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第5話 『最後の晩餐』

 この世界には《世界収縮》というその名の通り世界が収縮する現象が存在する。

 人口が減り、人間を見つけて殺すという事が難しくなるという事が無いように、と非常に余計なお世話ではあるが、神が建物や大陸を一つの場所へと転送させ繋げいっている。

 なので、教科書で見たことのあるロマネスク様式で作られた立派な大聖堂が、コインパーキングの上に建っているという非常に奇妙な光景にも、心が乱れることはない。



「なぁエス、パンはパンでも食べられないパンはなんだと思う?」


 アウラは大聖堂を見上げながら、そうエスに話しかけた。


『エー……ットォ……。アッ、ワカッタ!フライパンダ!ホンデミタヨ!』


「ブー。正解は君の場合、全部だ」


『エー⁉︎ナニソレ⁉︎イジワルー!』


 よし、とエスを弄ることで心を落ち着けたアウラは、自分の身長の二倍ほどある巨大な扉に手を掛けた。

 だが心意気虚しく、アウラが引くよりも早く、扉は中から開けられた。


「あら、御機嫌よう。ようこそおいでなさいました」


 人形の様に整った綺麗な顔立ちに透き通るような白い肌、長い黄金の髪をサイドで二つに結んでいるその女性は、アウラの顔を見ると目を閉じ、頭を下げお辞儀をした。


「私と同じぐらいの歳の子が来てれるなんてーー驚きました。もう私ぐらいの子は、皆死んでしまったと思っていましたので」


 顔を上げると、女は豊満な胸の前で腕を組み、右手を唇に当て、微笑みながらそう話した。


「その言い方だと、まるで自分はその歳の中でも優秀だから生き残っているっていうような口ぶりだな」


「あら、申し訳ございません。そんなつもりはありませんでした。本当に驚いたものでして」


 そう言って詫びの言葉を言う中も、薄ら笑いを浮かべ、妖しい雰囲気を醸し出す女に、アウラは嫌悪を感じた。


『コウイッテイルガ、シエラハ、ホントウニ、ユウシュウダゾ』


 女の後ろから現れたイエスが、そうアウラ達に告げる。


「おやめなさい、ラファエル。そういう事は自分から言うことではありません」


 アウラは眉をひそめ、そのラファエルと呼ばれるイエスをたしなめた。


 ーー随分と立派な名前だな。


 世界をこんな風にした憎き“神”の遣いであるイエスーーそんな存在に天使の名をあげるとは、といささかアウラにはおかしく感じた。

 アウラもイエスの事を愛称で呼んではいるが、それは3秒で考えた適当なものだ。


『ム、ソウダッタカ。ソレハ、ワルカッタ』


 ラファエルはそう詫びると、女の後ろへと戻った。

 ラファエルはエスとは違いフォルムが長方形でピッシリとしていて、流れる音声は低音で、言葉遣いも子どもっぽくなく丁寧で、高次元の存在を名乗るに相応しいように思えた。


「まぁ君が弱いかどうかなんてどうでもいいよ。早くそこをどいてくれ。ピッツァを食べにきたんだ」


 しびれを切らしたアウラは苛立ち混じりにそう言い放つ。


「ふふっ、御食事はセレモニーの後に始める予定ですので、そんなに焦ってもまだなんのご用意もありませんよ」


「ん?なんだ君、もしかしてこのイカれた茶会の主催者か?」


「ふふっ、申し遅れました。私は今回この《最後の晩餐》を企画いたしましたーーシエラ・スレイ・ソロモンと申します。短い間ではございますが、お見知り置きを」


 そう言ってシエラは先程と同じように頭を下げ、お辞儀をした。


「なるほど。何処かで聞き覚えのある声だと思ったらそういうことか。殺し損ねた奴はいないし、モヤモヤしてたんだ」


 その言葉を冗談だと思ったのか、シエラは面白そうにクスクスと口元を手で押さえ笑った。


「ふふっ、面白い人です。よければ貴方様のお名前も、御教えいただけますか?」


「シキガミ アウラだ。ピッツァを食べたら此処にはもう用はないし、覚えなくていいよ」


「ふふっ、そんな事をおっしゃるなんて寂しいお方ですね。人の出会いは一期一会、もう少し繋がりを大切にした方がよろしいですよ?」


「出会ったばかりの君に、そんな事を心配される覚えはないよ」


 それに……とアウラは付け加える。


「そんな世界が腐る前の言葉なんて何の役にも立たないよ。今は一殺一会……取り敢えず殺しとけ、だ」


 アウラは「ふん」と鼻を鳴らすと扉にかかったシエラの手を退けた。


「なんでもいいが、早く始めてれ。腹が減ってるんだ」


 背中越しにシエラにそう言い残し、アウラは教会へと踏み入った。



 中に入ると、急に視界にたくさんの情報が入ってくる。月明かりにより淡く七色に光るステンドグラス、数十メートルは奥行きがあろうか広い内部に…何よりその中にひしめく大量の人間の数に、アウラは圧倒された。


『ウワー!スゴイネ、ニンゲンガタクサンダー』


 エスは教会をキョロキョロと見渡しながら、感嘆の音声を発した。


「たしかに。こんなに人が沢山いるのを見るなんて、随分と久しぶりだな」


 “信じたって裏切られる”それを信条として生きてきたアウラにとって、周りに人がいるなどこれまでなかった。だがその信条はアウラだけでなく、人類全体が似たような信条だった。

 他人など信じず、自分や近しい人間の力だけを借りて生きていく。それが世界が崩壊してからの当たり前の考え方だった。

 だから、こんな風に人が殺し合いもせず一箇所に集まるなんて、初めてのことだった。


「あんな怪しいメッセージにも関わらず来ちゃう奴って結構いるんだね」


『アウラモ、ソノヒトリデショ!』


 ピカピカとヘッドライトを光らせ、エスがそうツッコミをいれる。


「ふん!私は他の人間達とは違う。“ピッツァを食す”という崇高な目的のために来てるのだからな!」


『ウーン……カワラナイト、オモウケドナー』


 呆れた物言いのエスに、アウラは頬を膨らました。


「ま、ピッツァを食せん君には一生分からないことさ」


『エー、ヒドイナー』


 いわれのない罵倒を受け、エスはうなだれる。

 それを横目に見ながら、教会を歩き回り、アウラは空いてる席がないかを探す。

 見回した限りでは、この大聖堂の中には四人掛けの長椅子が右側と左側にそれぞれ十個づつ配置されていた。


「それにしても……本当に人間だらけだなぁ」


 一番奥の祭壇の前まで歩いたが、結局空いてる席はなく「仕方ない」とアウラはポケットから花柄のハンカチを取り出すと、それを木造の床の上に敷き、その上へと腰を下ろし足を抱えて座り込んだ。


「ははっ、このご時世に随分とお上品だね。お嬢ちゃん」


 右手側の長椅子に腰掛ける黒衣の女性は、アウラの様を見て、白い歯を見せながらそう笑いかけてきた。


「母から座る時はこうしろと言われていたのでね」


「へぇ〜お嬢ちゃんはそれをちゃんと守ってるわけだ。偉いねぇ〜」


 男は言いながらポケットからクシャクシャになったタバコを取り出すと、アウラに向けて“吸っていいか?”という合図を送った。


「……どうぞ、受動喫煙を気にしてるような世の中じゃないし」


「ありがとねぇ」


 そう言ったあと、黒衣の女は「ミカ」と肩の近くで浮いているイエスを呼んだ。


『イマツケルワ。マッテテネ!マッテテネ!』


 エスとよく似た形をしたそのイエスは、胴体から伸びたアームのツメをカチカチと鳴らすと、爪先に火を起こした。

 イエスはそれをタバコへと近づけ、火をつける。


「ねぇ、君もアレ出来たりしないの?」


 アウラのその問いかけに、エスは体を左右に揺らすと『ムリ』と音声を発した。


「ぷっはぁ〜……いんやぁ、やっぱりタバコの空気だけは世界が崩壊しても変わらず美味いねぇ〜」


 黒衣の女は満足そうに口から煙を吐き出す。


「神聖な教会の中で喫煙とは、一年前だったら大問題だったな」


「ははっ、たしかに。そう考えるとどこでも喫煙出来るようにしてくれた神には感謝しないとねぇ」


 黒衣の女はアウラの顔を横目で見る。


「よければお嬢ちゃんも吸うかい?もしこのままメシアが見つからなければ楽しみを知らないまま終わってしまうよ?」


「いや、遠慮するよ。タバコと酒は二十歳になった時の楽しみに取っておけと、母に言われてるからね」


「へぇ、また親の言いつけを守ってるわけだ。偉いねぇ〜」


 清潔感のないボサボサの髪に、タバコとピアス。そして首筋には蝶々のタトゥーがある素行の悪そうな格好をしたその女性はから発せられる言葉には、どれも重みという物が感じられなかった。


「別に、そんなこと言われる所以はありませんよ。親の言うことを守る子供なんて普通の事だと思いますが?」


「いんや!そんなことないね。僕は親の言うことなんて一個も訊いてこなかったよ」


 そう言って自慢げに微笑んだ後、黒衣の女は急に遠くを見つめた。


「まぁでも……そのおかげで親は死んで、僕は生き残れたわけだし、悪いことばかりじゃあないか」


 寂しそうに笑うと、黒衣の女は吸い殻をポケットから取り出したケースへと入れた。


「そういえば自己紹介がまだだったね。僕はナツメ アサヒっていうんだ。それでこっちが僕のイエスのガブ、よろしく〜」


 ナツメは微笑み、アウラへと右手を差し出した。


「シキガミ アウラだ。別に覚えなくていい。君ともう会う機会はない」


 アウラはその差し出された手は取らず、ナツメから顔を背けそう答えた。


「ははっ、寂しいこと言わないでよ。またきっと出会えるさ」


『ヘンナコダワ!ヘンナコダワ!』


 ムッ、とアウラが黒衣の女のイエスに殴りかかろうとしたその時、祭壇が急に、天井にいたイエスによりスポットライトで照らされた。

 コツコツと、ヒールの音を辺りに響かせながら、奥の暗がりから、先ほどの妖しい女ーーシエラ・スレイ・ソロモンがスポットライトの下へと登場した。


「ご機嫌麗しゅう皆々様ーー」


 それから聞かされた話は酷く退屈で、一分もしないでアウラは眠りにつくことが出来た。



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