プロローグ 『The last days』
百合成分100%です。
主要キャラクターに男は出ません。
「結局……私は君に、守られてしまったな……」
血で赤く染め上られた衣服に身を纏った女は夥しい程の血と死体が転がる道を進む。
だが、体中を切り裂かれた激痛に顔を歪ますとその場に倒れこんだ。
ーー動け、動け、動け‼︎
女は痙攣して動かなくなった足に変わり、両腕を必死に動かし、先の少女の元へと地を這って進んだ。
そして少女の元へとたどり着くと、女は優しく少女の頬へと触れた。
「ずるいじゃないか……年長者としての威厳が丸潰れだ」
冷たくなった体から手を離すと、少女の髪を撫でた。
少女の持つ金色の髪の毛は、月明かりに照らされ、死してなおも美しく煌めいていた。
「ねぇ、もうよく寝ただろう……眠り過ぎは逆に良くない、早く目を覚ませ」
女はそう言って少女に微笑みかけるが、少女の瞼は重く閉ざされたままだった。
「っ……!どうして……どうして君なんだっ!何の罪も犯していない君が……何でこんな目にあわないといけないんだ‼︎」
少女との思い出が浮かんでは、消えていったーー
女は落ちてくる涙を必死に堪えると、黒い空へと向けて叫ぶ。
「なぁクソゴッド……聞いているんだろう‼︎今すぐ出て来いっ‼︎君のその首……私が今すぐ掻き切ってーー」
震えた喉から、ごぼり、と生温かいものがこぼれた。
「ーーっ‼︎」
構わず叫ぼうとする女の喉から出てくるのは、叫びではなく血だけだった。
吐血した血が地面に広がり、真っ赤に地面を染めていく。
『アウラッッ‼︎』
プラスチックで出来た銀色のフリスビーのような形をした機械が、浮かびながら女へと近づいた。
『アウラ!しっかりして‼︎死んじゃだめだヨ‼︎』
カタコトの日本語をスピーカーから発し、その機械は女へと叫ぶ。だがその叫びは、意識の朦朧とする女の耳には届いていなかった。
「ねぇ……エス。人類が全員滅んでしまったら……願いを叶えるって、権利は……誰のものになるんだ?」
女は仰向けになると、天を見上げた。世界が崩壊してしまったあの日から、ずっと変わることなく暗闇の空ーーだがその暗闇の端っこに、ぽつんと満月が浮いていた。
女は、夜が嫌いではなかった。
急かすことなく、ただ仄かな光で照らしてくれるその月の灯りが、居心地が良かった。
『そんなの……アウラは生きてるんだから!アウラの願い事になるヨ‼︎』
女はその言葉に安堵すると、自虐的に唇を吊り上げた。
「ははっ……そうか、そうだよね……生きてるんだから……私のか……」
女の視界からは月が消え……いつのまにか、空は真っ黒に染まっていた。
「私の……願いはーー」
xxx
20xx年ーー5月12日、世界は突如終わりを告げたーー
あの日は近所に変質者が出たとかで、学校の授業は午前中で打ち切られ、すぐに家に帰るよう言われた。
その帰り道、私は帰ったら母に渡そうと花屋へと立ち寄り、赤いカーネーションを1束買うと店を出た。
私が店に滞在していたのは十分程度だった。だが、頭上には先程まであった快晴の空は無く、代わりに星一つなく、黒い絵の具で塗り潰されたかのような漆黒の空があった。
いや、正確には違った。黒い空の少し手前に、巨大な影があった。それが満月を隠し、永遠に続く黒い空に見えていただけだった。
巨大な影が両手を掲げるのが月明かりによって微かに見え、その影が、巨大な人の形をしている事が認識できた。
ーー私は、神である。
巨大な影は、たしかにそう口にした。いや、“口にした”というより、その声が直接頭に響いた、という表現の方が正しいだろう。
コイツは何を言ってるんだ?そんな疑問を持つ間も無く、また頭に声が響く。
ーー私は、君達人類をこれからちょうど一年後の今日、滅ぼす。それを止めたくば、私が選んだたった一人の人間ーー救世主を殺せ。さすれば私は、君達人類を生きる価値のある存在だと認め、人類の生存を約束しよう。
人類が一年後に滅びる、そんな事を急に言われても信じられるわけがなかった。例えこんな異様な光景を目にしても、すぐに飲み込む事など出来るはずがなかった。
だが、そんな思考する事を、神が待ってくれるはずもなかった。
突然、何処からともなく現れた黒い雲が空を覆った。
ーー人は弱い。ならば、救世主を見つけられるよう、私が君達に贈り物を授けよう。
その声が頭に響き終わると同時に、堰を切ったように、雲から血のように真っ赤な雨が降り注いだ。
ポツリ、と赤い雫が私の瞳に当たった。
瞬間ーー目を焼けるような痛みが襲い、絶叫した。
だが、痛みは目だけに治らなかった。
血の雨の影響か、何本もの刃で皮を裂かれ、肉を抉るような痛みが全身を支配した。
うずくまり、ただ悲痛の叫びをあげつづける。
だが、神の声が容赦なく頭に響いた。
ーーさぁ、人間達よ。救世主を殺せ!見事その首を落とした物には、私が褒美としてどんな願いでも叶えてやろう!
のたうちまわる人を見下ろし、神は随分と楽しそうな声でそう告げると、その姿を消した。
赤く染まった悲惨な大地を、寡黙に月明かりが照らす。
それからしばらく……人が殺しあうまでに、そう時間はかからなかった。
一年後に人類が滅びるという“恐怖”
救世主を殺せば願いが叶えられるという“希望”
その2つが重なった時、人間はどこまでも愚かになれた。
神が現れてから11ヶ月の月日が流れた4月12日、未だに救世主は見つかっていない。
あと30日で、私達人類は滅亡するーー