第2話 『福音』
今まで出会ったイエスは、少なからず知性を感じさせる個体が多かった。スピーカーから再生される独特めいた音声は高次元的存在を名乗るに相応しい謎めいた雰囲気があった。
だがこのイエスーーエスに関してはその謎めいた雰囲気というモノが全く感じられない。スピーカーから発する音声は甲高く、耳をつんざきイラつかせる。そればかりか、言動も声と同じ様に幼稚で、精神年齢でいうなら3歳児レベルであった。もっとも、この生命に精神があるかなど、知ったことじゃないが……。
「はぁ……数を言わないでって。面倒くさくなるでしょ?」
アウラは唇を尖らせると、空を仰ぎ、美しく光る月を見た。
「残りの人類はあと一億か……こんなギフトとか持った面倒くさい存在が残り一億人もいるって言うんだから、本当考えただけでうんざりするよ……」
『それ10億人の時も言ってたヨ』
「うるさい、茶々を入れるな」
アウラは剣の柄で、エスのピカピカ光るヘッドライトを叩く。
『痛いよアウラー……』
未知の生命体といえど、目が弱いのは共通なようだった。
「女心は複雑なんだ。覚えておいて」
「分かった!オンナゴコロ、暗記するヨ』
次の瞬間、エスから岩でもシュレッダーにかけているのかという程不快な音が発せられた。
「やめろ、やめてくれ!わかった!もういい!こんなの覚えなくたっていいよ!」
アウラがそう叫ぶと、エスはピタリとその音を発するのを停止した。
『エ、いいの?』
「あぁ、別にいいよ。よく考えたら、女心なんて君が覚えたってしょうがないし」
『……それ、どういう意味?』
「いいの、もうこの話は終わりだ」
そう言ってエスから顔を背けた。と、その時アウラは目をそらした先で、何か黒い点が見えた。
その黒い点はこちらに近づき見る見るうちに大きくなると、背丈からローブに身を包んだ子供のようだとアウラは認識することが出来た。
「助けて‼︎」
ローブに身を包んだ子供はそう叫び、アウラへと抱きついた。
「ど……どうしたんだい君?」
突然のことに動揺の隠せぬまま、アウラはそう子供に問いかける。だがその答えはすぐに分かった。
少女が震えながら指を指す方向からは、三人の男が血器を構え、こちらへと向かって来た。
「あぁん⁉︎なんだお前は!そのガキのお仲間か⁉︎」
群衆の先頭に立つ一番屈強な男が、アウラの元まで来るとそう叫ぶ。
「いいや、全く違う。なんなら付き合いの長さなら君達の方が長いと思うよ。私は出会ってまだ十秒だ」
その言葉に男は舌打ちすると、アウラへと歩を進める。
「そうかよ!なら早くどきな‼︎」
「まぁ待て、そう焦るな。少し話をしようじゃないか」
「うるせぇ黙ってろ‼︎そのガキを殺した後、すぐにテメェも殺してやるから、そこで大人しく待ってな‼︎」
ガハハ、と下品に笑いながら男はアウラの肩へと手を置いた。
瞬間ーーその男の顔がアウラの拳により歪められた。
「ーー⁉︎な、なにしやがるこのクソ女‼︎」
折れた鼻を抑えながら、男はそう悲痛な叫びをあげた。
「君は私に用はないのかもしれないが、私は君に用があるんだ。話を聞いてもらえるかな?」
アウラは男には目もくれず、汚物でも見るかのような目線でさっき男が触った自身の肩を見ると、そこを手で払う。
「あと、この服はお気に入りなんだ。君の汚らわしい手で触らないでくれ」
「んだとぉ⁉︎」
アウラは男の返答を気にすることなく質問を続ける。
「何故君達はこの子を襲う。それを聞かせてほしい」
「そのガキはな、俺の仲間を殺しやがったんだよ‼︎このクソッタレの世界で食料分け与えまくって、せっかく手に入れた仲間だったのによぉ‼︎」
ーーこの子が人を殺した?
アウラは自分の背中でふるふると小動物のように怯えるその子の姿から、男の言う言葉がにわかには信じられなかった。
「わかったら、そこをどきやがれ‼︎」
そう叫び、男は立ち上がるとまたもアウラの肩を掴んだ。
「まだ良いとは言ってないだろう……」
アウラは手にした細剣を逆手に持つと、柄の部分で男の顎の骨を割り砕いた。
ゴリッという骨の砕ける音が響く。
「んぐっっっっーーーー⁉︎」
「二つめーーそして最後の質問だ。君達にこの子を差し出したら、この子はどうなる?」
「んぐぐうぅぅうう‼︎」
男は頭に悶え、アウラの質問に答えられる状況にはなかった。
『主様ならソノ少女を、コロすと思われマス』
男の後ろで浮くイエスが、代わりにそう答えた。
「なるほど……なら、渡すわけにはいかないな」
アウラは細剣を構えると、地面を軽く蹴った。
「教えてもらった恩を仇で返すのは良心に響くけど……君の主様、殺させてもらうよ」
アウラはそうイエスに断りを入れると、目の前で悶絶する男の首を串刺しにした。
剣を引き抜くと、空いた男の首から滝のように鮮血が溢れ出て、地面に血の絨毯が出来た。
「さてーー君達もこの男と同じ魂胆だろう?早く終わらせたい、まとめてくるといい」
アウラは残る二人の男に体を向けると、唇の片側を吊り上げ楽しそうに笑った。
人を殺める事が好きなサディストという訳ではないが、先程自分を襲った男があまりにも簡単に死んでしまったために、アウラはストレスの捌け口を求めていた。
「てんめぇ!一人殺ったぐらいで調子こいてんじゃねぇぞ‼︎」
「俺たち《“元”漆黒の五星団》を舐めるんじゃねぇ‼︎」
二人組の男は凶悪な光を放つ血器を構えると、アウラへと向かって来る。
「やれやれ、そんなダッサイ名前でよくここまで生き残ってこれたね……異議を申し立てるまともな奴はいなかったわけ?」
いや、まともな奴なんてもういないか、そう呟くと地を蹴り、跳躍する。
ギフトにより身体を超強化されたアウラの体は、軽い一蹴りで十メートル程まで舞い上がった。
「ワンセコンドで終わらせる。地べたで私を崇めてると良い」
アウラは宙に舞いながら、自身の親指の肉を噛み、流血させると、空いた左手にもう一本真紅の細剣を生成し、男達の真ん中に着地した。
「へへっ、わざわざ俺たちの間合いに来るなんて、飛んで火に入る夏の虫ってーのは、まさにこの事だなぁ‼︎」
「いい捨て台詞だねーー」
アウラはそう言って笑うと、両手に持った剣を振りかぶった。アウラの感情に呼応し、血器がキイィンと甲高い音を立てる。
「ちょうど1秒だ」
刹那ーー周囲を紫色の閃光が走ると、次の瞬間には斬り落とされた男達の首が、音を立てて落ちた。遅れて、無残にも頭部のなくなった体は砂埃を立て崩れ落ちた。
「ふぅ……お掃除完了だな」
そう言ってアウラは汗など一つもかいていない額を拭う動作をした。
『マケタカ。マケタカ』
男達についていた3台のイエスがそう言ってガタガタと震え出した。
『お終いダベサ、終わりダベサ』
『帰りまショウ』
イエス達の周りをバチバチと電流が走ると、次の瞬間眩い光が走り、イエス達は姿を消した。
家主の亡骸だけがその場に残る。
「エス、一応確認。コイツらはメシアじゃないよね?」
エスのヘッドライトから青い光線が男達の亡骸に放たれる。
『ウン!全然違うヨ‼︎』
「ははっ、全然違うのか。そりゃあダメだな」
アウラはそう笑った後、ふるふると子犬のように体を震わせる少女へと視線を向けた。
「終わったよーー顔を上げるといい」
アウラのその優しい声に、ローブの子供は顔を上げた。
「あ、ありがとうーー」
そう言って少女が上を向くと、被っていたボロボロのフードがとれ、月光に照らされ、この黒い世界でも煌めく金色の髪が露わになった。
「君……随分と綺麗な髪だな」
呆気にとられているアウラの顔を、同じように少女もあんぐりの口を開けて、驚いて見ていた。
「ーーーー‼︎」
突然、少女はアウラの胸へと飛び込み、抱きついた。
「なッーー⁉︎なんだ君は一体ーー‼︎」
アウラの言葉も返さず、少女はずっとアウラを抱きしめた。
「お、おい!本当にどうした⁉︎そんなに怖かったのか?」
「あっーー‼︎ご、ごめんなさい……」
動揺するアウラを見て、少女は申し訳なさそうな顔をすると、アウラから離れた。
「謝るほどの事ではないが、どうしたんだいきなり」
だがアウラのその問いに、少女は「ごめんなさい」と頭を下げるだけだった。
「そう怯えるな。私はシキガミアウラ、優しいお姉さんだから君に乱暴な真似はしないよ」
アウラがそう言うと、少女は勢いよく顔を上げた。
「シキガミ……アウラ……?」
「あぁ。まぁ珍しい名前だからそりゃ……」
言い終わる前に、少女が叫んだ。
「やっぱり!やっぱりそうなんだ‼︎」
少女はそう言って嬉しそうに笑うと何度もアウラの名前を嬉しそうに口にした。
「会いたかったよ!アウラ‼︎」
「だから……なんなんだ君は一体……」
そのアウラの言葉に、少女は笑った。
月明かりのせいか、その少女の微笑みは、ひどく妖しいものに見えた。
そして、ゆっくりと口を開く。
いや、もしかしたら事故の瞬間の時の言葉のように、私からゆっくり見えた、というだけなのかもしれない。
「私の名前はヨシュア……君達の探す最後の希望ーー救世主だよ‼︎」
その少女の鈴の音のような澄んだ声は、始まりを告げる音だった。
世界の終末まで残り30日ーー
絶望的な状況にーー
救世主はその姿を現し