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第3話 『ロリコン』

 昔の私は、今ほどに怠惰ではなかった。

 夏休みの宿題は、配られたその日には終わらせ、空いた時間には、女手一つで私を育ててくれている母の手伝いをして、毎朝ベランダで育てていた朝顔の花への水やりを欠かさずに行なっていた。

 だが世界が崩壊してからというもの、私は見る見るぐうたれていった。

 私を庇って殺されてしまった母を生き返らせたいという願いはあるものの、何故だかやる気は起きず、食料が手に入らないから体力を温存しないと生きていけない、とエスに嘘をつき毎日死んだように眠っていた。

 そんな私の前に今、自分を救世主(メシア)だと名乗る少女が現れた。棚からぼたもちとは正にこの事を言うのだろう。

 この少女の貧弱な体を一突きすれば、それで人類の崩壊はストップし、私は母を生き返らせる事が出来る。何と素敵な話だろうか……だが、そんな上手い話がある訳が無いという事ぐらい、アウラはこの腐った世界を生き抜いて来て、嫌という程知っていた。


「エス、今彼女が言ってたのは本当か?」


 だが、アウラのその問いかけに返答は無く、エスは只々ヘッドライトを水色に光らせ浮いているだけだった。


「おい、人類を手助けするという大義名分はどうした」


 再び声を掛けるが返答はない。「おーい、エスちゃ〜ん」とエスの前で手を振ってみるが、微動だにしないままだった。


「はぁ、もういいよ……」


 この少女が言った事が真実かどうかなんて事は、イエスの真偽を判定する機能など使わずともわかる事だった。

 だが()()()ということもある。アウラは少女の話に乗っかった。


「えーっと…それで、君がメシアって話だっけ?一体どうしてそんな結論にたどり着いたわけ?」


「えーっと……それはぁ……ねぇ……う〜ん……」


 ヨシュアはしばらく唸ったあと、おもむろに「あっ!」と言って口を開いた。


「そうだ‼︎神様にね、そう言われたの‼︎」


「神様?神様って、あの唐突に現れて人類滅ぼすって脅してくる器のちっちゃいあのクソッタレか?それともキリストとかアッラーか?」


「クソッタレの方!」


「そうか、クソッタレの方か。じゃあ君は、そのクソッタレに自分がメシアだと言われたと」


「うん!そうだよ‼︎」


 ヨシュアは無邪気に笑う。


「……あのね、君は“自分がメシアだ”ってバラすとどうなるかちゃんと理解してるわけ?」


「もちろんだよ!殺されるんでしょ?」


 満面の笑みでそう答えるヨシュアに、思わずため息が出た。


「……君は殺されていいわけ?」


「うん!全然大丈夫だよ!殺しちゃっていいよ!」


 ほとほと呆れて、言葉が出てこなくなる。


 ーーこの少女はなんだ?どうしてそんなわざわざ殺されたがる。何か理由が……。


 そう思考すると同時に、先ほどの少女を追っていた男の言葉を思い出した。


『そのガキはな、俺の仲間を殺しやがったんだよ‼︎』


 少女を観察する。

 見た目はどう見ても十歳前後、髪は金髪で、腕も細い。どう考えても弱そうで人を殺せるようには見えない……()()()()


「なぁ君、君のギフトは一体どんなものなのか、良ければ教えてくれないか?」


 その問いかけにヨシュアは「え?私の?」と目を丸くして驚いた後、もじもじと下を向いた。


「私のギフトは、自分からは使えないの……だから、見せてあげられないんだ……ごめんね、アウラ」


 俯く少女に、「どういうことだ?」と更に問う。


「私のギフトは、人に攻撃されると勝手に変なドラゴンが出て来ちゃって、その人を食べちゃうの……」


「ってことはーー」


 思考する。答えはすぐに出た。


「君……私を騙して殺そうとしてたわけか‼︎」


 驚いた。純真無垢な子供を装い、自分を殺させるフリをして、私を殺しにかかってこようとは……。


「ち、違うよ‼︎」


 誤解を解こうと、慌ててヨシュアは叫んだ。


「神様がね、言ってたの!このドラゴンは、シキガミ アウラって人なら倒せるって」


「クソゴットが?」


 コクリとヨシュアは頷いた。


「だから、君はそのシキガミ アウラって人に殺してもらいなさいって、そう言われたの!」


「なるほど……理解は出来ないが、理屈はわかったよ。ようするに私が君を殺せる唯一の人間だと……そういうわけだな?」


「うんうん!それで合ってるよ!」


 ヨシュアはニコニコと微笑み楽しそうにしていた。


 ーー確かめてみようか……。


 そう一瞬でも考え、血器を握ろうとしてしまった自分に、アウラは嫌悪した。

 たとえ当てるつもりが無くとも、無垢な少女に剣を振るうことは、アウラの微かに残った良心が許さなかった。

 アウラの母は、世界が崩壊したあと孤児となった子達に、手を差し伸べ、無償で食料を分け与えていた。

 そんな優しかった母を尊敬しているアウラがヨシュアを手にかかるなど、出来るはずもなかった。


「ね!分かったなら早く殺してよ。もう私は準備万端だよ!」


「君はそれでいいのか?メシアだからって理由だけで殺されていいのか?」


 たとえ人類を救う方法がそれしかなかったとしても、殺されようとするヨシュアの気持ちがわからなかった。

 ここまで生き残ってきたのはヨシュアも同じこと。なら、人間がいかに愚かで、救う価値なんて無い存在であることはヨシュアもよく知っているはずだった。


「だって、神様は死んだら幸せな世界があるって言ってたもん!だから全然大丈夫!」


 ヨシュアはそう言って笑うと、目を閉じ、首をアウラへと差し出した。


「……まぁ他を当たりなよお嬢ちゃん、お姉さんは子供を手にかける趣味はなくてね」


『アウラハ、ロリコンダカラネ』


 突如意識を取り戻したエスが、アウラの背後から顔を出すとそう発した。


「ーーっ⁉︎き、君‼︎なんで君は起きたと思ったら余計な事をっ‼︎」


『ハハハ、アウラ、カオマッカ』


「ーーう、うるさい!この粗悪品め‼︎」


 アウラはヒールの先でエスの平べったい体を蹴り上げた。

『アーレー』と雑音を撒き散らしながらエスは遠くの瓦礫の向こうへ飛んで行った。


「はぁ……駆除完了」


 そう言って額の汗を拭うアウラを、一連の流れを見ていたヨシュアは口元に手を当てクスクス笑っていた。


「お姉ちゃん達、面白いね!」


「当事者の私は、あまり面白くないんだよ……」


 イエスなんていない方がいいんじゃないか、とアウラが思考した時、そういえば少女にはイエスがいない事に気付いた。


「そういえば君……イエスはいないのか?」


 人間の中にはイエスを『信用できない,目障り』と言った至極真っ当な理由で自ら破壊する人間もいるが、この無邪気な少女がそんな事を考えイエスを壊すようには思えなかった。


「あれは…………そう!壊れちゃった!」


「壊れた?」


「うん!この前襲われた時に、壊されちゃった……」


「そうか」


 なるほど、と納得した。

 幾ばくもいかないか弱そうな少女だ。それをイエスが正義心から庇って破壊されたなんていう事は充分にありえそうな話だろう。


 ーーにしても……この規律も何もない世界で、サポートをするイエスも持たない少女がただ一人か……。


 唸り、心配したアウラだったが、すぐにその思考は止まった。心配よりも、早く一人になってゆっくりと眠っていたい欲求が優ってしまった。


「まぁ、君はもう襲われないよう身を隠せ。人間の数ももう残り少ないしそろそろメシアが見つかるはずだ」


 言うとアウラはヨシュアに背を向け、エスが飛んで行った方向へと歩き始めた。


「えっ!行っちゃうの?殺してくれないの?」


「殺さないよ。だって君メシアじゃないし」


 アウラには“ヨシュアがメシアではない”と断言できる確信はなかった。

 だが、仮にメシアだと言う話が本当だったとしても、ヨシュアを手にかける事が出来ない以上、これ以上の話は無駄だとアウラは考えた。


「そんなことないよ!私がメシアだよ‼︎神様がそう言ってたんだもん‼︎」


 そんなの信じられるか、ヨシュアに聞こえない小さな声でそう呟いた。


「はいはい、わかったよメシア様って認めるよ。すごいよ、君はメシアだ、おめでとう!」


 アウラは適当な言葉を並べながら、歩くスピードを速めていく。


「じゃあ止まってよ!メシアはここにいるんだよ‼︎」


「いやすまない、それが私は直線運動病というのにかかっていてね…歩き出すとその方向にしか行けないんだ」


「そんなの嘘だよ!そんな病気ないよ‼︎」


 ヨシュアのその言葉にアウラは目を丸くして驚いた。

 このぐらいの歳なら難しい日本語に“病”とつければ食い下がるとアウラは完璧に子供をなめていた。


「はぁ……じゃあしょうがないか……」


 アウラは胸に手を置き、深呼吸すると自身の身体をギフトで強化した。

 緑色の眩い光の粒が、アウラの体を包み込む。

 アウラのギフトは、手に触れたあらゆる生命の動きを活性化させる事で、身体能力を非常識なまでに向上させる事や、傷を治癒する事が出来る。


「じゃあね!君が生きてたらまた会おう!」


 そう言ってヨシュアに手を振ると、強化されたアウラの体は、地を一蹴りしただけでパチンコではじいた玉のように風を巻き上げ、駆け抜けた。


「アウラーー‼︎」


 そう名前を叫ぶヨシュアの声は、既に遠くのモノになっていたーー

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