第12話 『名前を呼んでくれた人』
「ふんふふ〜ん♪るるふふったったた〜ん♪」
電池式のオーブンが稼働して20分。
その扉の隙間から漂うチーズとオレガノなどが混ざり合った香りが私の心を躍らせた。
「らららら〜♪ららららら〜♪」
と高らかに歌っていた所で『チン』とオーブンが魅惑のベルを鳴らした。
「ここ……は……?」
ベルの音で気がついたのか、金髪の少女――ヨシュアが眠たそうに目をこすりながら地面から体を起こした。
「いいタイミングだね。今ちょうど自家製ピッツァが焼きあがったところだ」
オーブンからグツグツ焼けてるピッツァを取り出し、八等分に切り分け皿に乗せる。
「今キミにもこの最高級食品を食わせてやるからな。楽しみにしていると良い!」
「あ、ありがとう……」とヨシュアはぎこちない返事をした。
どうやらいつもよりテンションの高い私に少し困惑しているらしい。
「ピッツァ♪ピッツァ♪」
コンビニも何も無いこんな滅びた世界では、ピッツァなんて高騰な食事にはありつかないと思っていた。
例え世界が滅ぶまで後数十日であろうと、目の前のピッツァはそんな心配事を全て忘却の彼方へと追いやってくれた。
「アッウラ〜のと〜くせ〜いピ〜ーー」
その至福の食事へ、ありつけるはずだった。
あと一歩だったというのに――
『ウワーーー‼︎オーチールー‼︎』
空から奇怪な音を上げながら物質が落ちてきたかと思うと、それはあろうことか私の持つピッツァに直撃した。
「ッツアアあぁぁ⁉︎」
巨大な塊の攻撃により、柔らかいピッツァの生地は壊れ、具材はあたりに散乱した。
『イヤー、お空は怖いネ!トリさん達がわんさかだヨ‼︎』
思考の黒いメモリーとは真逆に、恐ろしい程真っ白なその白いボディーに赤や黄色のペイントを塗りたくった下手くそな芸術品は、アームで頭らしき場所をかきながら、エヘヘと可愛らしく笑っていた。
『ネーアウラー、コレナーニー?なんか凄いベトベトするんだけドー』
ウィンウィンと機械らしい音を出しながら、エスは自分の体を触ってそうぼやいた。
『ソレニナンカ、臭くなイ?ウゲー』
「なっ――」
まさか自分の好物をここまで貶してくる存在がいようとは。
私の思考は思わず停止した。
だが、すぐにエスの発言に脳は思考を回復させた。
『トリのウンチカナー?』
「キ……キミってヤツはッッ‼︎」
怒りに任せ、私は尖ったヒールの先で強烈な蹴りをお見舞いした。
激しい衝撃音を響かせるとエスは『アーレー』と声を出しながら空の彼方へと消えていった。
「はぁ……駆除完了」
ふぅ……これでスッキリ。
と汗を拭い、視線をピッツァの方に戻した所で、私は一瞬で現実へと引き戻された。
「うぅ……せっかくのピッツァが……」
数時間かけ生地から作った耳のサクサクふわふわ感を追求した特性のピッツァ――それは今や見るも無残な物となっていた。
「私の可愛い最高傑作達が……ごめんよ……ごめんよピッツァ達‼︎」
「げ、元気出してよアウラ……。ピッツァならまた作れば大丈夫だよ。だから、泣かないで」
ヨシュアが心配そうな顔をしながら私を励ましてくれた。
「また作ろうにも、材料がないんだ……うぅ……」
あの無駄に胸のでかい金髪女――シエラのいた教会を歩き回りピッツァの材料を探したのだが、見つけられたのはこの数枚のピッツァを焼く分だけだった。
「許さんぞ!あのオンボロボット‼︎」
そうアウラが叫んだ時だった。
「――――」
少し遠くの林の奥で、何かがコソコソと動く気配を感じた。
明らかに今のアウラの叫び声に驚いた様子だった。動物の動きとは思えない。
「キミ、ちょっとここで待っていろ」
そうヨシュアに言うと、アウラは重い腰を上げる。
「え?どこに行くのアウラ?」とヨシュアは心配そうな瞳で私を見る。
「そんな遠くじゃない。いいからそこで待っていろ。危ないから絶対に動くんじゃないぞ」
それでもヨシュアは心配そうな顔を浮かべたままだったが、私は構わず背を向けた。
「わ、分かったよ。気をつけてね。アウラ……」
「あぁ」と私は頷き、木々の蠢く林へと足を踏み入れた。
「全く……今の私はピッツァを愚弄されぐちゃぐちゃにされいらついているんだ。手加減できると思ってくれるなよ」
親指の肉を噛みちぎり、そこから流れ出た血で剣の形を模した“血器”を創り上げると、右手に構える。
(取り敢えず捉えた後、何かしら情報を聞き出してから殺すか――)
対象へと近づく。
地面を蹴り、一気に茂みの奥に見える人影へと襲い掛かった。
「観念しろ‼︎私に目をつけたのが運の尽きだったな!」
左手で倒した所で、女性らしい柔らかな感触が手に伝わった。
だが女だろうが関係ない。敵であるなら殺すだけだ。
その女を地面へと叩きつけ、馬乗りの体制となると剣の切っ先を女の首元へと立てる。
「あ、あなたーー‼︎」
私の顔を見るなり、女は目をぱっちりと開いて驚いた様子を見せた。
「昨日“最後の晩餐”にいた子よね?」
その言葉に疑問を持ち、顔をまじまじと見つめる。
(誰だコイツは……)
私の顔を覚えている人間などいるはずがない。何故なら全員殺しているから。だが何故この女は私を覚えている?
しばらく思考したところで、ようやく思い出した。
この赤いピッツァの花形であるトマトのような髪色をしたショートヘア――この女は昨日シエラのいた教会で、ボードゲームを誘った女で間違いなかった。
「そうか、キミは昨日の。ということは――」
私は剣を女の首筋にもう一度強く突きつける。
この女が昨日あの場所にいたというのなら、私を狙う理由など一つしかない。
「なるほどね。私があの性悪金髪でか乳女を殺したから、その敵討ちに来たってわけか!」
シエラは一見すれば疲弊した人達に食糧と娯楽の場を提供してくれた聖母のような人間だ。
その恩人ともあろう人を殺したとなれば、私を恨むのは当然だろう。
「そ、そんなことないわッ!一体なんの話をしているの?」
「とぼけるなッ!あの場にいたのなら他の者達から聞いただろう‼︎私があのシエラという女にしたことを‼︎」
「な、何の事か分からないわ!話を聞いて!」
「まだとぼけるか……ッ!」
「違うの!本当に知らないのよ‼︎私と、私の仲間はボードゲームが終わった後すぐに帰ってしまったからシエラさんがどうのっていう、あなたのお話は本当に分からないのよ!」
「え……?」
そう話す女の目に曇りはなく、嘘をついているようには見えなかった。
「本当か?」
私は剣の刃を女の首筋から遠ざける。
「本当よ。信じてほしいわ。私はあなたに危害を加えるつもりはないの」
「じゃあ、なんでキミは茂みから私達を覗いていたんだ」
その質問に女は視線を伏せた。
通常人は、やましい事がある場合しかそんな態度は取らない。
(そうか……やはり今までのは全て嘘だったか。全く嘘の上手い女だ。ここまで生き残ってきたことはある)
その名女優も顔負けだろう演技力に呆れて笑いが溢れた。
(最後に笑わせてくれた礼だ。痛みも無く終わらせてやる)
そう心でつぶやき、右手の剣に力を込めた瞬間、女が口を開いた。
「ご、ごめんなさい……あなたが作っていたピッツァが……その、とっても美味しそうでつい見入ってしまったの……」
目を伏せ恥ずかしそうにしながら、女はそう答えた。
「え……」
その予想だにしなかった返答に、思わず全身から力が抜けていく感覚があった。
「シエラさんの所でも結局食事は出来なかったし、あんなに美味しそうなもの久しぶりに見たから……ごめんなさい、卑しいわよね」
女は顔を真っ赤にしながらそう謝罪した。
なんかもう、責め立てている自分が悪者の気分だ。
「そ、そんなことない……悪かったな。勘違いをしていた……」
私は女の体の上から降りると、頭を下げた。
(悪いことをしてしまった。ピッツァの良さをわかる聖人に、何という無礼を働いてしまったんだ……)
「すまない……私の勘違いだったよ……。まさか同士だったなんて」
「ううん、こんな世の中だもの。あなたがそんなにシリアスになるのも分かるわ。だからそんなに謝らないで」
立ち上がると、女はそう言って明るく微笑んでくれた。
その笑顔は、私には太陽のように明るい微笑みに見えた。
邪気も、策略も何も無い、ただ本当に相手を想う、その笑みーーそんなものを見せてくれたのは、母だけだった。
「あ、キミーー腕が」
倒れた拍子に枝か何かで擦りむいたのだろう。女の右腕からは、服を貫通して血がじわりと滲み出ていた。
「ん?ああ、これのことね。大丈夫よこのぐらい。私もここまで生き残ってきたんだもの。このぐらい何ともないわ」
女は力こぶを見せたかったようだが、細い腕には何も変化はなかった。
「そうはいかない。放っておくとばい菌が入って危ないんだ」
それに、これは私の所為だしな。
そう言ってアウラは女の服を捲ると、そこに自身の手を当てた。
突然のことに驚く女を他所に、その傷に対しギフトを使う。
黄緑色の光の粒が女の腕を包むと、瞬時に傷を癒した。
「わぁーーすごい。とても傷があったようには思えないわ」
女はイルカのショーでも見ているかのように感嘆し、自分の腕を見つめていた。
「どうもありがとうね。えぇっとーー」
女はそこで言葉に詰まった。
「式神アウラだ。どうせいつ死ぬかもわからない。覚えなくていいよ」
いつもなら自分から名前を教えるようなことはしないアウラだが、この女に対しては引け目がある。そこで教えてしまった。
「アウラちゃんーーふふっ、とても綺麗で、可愛らしい名前。あなたにぴったりね」
「か、可愛いだと⁉︎」
「えぇ、とっても可愛いわ。こんなにツンツンしてるのに、私より小ちゃいのが、心をくすぐるわ」
女はそう言うと、アウラの頭を優しく撫でた。
「あら〜ふわふわしてて気持ちいい」
「な、なななーー何するんだキミ⁉︎」
「う〜ん、昔飼っていたワンちゃんに似てるわ〜頭の置き方もそっくり」
「やめないか!私は仏像じゃないんだぞ!撫でてもご利益などない!」
恥ずかしさもあり、女の手を払いのけた
「あらら、ごめんなさい。どこか私の仲間の一人と似ててね。つい癖で」
「そういえばアウラちゃんと一緒にいるあの女の子は『子供の村』の子?」
「子供の村?知らないな。あいつ……ヨシュアは昨日拾った仲間だ」
「拾った?」
「あぁ、なんでも自分がメシアだから殺してほしいって言って私についてくるんだ」
「それで?さっきキミが言っていた子供の村っていうのは何なんだ?」
「名前の通りの村で、小学生ぐらいまでの子供だけがいる村らしいの。でも結構凶悪な子達で、大人を見つけると殺してしまうらしいから気をつけて」
「なるほどね。そんな村があるのか――」
(そこだったら、ヨシュアを置いていけるかもしれないな。他人と一緒に行動するなんて面倒臭いし、うん。そうしよう)
と言ったところで、女は「あっ!」と言って何かを思い出したようだった。
「仲間ーーそうだ!そういえばそろそろ戻らなくちゃ!きっとお腹空かせて泣いてるわ。ごめんねアウラちゃん」
「別にいいがーー気を付けろよ。キミみたいなのが一人で帰れるか不安だ」
「だーいじょうぶ!私だってここまで生き残ってきたんだよ!それなりには強いんだから!」
そう言って女はフン!と両腕に力を入れてみせた。
だが残念なことに、先程と同じで筋肉の存在は感じない。頼りないものだ。
「じゃあアウラちゃん、絶対また会いましょう!」
微笑み、女は背を向けて走り出した。
「おい、キミ!」
女は立ち止まると、小首を傾げアウラを見た。
「私が名乗ったんだ。ちゃんとキミも名前を教えろ……ください」
「私は猪野詩トオカ!」
女はアウラに名前を聞かれた事が余程嬉しいのか、楽しそうに手を振る。
「トオカ、今度キミに会った時はキミの分のピッツァを作ってやる!楽しみにしていろ!」
罪悪感がそうさせたのか、それとも彼女の事が気に入ったからなのか、それは分からない。
だがアウラはどこか心地よいものを感じ、彼女に向け手を振り返した。
アウラの言葉にトオカは「ありがとー!アウラちゃん!」と言って森の奥へと去っていった。
「ふっ……」
とアウラは鼻を鳴らした。
「アウラちゃん……か」
自分の事をちゃん付けで呼ぶ人間ーーそんなのは世界が崩壊してから母以外で初めての存在だった。




