刀かも」

「……ま、それは後で見せてもらうとしましょうか」

「ええ、どうかお楽しみに」

 紗々螺は武御雷と火之迦具土、そして2本の刀を腰のホルダーに差し込んだ。


 トーキョー第六区画……タイトー区。

 すっかり人々が眠りについた午前0時……ぞろぞろと集まる人影があった。皆きらびやかな着物に身を包み、腰には刀……サムライ衆だ。

 その中でも深い緑や、濃い藍色で染められた着物の集団がチョークで地面に絵を書いている……胸元には竹を模したバッジが輝いていた。

「はーい、見習いども。陣は描けた? 」

 竜胆のバッジを付けた純玲が刀の鞘を指揮棒代わりに指示を出している。

「少しでも欠けがあったら結界も決壊するわよ」

「それ、駄洒落のつもりですか」

 少し背の高い菊のバッチを付けた女性が呆れた顔で問いかける。

「……違うわよ。サムライに昔からある言い回しだから」

 純玲は鞘で彼女の頭を軽くたたいた。

「減らず口たたいてないであんたも協力しなさい。時間ないんだから」

 遠くからコツコツと下駄の音が聞こえた。純玲はそちらへと振り向く。

「……今日は早かったのね、紗々螺」

「ぜ、前回の寝坊はたまたまで……嫌味を言ってる暇があったらあんたも準備したら? 純玲さん? 」

「お、鬼姫……」

 空気が張り詰めた。その原因はどうやら……紗々螺のようだ。

「ほら!時間ないんだからちゃっちゃと書く! 」

 いや、一人……純玲だけは平気な顔で手を打ち鳴らした。

「……あんたがそこにいるとみんな動けなくなるんだから、あっちで休んでなさい」

 純玲が仮設営のテントを指さす。

 紗々螺はひらりひらりと手を振るとテントへ向かった。

 テントの中には数名のサムライ……5人ほどだろう、皆が竜胆の位を持っている。

「お、おにっ……」

 浮足立って立ち上がろうとする数名を紗々螺は手で制した。

「気、使わなくていいから」

 紗々螺はテント内に置かれた長机の、入り口から一番遠いパイプ椅子に座ると、机の上にあるお茶を一本取った。

「調子はどう? 」

 世間話程度に紗々螺が話題を振る。

「ま、まあまあです」

「まあまあ……か。それじゃダメだね。サムライは常にベストコンディション。いいね? 」

「は、はい! 」

 紗々螺は心の中でため息をついた。彼女らは自分より年上のはずだ。……20歳での姫位……他に例を見ない快挙だと聞いたことがある。なのに何だこのありさまは。位にばかり縛られて……まるで情けない。

「あ、あの……鬼姫様。これを」

 竜胆位のサムライの一人が何かを差し出す。

「ん、ナビホンか」

 耳に取り付けるタイプのイヤホンを差し込み、大きな赤いボタンを押すと女性の声が聞こえてくる。「もしもし! 聞こえますか! こちらサムライ本部です! 」

「応答、こちら『鬼姫』」

「あ、鬼姫さん! どうも、よろしくお願いします! 」

「よろしく。ま、適当にね」

 ナビホンの音量ダイアルをいじる。

「紗々螺、準備できたわ。すぐ出る? 」

 純玲がテントに入ってきた。紗々螺は首を横に振る。

「いや……序盤は任せますよ。ところで……竜胆はこれだけ? 」

「さっきも言ったけど今日は雑魚ばっかだからね。手柄は下に譲るものよ」

 紗々螺は舌打ちをして言った。

「……はいはい、出てきて悪かったね」

 紗々螺は机の上にあったファイルを手に取る。

「竜胆が5人に江戸菊が18人……で、敵がC級人魔10体ほど……」

「強い敵じゃないわ。それこそ、竜胆すらいらないほどよ」

「昇級試験のためのポイント稼ぎにはうってつけ、ってわけですね」

「ええ。それじゃ紗々螺はテントで待機してて。あんたなら5秒あればどこでも駆け付けられるわね? 」

「もちろんです。もしもの遊撃隊ですね? 」純玲は頷く。

「それにあんたの目的は雑魚じゃないんでしょ? 」

 純玲は書類の一か所を指さした。

「強敵反応4%……万が一に備えてってところ? 」

「人魔予報は確実じゃあない。だからこそ時折起こるイレギュラー、強敵反応」

「……そこまでわかってて言うのは野暮ってもんでしょう、純玲」紗々螺は薄く笑みを浮かべた。

「我々を信用していただけてないということでしょうか。鬼姫様」

 二人の会話に割り込んできた、藍色の着物を身に着けたサムライが立ち上がった。

「……失礼。相生道場を営んでおります。相生静玖あいおいしずくと申します」

 静玖はぺこりと頭を下げた。

「……話を聞く限り、我々が至らないせいであなたに余計な仕事をさせている、と思ったもので」

「ずいぶんと真面目なんですねぇ……あなた

 」紗々螺は首だけを動かしそちらを見た。

「恐悦至極に存じます」

「……一つ、訂正しておきますが。私は別にあなたのことを弱いとは思っていませんよ」

 紗々螺は柔らかい物腰でそう伝えた。

「だけど……自分の力を過信しすぎですね相生さん。もっとわかりやすく言えば、人魔をなめすぎだ」

「……なめすぎ? 」

「これまでの努力、実力、運……それらを否定するつもりはない。あなたの頑張りはあなたのものです」そこで一呼吸おくと紗々螺は厳しい顔で告げた。

「だが足りない。圧倒的に足りない。頑張りが、実戦経験が、恐怖心が、おそれに立ち向かう勇気が。それらすべてがあなたには足りていない」

「足りない……ですって? 」静玖の顔が険しくなる。

「そう。足りない。あなた方はたまたま、奇跡的に戦う力を得たに過ぎない。刀を振るうことを、陣を張ることを許されたに過ぎない。その与えられた力を自分の力と過信しているうちは……死にますよ」

「はいそこまで」

 割り込むように純玲が前に出た。

「いい加減にしておきなさい紗々螺、静玖も。そういうのは仕事外でやって」

「……わかりました」

 紗々螺は小さく息を吐くとパイプ椅子に座り直した。

「失礼、若人の戯言と思って聞き流してください」

「あんたねぇ……とりあえず、旧友として私からも謝らせてもらうわ。……紗々螺は人の感情に疎い。気を悪くしたならごめんなさい」

「……いや、鬼姫様に突っかかったのは私です。空気を悪くしてしまい申し訳ありません」

 静玖は深くお辞儀をする。

「先ほど弟子から連絡があったわ。……全員、出れるわね?」

 紗々螺以外の4人が頷く。

「それじゃいくわよ! 」純玲達が次々とテントを飛び出した。

「……ま、何事もないのが一番なんですけどね……」

 紗々螺は机に刀を置いた。

「もしもし、鬼姫さん聞こえますか? 」

「聞こえてますよ」

「ドローンの準備ができたそうなのでモニターを確認していただけますか? 」

 紗々螺は机の上にあった小さいモニターの電源を入れた。ざらざらとした映像がモニターに映し出される。

「C級人魔カイライ」モニターに映し出されているのは小さな人形のような姿をした人魔だ。

「素早いだけの雑魚ですね」

「お、鬼姫さんにはどんな人魔もかなわないと思いますけど」

「当然です。……さすがに負けるような状況ではないでしょう? 」

「ええ。菊級はともかく、竜胆級は苦戦のくの字もありませんよ」

 紗々螺は息を吐いた。

「それはよかった」

「現在このエリアの魔素濃度は38pbsで安定しています。……今日は何も起きないのでは?」

「だといいんですけどね」

「……えっと」

「ん? まだ何か……? 」

 紗々螺は首をかしげる。

「私の顔に何かついてます? 」

「え、あ、いや……鬼姫さんはかなり有名な方ですし、緊張といいますか」

「……私も人間です。あなたと同じ存在ですよ」

 紗々螺は少し柔らかめの声でそう言った。

「わ、わかってます、わかってますけども……仮にも史上最強の姫と呼ばれる鬼姫さんを前にすると……」

「うーん……強さというのは結局のところ、戦況や状況によって変わりますから……私が最強というのは少し違うのでは? 」

「……案外理屈っぽいんですね」

「それも私の強さの一つです。人魔の特徴を知りその特徴に合わせた戦い方をすること。それが特別な力のない私にできる一番の戦い方だと思ってます」

「なるほど……」

「私の『四幻一刀流』も突き詰めればより多くの状況に対応するための剣術ですから」

「四幻一刀流? 」

「ええ。4本の刀を使い分けて戦う戦術です。……戦闘データー映像を見ていないんですか? 」

「見ましたけど……早すぎてわかりませんよ」

「あー……なるほど」

 紗々螺は頭を抱えた。

「一応商売上の秘密でもあるので……あんまり話すわけにも行かないんですがね……」

「な、何とか100倍スローで見てみるとします……」


 戦闘開始から40分ほどたったころ、うつらうつらとしていた紗々螺のナビホンに通信が入った。

「こちら仁也ひとや、全隊に報告! 敵殲滅せり! 繰り返す! 敵殲滅せり! 」

「やれやれ、結局何も起きなかったか……」

 紗々螺はググっと体を伸ばす。

「じゃあ先に帰ります。そう伝えておいてください」

「はい、わかりました。お疲れさまでした!」

 紗々螺はナビホンを外し、テントの外へ出る。若竹のサムライがあちこちで陣を消す作業を始めているのが見えた。

「あ、お疲れ様です! 」

 サムライがお辞儀をする。紗々螺は片手だけ挙げて挨拶をした。

「がんばってね。そういう仕事もサムライの大事な仕事だから」

「はい! 」

「紗々螺! 」

 遠くから純玲が駆けてくるのが見える。

「勝手に帰るんじゃないわよ! ……ってか、それどころじゃなくて! 」

「それどころじゃなくて? 」

 紗々螺は首をかしげる。

「ああもうナビホン外すんじゃないわよ! 」

「……もしや」

 紗々螺は身構える。

「急激な魔素上昇よ。規模は……A級」

「来ましたか……戦えるのは? 」

「はっきり言って私と紗々螺だけね。他の子に相手させるには経験が足りなすぎるわ。……まあ、私も足手まといにならないのが精いっぱいってとこでしょうけど」

「とりあえず若竹の子は作業を中止! 結解はまだ解けてませんね? 」

「大丈夫よ。あなたも……いけるわね? 」

「当たり前でしょう。……ナビホンを」

 紗々螺は近くのサムライの耳からナビホンをむしり取る。

「もしもし! こちら鬼姫! 応答を願います! 」

「鬼姫さん! よかった……ここからそう遠くはないところで魔素上昇を確認しています! すぐに向かってください! 」

「了解」

 紗々螺はすぐに駆け出す。

 角を2つ3つ曲がったところで視界に靄がちらついた。

「魔素が濃くなってる……! 」

「ごほっ……あんまり吸い込むとやばそうね」

 紗々螺があたりを見渡すとこちらにかけてくる人影が見える。

「鬼姫様! 」

「えっと……あなたは竜胆の」

克巳結城かつみ ゆうきです。とりあえず江戸菊のサムライは避難させましたが……」

「それで大丈夫、あなたたちも避難を」

「ちょっと待ってください」

 突如横から入ってくる声、相生静玖が割り込んだ。

「我々もサムライです! まだまだ戦えます! 」

「戦えるって、敵は……」

 前に出ようとした純玲を紗々螺が手で制した。

「……本当に戦えますか? 」

「もちろんです」静玖は頷いた。

「……ならばついてきてください。でも……死にかけても私は助けませんよ? 」

「ちょっと……」

「何事も経験、でしょう? 実力があると自ら言ってるんです。なら私から言うことはない」

「……はぁ。全く……相生さん。頑張る気持ちはわかるけど、危なくなったらすぐに逃げて。これだけは約束してね」

「わかってます」静玖は頷いた。

「あの……私は避難してもいいですか? 」

 克巳がおずおずと手を挙げる。

「ええ、無理は言いませんよ」

「それじゃ、失礼します! 」

 言うや否や、克巳はすたこらと逃げ出した。

「逃げ足早いわね……」

「あれも生き残るための才能ですよ。……少し時間を取られましたが、行きますよ」


「敵対人魔確認……A級人魔で間違いなさそうです」

 ナビホンから甲高い声が聞こえる。

「接敵確認! ……あれは、ユキジョロウ! 」

「A級人魔ユキジョロウ……えっと、資料を確認しますので少々お待ちを……」

「待ってる時間なんてありませんよ! 」

 そういうと紗々螺は火之迦具土を抜いた。

「離れていてください。……近づくと怪我しますよ」

 紗々螺は剣先を地面につけると、そのまま引きずるようにユキジョロウへと駆けだした。

「ちょ、ちょっと! 欠けるわよ!? 」

「ご心配なく! こいつはこうやって火を入れてやらないと使えないんですよ! 」

 次第に火之迦具土の刀身が赤く輝いていく。

「見敵必殺っ! 」

 逆手に構えたまま、一回転してユキジョロウを振りぬく。刀身が触れたその刹那、刀身が爆発を起こした。

「なっ!? 」

 静玖が声をあげた。ユキジョロウをぶち抜いた刀身は錆が落ち、赤く輝く金属に変化している。

「切れば切るほど車のエンジンがかかるように赤く燃えていく、それがヒノカグツチです」

 紗々螺は爆炎と煙を振りはらい言った。

「怯んでる間に私たちも! 」

 静玖が刀を抜く。

「行くぞぉ! 」

「声が震えてるわよ、相生さん」

 純玲も呼応するように刀を抜いた。

「無理もない。A級人魔はそれ一匹で街を壊滅させるレベル……! だからこそ我々がここで止めなければならない! 」

 紗々螺は火之迦具土を納刀する。

「あれ、もう終わり? 」

 純玲が少しがっかりした声で言った。

「あの爆発は刀身が冷えないと起こせません。もちろんカグツチの本領はそれだけではありませんが……何、刀はいっぱいあるんです」

 紗々螺は別の刀に手をかけた。

「武御雷……! 」

 紗々螺は刀に手をかけたまま、姿勢を低く、右足を目いっぱい後ろに下げた。

「……仙速!! 」大地を蹴り、弾丸より早く飛び出した紗々螺は爆発に目をくらますユキジョロウの前に現れた。

「な、なんだあの速さは……!? 」

 何が起きているのかわからないというように静玖が目を白黒させる。

矢原儀やはらぎ流瞬歩術『仙速』よ。一瞬で間合いを詰めて人魔を切る! シンプルにして至高! 」

「……解説どうも」

「いえいえ。……私たちも遅れをとるわけには行かないわ! 」

 紗々螺はユキジョロウを踏みつけ、高く飛ぶ。

「四幻一刀抜刀術……! 」素早く抜かれた武御雷は雷をまとう。電撃が斬撃となり、ユキジョロウを襲った。

「まるで雷……! 」

 静玖は轟く閃光に目を背けた。

「肌がっ……ピリピリしてるっ……わね! 」

 一瞬怯んだものの、純玲は人魔に再び駆けだした。

「一人で見せ場とってんじゃないわよ! 紗々螺!! 」

「だったらさっさと上がってきなさいな! 」

 紗々螺は空中で後方一回転を決めると地面に華麗に着地した。

「見せ場は譲ってあげる! 」

「ありがたくいただくわ! 」

 純玲は刀を上段に構える。足に力を込めるとビルの壁を蹴り、ユキジョロウの眼前へと躍り出た。「矢原儀流陽派……『風閃』! 」

 前方に何度も回転しながら飛び込み切る!ユキジョロウを縦一線に切り裂いた純玲はふらつきながら立ち上がった。

「っ……どう? 」

「勝った……のか? 」

 ユキジョロウは縦に二つになったまま動かない。

「……っ」

 紗々螺は白い鞘の刀に手をかけた。それはほかの3振りより大きく、太刀と呼ぶにふさわしい刀だ。「いや、しぶとい奴ですよ」全く……、と小さく息を吐く。

「まだ息があるとは、さすが人魔といったところですか? 」

 白銀に輝く太刀を抜き放った紗々螺は再び敵へと構えた。

「……政宗! 」刀を横に構えたまま、紗々螺は敵に背を向けた。

「矢原儀流陰派……大旋風! 」

 政宗を構えた紗々螺はその場で半回転。回転の勢いのままユキジョロウを切り裂く。横一線の斬撃は風をまとって飛び、再びユキジョロウを切り裂いた。再び動き出そうとしたかの敵は紗々螺の一撃を受けて完全に沈黙した。

「……対象沈黙。撃破を確認」

 ユキジョロウの体が黒い魔素の霧にほどける。人魔が消滅する際に起こる現象だ。

「ふぅ……」

 紗々螺は刀身にこびりついた塵を落とすように払うと、鞘へと収めた。

「消滅反応を確認するまで油断はしないこと。こんなの基礎の基礎ですよ」

「はいはい、ま、勝ったんだからいいじゃない」

「全く……相生さんもお疲れ様」

「……ああ」

 静玖は顔をそむけた。

「……? 特に用事がなければ私は帰りますが」

「いや、大丈夫……特に用事はない」

 紗々螺はナビホンを純玲に手渡す。

「……そろそろ自分専用のナビホンを買いなさいな、純玲」

「私の戦い方だとすぐ壊れるんでね。支給品をなんとなく使ってるのが一番楽なんですよ」

「……稼いでるんだから壊れない奴を買いなさい」

 考えておく、と言って紗々螺は自宅へ歩き去りながら手をひらひらと降った。

「……気負うことはないわ。相生さん」

 純玲は振り向かずに静玖へと声をかけた。

「あいつレベルの化け物と対等に戦おうとするのがそもそもバカな話よ」

「……そういうあなたはあの鬼姫と対等に渡り合っているように見えますが」

「え、私? 私はそりゃあ……あの子の姉弟子だからね。負けるわけにはいかないのよね」

 純玲はあいまいな表情でぼやかした。

「……ま、自慢ってわけじゃないけど……紗々螺レベルのサムライになるのは実力と運がないと無理ね」

 ところで、と純玲は聞く。

「やっぱり相生さんも姫になりたいクチ?」

「わ、私は……ただ誰かを守れるようになりたいというだけで、そのためなら立場はあまり……」

「へえ、謙虚なのね。……よい心がけだわ」

 純玲は刀に着いた塵を拭うと鞘へと収めた。

「それじゃ、私も撤退準備しないと。……それじゃあね、相生さん」


 ~第一章~「廿六樹琥珀」

 雨ノ月 十八日

 庭の掃除をしていた紗々螺の耳に甲高い金属音が聞こえた。……ポストに何か届いたようだ。

「……あ、そういえば今日か」

 紗々螺は箒を置くとポストの中から1冊の本を取り出す。

「月刊オート・マタ……いいパーツがあればいいんだけど」

 その場でパラパラとページをめくる。「お……これとかいい感じ……」

「……家の中で読みなさい」

 突如、本が何者かに下げられた。

「かんっぜんに怪しい人よ」

「うわっ!? 」

 紗々螺は思わず本を上に投げる。純玲はそれを片手でキャッチした。

「うわっ……じゃないわよ。全く」

「い……いきなり話しかけられたらそりゃ驚きますよ……とりあえず返してください」

 紗々螺は純玲から本を奪い取る。

「……まだ完成しないわけ? 」

「ええ、クオリティをあげようとすればそればかりは仕方のないことなのですよ」

「人間に近い完璧なオートマタねぇ……そんなの、作れるわけ? 」

「現段階では無理です。……ガワはほぼ完成してますが。内部パーツがどうしても求めるレベルに到達していなくて……望みとしては“魔界”のものが欲しいところです」

 紗々螺がその単語を口に出した瞬間、純玲に緊張が走ったのがわかった。

「魔界って……それはあまりにも無茶というか、無謀というか……」

「うーん、せめて設計図の一つでもあれば……」

「そもそも魔界はサムライ以外立ち入り禁止でしょう。欲しければ自分で行くしかないと思うわ」

 純玲の言葉に紗々螺はため息をつく。

「魔界なんてそうそう行きたい場所じゃないんですけど……」

「だったら探査隊のサムライに任せておきなさい。……ほら、早く中に入りましょ」

「……ここ最近毎日のようにお茶をたかりに来てますけど暇なんですか? 」

「いや、全く? むしろ弟子の教育に忙しいぐらいよ」

「ほんとかな……」

 訝しむように紗々螺は純玲を見た。

「ちょっと、何よその顔。なら一回見に来る? 」

「暇ができたら、ね」

 道場内部……さっそくだけど、と純玲は持ってきた話を切り出した。

「紗々螺、ちょっといい? 」

「ん?どうしたの? 」

「実はうちの弟子、何人か預かってほしいのよ」

「弟子を? ……それはまたどうして」

「……うちの教育形態は知ってるでしょ? 」

 純玲の質問に紗々螺は頷いた。

「まあ、よく行きますからね。あなたの道場」

「うちは竜胆1人に江戸菊2人、若竹5人をつけてるわけなんだけど……竜胆を一人、剛力姫のところに出向することになったのよ。あんたは知らないだろうけど、道場全体の教育技術上昇研修ってやつで」

「剛力姫……えっと」

「……ちょっとあんた、うそでしょ……? 」

 純玲が目を丸くしている。

「あ、あんた、姫なんだから少しは興味持ちなさいよ……」

「うーん……トーキョーからめったに出ないもので」紗々螺は後頭部を掻いた。

「十三姫なんてどんなサムライでも知ってるわよ……」

「さすがに一人なら言えますよ」

 紗々螺はどや顔でそういった。

「……自分でしょう? 『無慈悲な鬼姫』さん? 」

「……ええ」

「はぁ……」

 純玲はため息をつく。

「この世界に4本の塔があるのは知ってるわね? 」

「トーキョー、リメリカ、イギラス、アリシアの4つですね」

 純玲は頷いた。

「さすがにそれぐらいは知ってるわね。……その中でもトーキョーは一人しか姫がいないエリアで、それがあんたよ」

「道理で仕事が忙しいわけです」

「……ちなみに前姫の名前くらいは憶えてるわよね? 」紗々螺は頷いた。

「まあ。かなりお世話になりましたからね……『剛炎の暁姫』こと、八住詩織やずみ しおりさんですね」

「ええ。暁姫が引退したからあんたが繰り上がりで姫になったようなものよ」

「運も実力のうち、というやつですね」

「別にそこは否定しないわよ。……で、ほかの塔には4人づつ、計12人の

 姫がいるわけだけど。まずはリメリアの姫ね」

「確か……霧姫って方がいましたね」

「ええ。『混迷の霧姫』霧装葉布むそう はぎれ。あんたほどじゃないけど21歳で姫になった実力者よ。……とはいえ、戦闘能力というより、頭脳の方を買われたって話だけどね」

「ほう、ほかには?」

「……あんたほんと何も知らないのね。えっと他には、『蟲毒の毒姫』こと、毒島楠ぶすじま くす。『規律の軍姫』の異名で知られる王野戯志岐おうのぎ しき。『激音の歌姫アイドル』、賛頼泉生さんらい いずきね」

「……だめだ、覚えられない」

紗々螺は早々に諦めた。

「死ぬ気で頭に叩き込みなさい! ……たく、若竹の座学レベルの話をしなきゃならないなんて……」

「……別に頼んでないんだけどな」

「あんたには座学もしてもらわなきゃならないのよ。チュートリアルだと思ってちゃあんと聞きなさい」

 純玲は腰に手を当て、やれやれとポーズをとった。

「次はイギラスの姫ね。一人はさっき言った『豪傑なる剛力姫』ね。名前は佐倉優紀さくら ゆうきさん。姫の中では2番目にベテランで、かなり面倒見がよいことで有名よ。実力も確か……といっても、刀は苦手みたいだから、あんたの相手にはならないでしょうけど」

「そりゃどうも」

「他には『呪花香る呪姫』、逸蕪木琴子いつぶき ことこちゃん。御年18歳よ」

「……あれ、確か……20歳で姫になったのは私が初めてだって聞いたんですが」

「そりゃ、現場からのたたき上げでの話でしょ?呪姫は……ちょっと特殊な経路で姫に推薦されたのよ。……この子も前に立って戦うタイプ、ってわけじゃないわね」

「……ギネス記録かと思ったのに、残念です」

「へぇ、あなたもずいぶんくだらないジョークを覚えたのね。なかなか面白いわよ」

 純玲は口に手を当てクスリと笑った。

「剛力姫、呪姫……あとは『自縛の人形姫』か。西園寺アリス。噂によるとかなり遠くから来たって話よ」

「確かに……あんまり聞かない雰囲気の名前ですね。……で、最後は? 」

「最後は『冷酷な氷河姫』……会津由梨あいず ゆり……あんまり表には出てこない人ね。実在するのかも怪しいって話よ」

「……討伐にも出てこないってことですか? 」

「みたいねぇ。……一応顔写真や戦闘の様子を見た、って人はいるみたいだけど」

 純玲はツインテールを指でくるくるといじりながら言った。

「最後にアリシアか……まずは『純潔なる椿姫』……鑪禊たたら みそぎさん。彼女は姫の中では珍しく薙刀を使うそうよ」

「薙刀……? あの、槍の先に刃が付いた? 」

「ええ。その堅実な戦闘スタイルから、彼女こそ真の姫だという声も少なくないわ」

「大和撫子……いいですね」

「そして『確固たる正義姫』……仙左慈芽衣せんさじ めい……正義正義うるさい奴だけど実力はあるって話」

「正義の使い方を間違ってないといいんですけどね」

「次が『傍若の武人姫』野分鈴鹿のわき すずか……戦い方はかなり野生的でワイルド……よく言えばね」

「……んー? なんかずいぶん言い方に棘があるような」

「……あんまり好きじゃないのよ、野分さん」

「それは……あってみたいような、そうでもないような? 」

 紗々螺は首を少し傾げた。

「ま、それはいいじゃない。えっと、最後の姫は……」

 紗々螺は重々しく口を開く。『残酷なる殺人姫』

「……さすがに知ってるか」

「ええ。与那国逸佳よなぐに いつか……底の見えない人です」

「ええ。……実力も相当あるって噂よ」

「はぁ……怖いですね、ほんと」

「わかってるでしょうけど喧嘩売るんじゃないわよ」

「わかってますわかってます。さすがの私でも、殺人姫にはケンカ売れませんよ」

「ならいいけど……」

 純玲は疑うような目で紗々螺を見た。

「……話がだいぶ脱線しましたが……要するに私は弟子を預かればいいんですね?」

「ええ。預かってほしいのは若竹3人。別に試験まで面倒見ろってわけじゃないわ。……とりあえず、江戸菊の試験を受けられる程度までは鍛えてくれると嬉しいけど」

「う……ん。はっきり言って、矢原儀流陰派は私に合わせて調整した剣術なのでほかの人が使いこなすのは難しいと思いますけど」

「あら、あんた陽派も使えたでしょ?」

 紗々螺は渋い顔をする。

「使えはしますけど……正直精度は全くと言っていいほどダメダメですよ? 」

「あんたレベルならそれでも通用するわ。……明日からこっちに来るよう言って置くからよろしくねぇ~」

「……せめて断る選択肢をくれても文句は言いませんよ? 」

「あら、断ろうっていうの? 」

「……いえ、あとでいろいろめんどくさそうなので止めておきます……」

「賢い選択ね」

 純玲はにっこりと笑う。

「ああ。そうそう……もちろんただってわけじゃないわよ。それなりの報酬は用意させてもらうわ」

「別に気を使わなくてもいいんですよ? 」

 紗々螺は立ち上がり、お面を外した。その顔面には、大きなXの傷跡が残っていた。

「私とあなたの仲でしょう? 」

「……そう、ね」

 純玲は顔を伏せる。

「……ああ、悪いんですが、これから出かける用事がありましてね。話が以上なら私はもう家を出たいんですが」

「えっ」

「……え?とは」

 純玲は顔をそむけた。

「いや……あんたほどのインドアが外に出るなんてと思ったらつい……ごめんなさい、謝るから」

「謝って許される……とでも? 」

 紗々螺は純玲ににらみを利かす。

「……あんたって、元の顔がいいからお面付けてないと威厳も何もないわね」

「あっそ」紗々螺はショルダーバッグを背負うと立ち上がった。

「途中まで一緒に行くわ。紗々螺」

「別についてこなくてもいいけど」

「遠慮しなくていいって」

 紗々螺はため息をつくと諦めたように手を差し出した。


 両手に買い物袋を提げた紗々螺は自身の道場に帰る途中、おかしなものを見た。白いコートに身を包み、街角で演説をしている集団だ。紗々螺はその胸につけられたマークに表情が厳しくなるのを感じた。

「少し、見学してみましょうか」意を決したように紗々螺はその集団に近づく。

「……本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私、八木と申します」

 さて皆さん、と八木が語り掛ける。

「皆さんはこのトーキョーをどう思いますか? 」

「どうって……まあまあ住みやすいんじゃないの?」

 買い物バッグを下げたおばさんが独り言のように言った。

「なるほど……確かに、一見問題はないように思いますが……実はそうではありません。私どもの調べによりますと、このトーキョーにおいて人魔による被害は年間千人以上とも言われています」

 八木の発言に群衆がざわつき始める。

「……ええ、そうです。皆さんを守るはずのサムライはほとんど仕事をせず、罪のない人間が数多く亡くなっているのです! 」

 八木の声は力強く、民衆に訴えかけるように一言一言紡がれていく。

「……おっと、そういえば我々がどのような活動を行っているのか……その説明がまだでしたね。我々クニミタマはスサノヲ様を主とし、設立した団体です。スサノヲ様は世界でも唯一といっていいほど、人魔と意思の疎通ができる人物です」

「意思の疎通……」

 思わず紗々螺の口から言葉が漏れる。

「我々は人魔と共存し、人魔と共に歩むことができる……そう考えているのです!」

 八木は力強く右腕を振り上げた。

「どうか皆さま! 我々に力を貸してはいただけないでしょうか! 頼りないサムライに変わり、新しい時代を我々の手で作り上げるのです! 」

「……」いてもたってもいられず、紗々螺は前に進み出た。

「おや、あなたは……」

「先ほどから聞いていましたが……理想や理念ばかり立派で肝心の中身がない。そもそも……嘘をついてまで信者を集めるべきではない」

「……なんのことだか」

「サムライとして、言わせていただきますが」

 紗々螺は語尾を強くする。

「人魔の被害が年間千人というのは、死傷者数の事です。実際に亡くなっているのはその中の1割程度、それもほとんどが現場に携わるサムライです。……サムライが仕事をしていないというのであれば……今頃、トーキョーは壊滅していますよ」

「サムライの方でしたか……それは失礼をしました」

 八木は深々と頭を下げる。

「ですが……市民に被害が出ているのは事実。我々ならその被害自体を0にできる……その自信があるのです」

「……私が気になったのはあなたたちが我々サムライをまるで無能扱いしてる、その一点だけですから。では」

「いえ。我々も少し感情的になってしまいました。……ですが、それだけ我々もこの国の行く末を案じ、何とかしたいと思っているのですよ」

 八木は悪びれずに言う。

「……まあ、あなたはサムライという立場上、我々に共感するわけにもいかないでしょう。ですがぜひとも一度お話を聞いていただきたい」八木は胸ポケットから名刺を取り出す。「受け取っていただけますね?」

「……ええ。是非」

 紗々螺は受け取った名刺を無造作にポケットに入れる。

「では、お仕事頑張ってください」

 八木は周りの取り巻きと共に手を振る。

「……笑顔が顔に張り付いてるような男だな……」

 誰にも聞こえないように紗々螺はつぶやくと、その場を立ち去った。


「……やれやれ、いらん時間を食った」

 考えてみれば結構な炎天下、せっかくの食品が傷まないかと今更ながら心配になった紗々螺は少し小走りで道場に帰ることにした。

 それがどんなサムライであれ、基本的に下積みの時代というものはある。サムライは若竹の頃から、炊事洗濯、道場の掃除と一通りは叩き込まれている。そしてそれは紗々螺も例外ではない。

 女性社会であるサムライは家事ができなければ務まらないのだ。

「……ま、弟子もいない私はだいたいカップ麺ですが……料理もめんどくさいですし」

 ではなぜ紗々螺は買い出しに出かけたのか。それが仮の弟子とはいえせめて飯くらいはしっかりと食べさせてあげたいという親心であることは疑いようがないであろう。

「……ん? 」

 ふと紗々螺は足を止めた。道場の前に見慣れぬ人影、一瞬道場破りかと警戒したが、どうもそうではないらしい。

 紗々螺が警戒して遠くから眺めていると、その人影は揺らりゆらりと揺れ、倒れてしまった。紗々螺は慌てて駆け寄る。

「ちょ、ちょっと、しっかりしてください! 」

「……」ぐぅと腹の音がなった。

「……お腹すいてます? 」

 人影は倒れたまま顔だけを動かす。紗々螺は買い物袋から棒状の栄養食を取り出すと顔の前に置いた。

「とりあえず……それ食べていいですよ」

「うう……」

 弱弱しくそれをつかみ取った彼女は袋を歯でかみちぎるとむさぼるように中身を食べた。

「……よっぽどお腹がすいてたのか……」

 紗々螺は手を差し出す。

「そろそろ動けます? ……なんか作りますよ」

「かたじけない……」

 女性は手を取り立ち上がる。服装から見てサムライだろう。胸には竹のバッヂが付いている。

「サムライ、ですか」

「え? ああ……はい、そうです」

「行き倒れてたくらいだし、遠くから来たんですか?」

「え、ええ……まあ」

 彼女は弱弱しく微笑んだ。

「師匠はどなたですか? 」

「…………」彼女はだんまりを決め込んだ。

「言いたくない、と? 」

「察したのなら……触れないでください」

 まあ、あとで調べればいいかと紗々螺は思い直す。

「何か食べたいものがあれば作りますが……」

 紗々螺は女性を居間に座らせると台所に立った。

「お、お任せします」

「うーん……まあ、簡単に作りますか」

 買ってきた食材を食材庫に入れた紗々螺は調理を開始した。

「そういえば……まだ名前も聞いてませんでしたね」

「廿六樹です。廿六樹琥珀とどろき こはく……。えっと、あなたは……道場を経営してるってことは竜胆ですよね?」

「え? あー……」

 紗々螺は顔に手を当て、お面をつけていなかったことを思い出した。どうもお面ばかり有名になって顔を覚えられていないらしい。

「漣紗々螺と言います」

「漣さん……」

 紗々螺は鍋に油をひく。切った具材を大雑把に鍋に放り込むと豪快に鍋を振り始めた。

「あの、漣さん! 」

「はい? 」

 紗々螺は首だけ少し振り向いた。

「……あとで手合わせお願いできないでしょうか」

「んー……まあいいですけど」

 断る理由もない。

「ありがとうございます! 」

 紗々螺は鍋にご飯を入れた。作っているのはチャーハンのようだ。

「あの、ところで……ほかの弟子の方は? 」

「ああ、弟子はいませんよ。どうも、人に教えるのは苦手でね」

「そ、そうなんですか……」

「ま、明日から別の道場の弟子を数人預かることになっていますがね」

 紗々螺は完成したチャーハンを盛りつけた。

「ま、詳しい話は食べながら聞きますよ。ハイどうぞ」

「……いただきます」

 琥珀はレンゲを弱弱しく口に運んだ。紗々螺はやかんに沸かしたお茶を湯飲みにそそぐと、琥珀の正面に座る。

「……それで? 」

「んえ」

「色々聞かなきゃいけないこともあるようですから」

「ああ……そうですね。何から話したものかな」

 琥珀はレンゲを口にくわえたまま考え込む。

「まず……私はトーキョーの外、リメリアから来ました」

「リメリアですか……」

「はい。……元は別のサムライに師事していましたが……」

 琥珀はうつむく。

「ああ……破門したんですか」

 紗々螺は考え込む。師が合わなければ道場を破門し、抜けることはできないわけではない。だが、一度破門されたサムライはそうそう次の道場に入ることはできない。

「それで、自分探しと称してあちこちの道場を回っているのですが……」

「いまだ見つからない、と」

「はい……」琥珀は首を縦に振った。

「わがままというか、上から目線で申し訳ないんですが、師匠に恵まれないというか……いう通りにしてもなかなか上手くならないんです」

「……剣の道は耐えしのぐ道。自分に合わないからといって投げ出していては上手くなりませんよ……と、説教してみますが」

「う、やっぱり」

「……ま、私が言えたことじゃないか」

 紗々螺はため息を吐いた。

「あの……ちなみに、漣さんは強いんですか?」

「どう思います? 」

「うーん」

 琥珀は少し考えていった。

「やっぱり強いんじゃないですか? 」

「ほう……どうしてそう思うんですか? 」

「弱そうには見えなかった、ってだけなんですけど……」

「直感はサムライにとって大事な要素です。恥じることはありませんよ」

 紗々螺はうっすらと笑いを浮かべる。

「……もし、ですけど。私があなたに、師匠になってくれって言ったらどうします? 」

「んー……私に勝てたらいいですよ」

 紗々螺はとぼけたように言う。

「私の弟子を名乗っていいのは私に勝った人間だけです」

「……もしかして、弟子がいない理由って……」

「そこに関しては……ノーコメントで」


 漣道場・鍛錬場。

 紗々螺は木刀を琥珀に投げ渡した。

「遠慮はいらない。かかって……来なさい! 」

 紗々螺も木刀を構える。

「お応ッ! 」

 琥珀は木刀を顔の横に構えるとそのまま突っ込んでくる。

 突っ込んできた琥珀を紗々螺は木刀ではじくとそのまま体を半回転させた。右の裏拳、手刀の一撃で琥珀の首の後ろを小突く。

「がはっ……」

 琥珀はよろめく。紗々螺は体を回転させた勢いで飛びのくと琥珀から距離を取った。

「そんな、ものですか? 」

 紗々螺は煽るように言うと挑発するように指を動かした。

「くっ……まだまだっ」

 琥珀はよろめく体を無理やり起こすと木刀を構える。

 切りかかってくる琥珀を紗々螺は体の移動だけで回避する。

「大振りも大振り、そんな攻撃が当たるとでも?」

 紗々螺は体勢を低く保ち琥珀の懐に潜り込む。紗々螺は木刀を翻すと、脇腹に一撃を叩き込んだ。

「遅いっ! 」

 紗々螺は木刀を素早く構え直し、前かがみになった琥珀のお腹を振りぬいた。

「がっ……」

 琥珀は木刀を手放し、ばったりと倒れこんだ。

「……弱い。パワーだけはあるようですが、ただ力任せに刀を振るうだけでは切れるものも切れないっ! 」

 紗々螺は木刀を投げる。

「っ! 」

 琥珀は木刀を盾として飛んできた木刀をはじいた。紗々螺ははじかれた木刀を空中でつかむと、その勢いのまま琥珀をけりつけ、足蹴にする。

 よろめいた琥珀に紗々螺は木刀で最後の一撃を加える。今まで虚勢と意地で立っていた琥珀もとうとう起き上がれないほどに打ちのめされた。

「うーん……シンプルに刀の使い方が下手、ですね」

 紗々螺は木刀を収める。

「う、うう……」

 琥珀はお腹を押さえて立ち上がった。

「刀を振る、簡単に言えますがそれはただ棒を振るうのとは全く違う……当てればダメージになるぼっきれと違って刀は刃で切らなければ何の意味もない。ですがあなたはただふるうことに全力を尽くしすぎている」

 紗々螺は壁の棚から先ほどのものより大きい木刀をつかみ取った。

「これは所謂“太刀”と呼ばれる刀です。大きく女性が振るうには難しい刀ですが……あなたのような力のあり余ったサムライにはこっちのほうがいいでしょう」

 琥珀はその太刀を両手で受け取る。

「まだやれるでしょう? もう一度……かかってきなさい! 」

 紗々螺は琥珀に向き直る。

 琥珀は太刀を両手で持ち、刀身を横に、体の右に構えた。

「おらぁ! 」

 琥珀は勢いよく太刀を振りぬく。紗々螺は太刀のさらに上へと飛び、一閃を躱した。紗々螺は不敵に笑みを浮かべると、自身も木刀を構えた。

「さっきよりは迫力は増しましたね」

 紗々螺は再び体制を低く、突撃の構えを取った。

「……なら私もここからは手加減をしません」

 紗々螺は腰に収めた木刀の柄を握る。

「漣流奥義、『角龍』っ! 」

 足のばねを使い、一歩で琥珀の懐に潜り込んだ紗々螺はゼロ距離で木刀を抜いた。へその少し上を切られた琥珀は唾液を散らす。

 さらに前へと進もうとする自分の体を無理やり抑え、大きく一歩踏み出した紗々螺は木刀を両手で構えると、思い切り臍部を突く。

「っ……」

 一切の容赦なし。特訓とは何だったのか……

「ん……ちょっとやりすぎました? ごめんなさい……大丈夫?」

「か、体だけは……丈夫なので……」

 琥珀は木刀を杖に立ち上がる。

「……しっかし、抵抗してもよかったんですよ? 」

「いや、あの……反応できなかっただけなんですが」

「おっと、それは失礼」

 紗々螺は琥珀の目の前に座る。

「で、少しはつかめましたか? 」

「つかめた……とは? 」

「矢原儀流の基本は敵に合わせた攻撃をすることです。どんな敵、どんな攻撃だろうとその技には必ず隙がある。その隙を逃さず利用するのが矢原儀流です」

「……」

 紗々螺は琥珀に手を伸ばした。

「あなたは基礎ができていませんが……それでも光るものは感じます。元来弟子を取るような性分ではありませんが、まあ一人二人増えるぐらいは変わらないでしょう。弟子入りを希望するなら考えなくもないですよ」

「……少し考えさせてください」

「ご自由に」

 紗々螺は立ち上がると道場を後にした。

「カギはあとでかけておきますから動けるようになったら帰っても構いませんよ」

「わかりました」


 翌日……

「はぁい」

「……当然のように来ますね、あなた……」

 純玲は表情をむっとさせていった。

「そりゃあ私が頼んだ仕事だもん、初めくらいは面倒見るわよ……」

「べーっつに保護者面はいらないんですけどねぇ」

「ハイハイ、減らず口はそこまでにしておきなさい。みっともないわよ」

 純玲は横に一歩引くと後ろにいた3人を前に進ませた。

「ほら、ご挨拶」

 眼鏡をかけたいかにも真面目そうな女性がまず先に前に出る。

伊田滝吹歌いただき すいかと申します。この度はご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「見ての通りの真面目チャンよ。……あんたとは気が合うかもね。ハイ次」

「ウィッス」

 純玲が彼女の頭をはたく。

「名乗れ阿呆」

「てて……片桐刑かたぎり けい……です」

「まーみての通りバカだけど実力はあるわ。辛抱強く付き合ってやって頂戴。ハイ次」

 小さな女の子がおずおずと進み出る。

士道琲しどう はいです……」

「もっと元気よくっ! 」

「は、はいっ!! 」

「はぁ……こんな性格だけどやる気はあるから見捨てないで上げて」

 紗々螺は三人の顔を見る。

「言って置きますが……どんなに優秀な師に出会えても、一流のサムライになれるかどうかはあなた次第です。必要なことは教えましょう。そこから何を学び取るか……楽しみにしていますよ」

 純玲は背を向けた。

「んじゃあ私帰るから」

「ええ、ご心配なく」

「ん……? 誰か来るわよ? 」

 純玲の向いた方向を向くと確かに、誰かがこちらに向かってくるのが見えた。

「あれは……琥珀? 」

「ん? 誰よ、それ」

 琥珀は息を整える。

「あの……昨日の約束、まだ有効ですか? 」

「……その気があるならね」

「だったら……お願いします。私にも技を……教えてください! 」

 純玲は目を丸くする。

「あらぁ……物好きな」

「物好きとはなんだ物好きとは! 」

「いや事実でしょ」

 琥珀は紗々螺の顔を、いや、その面を見る。

「……そんなお面つけてましたっけ? 」

「プライベートでは外してるだけです」

「……もしかしてあんた、なんも説明してないわけ? 」

「ふむ、そういえば言ってませんでしたね」

 ため息をつく純玲を横目に紗々螺は腰に手を当てる。

「サムライ拾参姫が一人、『無慈悲な鬼姫』こと漣紗々螺です。よろしく」

 理解ができないという風に固まる琥珀に純玲が助け舟を出した。

「本当よ。こう見えて姫だから」

「え、ええぇ!? 」

「その気持ちはよーくわかるわ。……こんなぼんくらが本当に姫かって思うわよねぇ」

「何堂々と悪口言ってんですか。まごうことなく姫ですよ」

 口をパクパクとさせていた琥珀だったが、大きく息を吸い込むと自らを抑えた。

「い、いえ。望むところです! むしろ姫に弟子入りする機会なんて願ってもないことです」

「……後悔しても遅いわよ? 」

「どーしてそう……私の評判を下げるようなことしか言えないんですかあなたは」

「なんでってそりゃあんたがもともとそういう性格だからでしょ? 」

「こんの……減らず口」

 横から見ていた琥珀がふふっと笑う。

「仲いいんですね、お二方」

「腐れ縁といってください。別に好きで付き合ってるわけじゃ……それよりあなた方はさっさと中に入って荷物を片しなさい」

 紗々螺はしっしっと弟子たちを追いやる。

「全く……最近の子は大人をなめすぎですね」

「あんたもまだ若いでしょうが」

「ほんとあなたは私の言うことにいちいち反撃してきますね……」

「ま、近くにお手本がいるからね。……人を怒らせる天才が」

 純玲は小悪魔のように笑った。

「いいでしょ? 今となっちゃあんたに文句言うのなんて私ぐらいなんだから」

「んむぅ……」

「それに今回のことはあんたにとって必ずいい変革をもたらすはずよ。文句をうだうだいうより、まず行動してみたら? 」

 紗々螺はぷいと横を向く。

「なもん言われなくてもわかってます」

「よろしい。それじゃよろしく」

 純玲は手をひらひらと降った。

「……はぁ。全く心配症なんだから」

 紗々螺は髪をぐしゃぐしゃと掻く。

「あの、紗々螺さん? 」

 道場の門から琥珀がのぞく。

「ああ、今行きますから」

 そういうと紗々螺は弟子たちの後を追ったのだった。


 道場……紗々螺と弟子の4人が集っている。

 4人は白い訓練着を身にまとい、横に木刀を携えている。

「さて……琥珀は昨日実力を見たのでいいとして、ほかの3人はどうでしょう」

 紗々螺は4人をゆっくりと眺める。

「伊田滝と士道。片桐と廿六樹で戦ってもらいます」

 伊田滝と士道が立ち上がる。

「木刀とはいえ、当たれば相当痛いですよ。それが嫌なら手は抜かないように」

 伊田滝は木刀を構える。士道は震えながらも相手を見据えた。

「……初め! 」

 伊田滝は刀を上段に構え、とびかかる。

「イヤーーー! 」

 声をあげながら刀を振り下ろした。士道はそれを右のステップでよける。

「……固いな。動きが硬い」

「え?」紗々螺のつぶやいた独り言に琥珀が反応する。

「あれじゃまるでスポーツチャンバラだ」

「スポーツチャンバラ……? 」

 紗々螺は頷く。

「基本ができてることは決して悪いことではない。でも……彼女は基本にとらわれすぎている」

 攻撃を回避された伊田滝は慌てて体制を立て直す。

「人魔はただの敵ではない。基本はできて当然! 必要なのは応用、その一歩先! 」

 伊田滝の2撃目、3撃目に対しても同様に回避を行うばかりで攻撃しない士道……

「何をしている……攻撃しろ! 士道! 」

 廿六樹がこらえきれずに叫ぶ。紗々螺はその様子を見て、ポツリと言葉を漏らす。

「……士道は大局を見て戦うタイプのサムライか。その一瞬で戦ったりはしない。私に近いタイプですが……まだ判断力が足りないですね」

「大局~? 」

 片桐は理解を拒否するように首を傾げた。

 伊田滝はなおも打ち込みをやめないが、その息が上がってきている。

「私は……力も技も早さもない。はっきり言って誰かと戦う勇気もない。でもサムライは続けたい……! だからこそ考えついた唯一の方法! 」

 士道は木刀を構える。

「くらえっ! 『一激必察いちげきひっさつ』!」

 士道が振りかぶった木刀は伊田滝の脇腹を貫く。

「どんな敵でも一撃で仕留める……それが私の戦い方です! 」

「そこまで! 木刀を置きなさい、二人とも」

 紗々螺が立ち上がった。

「伊田滝、負けて悔しいかもしれないがこのテストは勝敗を競うものではない。勝ち負けは置いておきなさい。そして士道、勝利自体は素晴らしいものですが、実力は未熟! 驕ることなく励みなさい! 」

 二人は元の場所に戻る。紗々螺は次の二人を視線で促す。

「次、片桐と廿六樹! 」

「はいっ! 」

 二人が立ち上がる。

「ま、適当にやろうね、琥珀ちゃん」

「失礼、全力でやらせてもらう。……全力しか知らないもんでね」

「えー……」

 片桐がぶーぶーと文句を垂れる。

「伊田滝ちゃん」

 紗々螺は背後から伊田滝に声をかける。

「はい、なんでしょう」

「あなたから見て、片桐ちゃんはどんな人ですか? 」

「やる気のない人……ですかね」

「そうですね。やる気がない人だ。ただ……元からやる気がないわけではないらしい」

 片桐は伸びをして、余裕そうな表情で琥珀を待ち構える。

「……行くぞっ! 」

 琥珀は太刀スタイルの木刀を振りかぶった。

「さて」

 片桐は木刀も構えずに言った。

『陰来』

「っ! 」

 ふと気が付くと片桐が琥珀の後ろに立っていた。琥珀は慌てて声のする後ろを振り向いた。

「早いっ!? 」

 思わず伊田滝が立ち上がる。

「いや、視線誘導、速さではなく、身のこなしだ」

 紗々螺が真剣な顔で言う。

 片桐は琥珀を木刀でつんつんと突き、挑発するように笑った。

「私、やる気はないんだけどさ。なんでだと思う? 」

「……」

「できるからなんだよね。だいたいなんでも。天才肌っていうの? だからわざわざ苦労する必要もないし」

「なるほど。その動きもか。……確かに、素晴らしい才能だ。ところで……ほかには何ができる? 」

「んー? 」

「それで手品の種も尽きたというのなら……私も手を出させてもらう! 」

 琥珀は木刀を脇に構える。

「どれだけ早く動こうが絶対にかわせない方法がある」

「ふーん、どんな方法? 」

「そいつは……こうだ!! 」

 琥珀は木刀を構えたまま大きく一回転する。

 慌てて体制を低く木刀を躱した片桐だったが、不意に体制を崩す。

「昨日漣さんと戦って思いついた方法だ。どれだけ早くても、どれだけ強くても、絶対に躱されない方法ッ! それは全体攻撃だ! 」

 琥珀の振るった木刀がものすごい風圧を生む。風にあおられた片桐は何とか体制を保った。

「む、無茶苦茶だ……」

「暴力的全体攻撃ィ! 」

 琥珀は木刀を高く掲げた。

地振鳴動ちしんめいどうっ! 』

 琥珀は木刀を道場の床にたたきつける。その衝撃は道場全体に伝わり、地震となる!

「わっ! わわっ! 」

 立っていられなくなった片桐は片膝を突く。

「なるほど、暴力的全体攻撃……悪くはないけど、コスパは悪いですね」

 揺れる道場に一切動じず紗々螺は座っている。

 琥珀はゆっくり片桐に近づくと木刀を頭の上に突き付けた。

「チェックメイトだ」

「なーるほどぉ……」

 片桐はゆっくり立ち上がると琥珀を睨みつける。

「さっきの言葉、少し訂正しておくね」

「あ? 」

「やる気はないけど……0じゃないから! 」

 いうや早く片桐は体制を下げる。琥珀は動きを追うように木刀を動かすが、不意に体が傾くのを感じた。

 片桐が足払いの要領で琥珀の足元をけり付け、空中に浮かせたのだ。

「さっきの質問、まだ答えてなかったっけ? ……これで終わりじゃないんだよねぇ! 」

「痛ッ! 」

 とっさの一撃に体が付いていかず、琥珀はお尻から道場の床に着地する。

 その隙を逃さず片桐が首元に木刀を突き付けた。

「形勢逆転……だよねぇ? 」

「そこまでっ! 」

 紗々螺は右手を大きく上げて二人を制する。

「わ、私ならまだ……」

「いや、堂々巡りでしょう、これ以上続けたところで。それに言ったはずです。あなたの力はすでに昨日見せてもらったと」

 紗々螺は厳しい声で言う。

「サムライの仕事は勝つことではない。的確に人魔を倒し、民を守ることにある! サムライに意地はない! どんな手を使おうが人魔を撃退することだけが課せられた使命と思いなさい! 」

「……」

 悔しげな表情で琥珀は言葉を飲み込んだ。

「今日はこの辺にしておきましょう。道場の掃除をしておくように。4人で協力して、ね」

「はい……」

 道場を後にした紗々螺は道場着を着替える。

「ふぅ……疲れた」

 紗々螺は自室の机に倒れこむ。

「やっぱり人に教えるのは苦手だ……」

 紗々螺は机の上に置いてあった端末を手に取ると、そのまま畳に寝転がった。フォーンデバイスの通話ボタンを押し、純玲を呼び出す。

「はい、もしもし? 」

「紗々螺だけど」

「あら、一日で音を上げるとは思ったより軟弱だったわね」

「……今更虚勢を張るつもりはないけれど、きついのは確かですね」

 電話越しに笑い声が聞こえる。

「あはは……まぁあんたには酷よねぇ。あはははは」

「笑い事じゃないっての……」

「笑い事じゃなきゃ笑ってないってぇの。いや、むしろ笑わせるな、かな? 」

 紗々螺はため息をつく。

「で、文句を言うために電話かけてきたとは思えないんだけど? 」

「さすが純玲。……ついぞさっき3人に特訓をつけてきましたが」

「どうだった? 」

「いや、最近のサムライはレベルが高いですね。何か教える必要もないんじゃないの? 」

「いいや、この件ばかりはあんたに任せたい」

 紗々螺は息をのむ。あまりに真剣な純玲の声に気圧された……というところだろうか。

「あんたも訓練を付けたんならわかるでしょう? 若いサムライに足りないのは修行でも何でもない。……経験よ」

「経験……」

「そしてその経験を最も効率よくつけてやれるのは紗々螺、あんた以外にはいない。こればっかりはあんた以外に任せるわけには行かないのよ」

「はぁ……純玲」

「なによ」

「任せておきなさい」

 紗々螺は笑みを浮かべる。

「初めから任せるつもりに決まってるじゃない」

 純玲も憎まれ口を返す。

「……あのねぇ、純玲。もったいぶってしゃべる癖やめなさい」

 悪いわねぇと悪びれずに純玲は言う。

「ま、あんたこそめんどくさいことをめんどくさいと素直に言うのはやめたほうがいいわ。私なんてめんどくさくても毎日ちゃんとやってるわよ」

 純玲の笑い声に紗々螺はさらに大きなため息をついたのであった。

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