第4話 『天国へのご招待』
「お母さん、お母さん‼︎」
弱かった私は、母に向かってそう叫ぶ事しか出来なかった。
「嫌だ、嫌だよ‼︎一人にしないでよ‼︎」
そう叫び、母の元へ近づこうとした私に母は怒号を飛ばした。
「来るなっーー‼︎」
母は、体のあちこちを切り裂かれ、地面に膝をつけ、剣を杖代わりにして、どうにか体を起こしている状態だった。
そんな状態なのに、私を守ろうと、近づく事を許してくれなかった。
「アハハハハ‼︎ばっっかみたい‼︎まだそんなバカ娘助けようってんだ?親子揃って馬鹿ばっかね!」
母をここまで苦しめた憎き金髪の少女は、そう悪罵を投げ、歓喜の声をあげていた。
「そうですね、姉様」
金髪の隣にいたいつも姉に従うことしかなかった馬鹿な黒髪の少女は、そう言って貼り付けた笑みをいつものように顔に浮かべていた。
「フフッ。だめよ二人共。そんなに笑っては、せっかく助けて頂いたのに失礼だわ」
馬鹿三姉妹の長女は、楽しいのが堪え切れないのか、笑い混じりにそう口を開いた。
「ほんっっとバカ姉様はバカ姉様ね!自分がこのバカ親子を裏切るよう命令したんじゃない‼︎脳みそ足りてる⁉︎」
「フフッ、相変わらず口が悪いわ、トゥー。無駄口を叩かずさっさと終わらせましょう」
「姉様達の言う通りです」
憎くて憎くて堪らなかった。
目の前で繰り広げられてる茶番。こんなクソみたいな奴らに、私の母は裏切られ、傷付けられた。
けど、あの時の私に、アイツらをどうこうする力など無かった。
ただ、母の怒号に硬直し、涙ぐむ事しか、あの時の無力な私に残された道はなかった。
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「いつまで寝てる。行くぞエス」
高速で移動する中、無数のイエスや人の死体が散乱する瓦礫の中を、アウラは強化された視覚で的確に目的のモノを見つけると、それを拾い上げた。
『アウラー!ムカエニキテクレタンダネー』
ヘッドライトを点滅させ、エスは嬉しそうな音声を発した。
「まぁ、君がいないと何かと不便だからね、仕方なく」
『ヤッパリアウラハヤサシイネ、エス、アウラノソウイウトコロ、ダイスキ』
「ま、まったく君という奴は…」
照れてニヤける顔を見られないように、とエスから顔をそらした。
『アウラ、マタカオマッカーアハハ!』
だがエスはそんな羞恥心など知る由もなく、そう無邪気に笑う。
「う、うるさい‼︎」
走っていて蹴り上げることが出来ないのが、アウラはとてももどかしかった。
『サッキノコ、ヨカッタノ?』
笑い飽きたのか、急にエスが真面目な質問をしてきた。
「ん?別にいいだろ。一応ここまで生き残ってきたんだ。今更私の助けなんて必要ないさ」
少女を置いてきた事への質問かと思ったがそうではなかったらしく、エスは『チガウヨ』と音声を発した。
『ダッテ、メシアダッタカモ、シレナインデショ?』
「なんだ、訊いてたのか。君はあの時眠ってたじゃないか」
アウラのその問いかけに、エスは慌てた声で答えた。
『ソ、ソンナコトナイヨ!チャントタシカメテタンダヨ!デモ、ナンカ…ヨクワカラナカッタ…』
いつもより少し暗いトーンの音声が、スピーカーから発せられた。
「ふーん、神の遣いでも分からないこととかあるんだな」
しばらくの静寂の後、おもむろにエスが喋り始めた。
『ア!ソウイエバアウラ、レンラクガキテタヨ!』
「連絡?どこからだ?というか君にそんな機能ついてたの?」
『アルヨアルヨ!イエスタチミンナデ、レンラクトレルヨウニシテアルノ!』
「へぇー、そりゃ初耳だ」
『ダッテアウラアテニハ、イママデナニモコナカッタモン』
「なっーー」
ーー本当余計な事を言う機械だ。元々余計な事を言う機械で製造されていて、バグで有益な事をたまに言っているだけと考えた方が納得いく。
「まぁいい…とりあえずなんて書いてあったか教えてくれ…」
エスは『ウン!』と頷くと、スピーカーからメッセージを再生した。
『皆様、ご機嫌麗しゅう。私ーーシエラ・スライ・ソロモンと申します。世界が終わるまで、残り1ヶ月皆さんお元気でいらっしゃいますでしょうか?」
「お元気でってーーそんなわけないだろう……」
水すら満足にないんだぞ……とアウラは心の中で呟いた。
「本日はいつもメシア探しに勤しんでいらっしゃる皆様の心に安らぎを与えられれば、ということで“最期の晩餐”を開こうと思います』
“最後の晩餐”というネーミングに、アウラは思わず苦笑した。なんとも皮肉の効いたパーティーだ。
『場所はイエス達に通知しているため、各自ご確認ください。では、このメッセージを受け取った皆様とお会いできること、楽しみにしております』
メッセージの再生が終わると、エスの目から3Dホログラムで行き先までの地図が表示された。
矢印で示されている現在地と、赤い点で示されている目的地から見ると、距離は2Km程でそう遠くはなかった。
『ダッテ、ドウスルアウラ?』
「ふん、行くわけないだろう。こんなの」
アウラのその返答に、エスは『エードウシテヨー』と駄々をこねる。宴を知らないエスには、とても興味のあるものらしい。
「どう考えても怪しいだろ。行ってみたら閉じ込められて殺される、映画とかでよく見る典型パターンじゃないか」
『エー、ソウナノカナ』
「そうなんだよ。それかーーこの地獄で頭がイカれちまった奴の狂言だな」
アウラがそう言い終えた直後、エスのスピーカーからピピッと通知音がなった。
『アッ、マッテアウラ。マタメッセージキタ』
エスのスピーカーから、またも先程の女性の声が再生される。
『おっと失礼……言い忘れてしまいましたが、晩餐会ではピザやアイスクリームといった、今では手に入れるのがとても難しい食品をご用意しております。ぜひ、私と共に、あの美しかった人類の味を再び堪能しましょうーーでは」
『ダッテ!ナンダ、タイシタノデナーー』
「なに⁉︎君ーー今“ピッツァ”と言ったか⁉︎」
アウラはそう叫ぶと、走るのをやめエスに掴みかかった。
『ウ、ウン…ソウイッテタ、ミタイダネ』
「ピッツァ…だと……?」
アウラはそう呟くと、地面を見た。
ーーそんな高級品、世界が崩壊し始めたあの日から、一度だって口にしていないぞ。私の大好物だった食べ物だというのに‼︎
「エス、地図を出してくれ」
ポツリと、アウラはそうエスに命令した。
『エッ⁉︎ドウシテ?』
「鈍いやつだな君は…決まってるだろう、晩餐会に出席するためだ」
『エッ⁉︎デモサッキ、コロサレルカラ、イカナイッテ……』
「うるさい!さっきとは状況が変わったんだ!早く環境に適応しろ!」
『エェーヒドイ…』
うなだれるエスとは対照的に、アウラは鼻歌を歌い、とても楽しそうにしていた。
「ふふっ、ピッツァーーピッツァかぁ!楽しみだなぁ‼︎」
『……ハイ、コレガ、チズダヨ』
「はっは‼︎これで道は分かった!なんて好機‼︎こんなチャンスきっと二度とこないぞ‼︎」
『……アウラ、エスハ、アウラノコトガシンパイダヨ…』
「ふん、君は私の心配をする前に自分の頭の悪さを心配しろ」
「エェーヒドイヨ、アウラ‼︎』
そしてアウラ達は、地図を頼りに晩餐会の開かれるというその教会へと向かった。