EP2 弟子の才能
魔法湿布の力は偉大で、翌朝目覚めた頃に湿布を剥がすとユノの身体から痛みと打撲痕は綺麗に無くなっていた。局所的に自身の治癒能力を上げるというこの布が発売された当時、世界に衝撃が走ったのは言うまでもない。
そういうわけで昨日、短期間とはいえ無茶な修行をしたユノは今日も修行ができるのだ。
「じゃあ今日もやるぞ」
「はい!」
昨日から待ち焦がれた修行の時間にユノは活き活きと返事をした。一方エルは年季の入った分厚い本を片手に携えている。昨日とは違い、ユノが精神的に耐えられると分かっている今日は部屋の片隅に回復薬を大量に用意し、長時間修行ができるようになった。昨日の時点で止まれてはいるので使用の期間はあまり無いと思うが。
魔法を掛ける以外にエルの仕事は殆どないので暇つぶしに本を持ってきたのだ。
最初二回は昨日と同様に壁にぶつかっていたが、三回目以降はぶつかることは無くなった。五回目辺りから危なげも無くなってきたので長時間持続するように掛けてやると、いよいよエルの仕事は無くなり読書タイムとなった。
十五分から二十分に一度ほど、魔法が切れるとユノがやってきてエルが再び掛ける。というのを何度か繰り返す内にエルは面倒臭くなってきたのか一時間持続するように魔法を掛けた。
ここまで掛けても魔力が底を突かないユノの魔力量に驚きつつ、エルは読書を続けた。読書中、というか集中しているとき、時間は早く過ぎ去るもので、エルの体感にして早々にユノは話しかけてきた。
「もう一時間経ったのか」
「いえ、一時間は経っていませんよ。第一段階達成です!」
嬉しそうにユノは言った。
「あの自由に動き回れるようになるってやつか」
「そうです! 見てください!」
ユノがそう言うとエルは本に栞を挟んで彼女の方に向き直る。それを見たユノは振り返り、「いきますよ!」と言って動き出した。
一歩で常人では追えないほどまで加速すると、壁に着地。そして踏み込みさらに加速。床、壁、天井、全てを足場に、ユノは加速を続け、纏う青白い光は直線的な軌道を描く。空気抵抗を直接受けないために前方に張るよう指示した魔障壁もしっかりと展開できており、ユノの動きは及第点を与えられるほどには洗練されていた。
"最高速には及ばないが、実戦で運用しても問題なさそうだな。全く、数時間でこれか"
「もう大丈夫だ。戻ってこい」
エルの声でだんだんと減速を始めたユノはエルの前までドヤ顔で戻ってきた。
「どうですか?」
「及第点だ。この小さな箱でこんだけ速く動き回れているなら実戦でも大丈夫だろ。あとは自力で展開出来るようになるまで勝手にやってくれ。前にも言っただろうが、俺が手を出せるところじゃないからな」
一応見てるけど。と付け足すとエルは《属性付与》を解除して読書に戻った。
「わかりました。じゃあもう始めますね」
「ああ、頑張れ」
正直これくらいはやるだろうと、これくらいはやってもらわないと困ると思っていたエルは特に褒めることはしなかった。だが、今度の段階はこのようにはいかないだろうとエルは思っていた。
《属性付与》系統の魔法は発動を完全に感覚に依存する。エルのようにズルを使わない限り、相当運がいい者か天才的なセンスがある者かでないと、直ぐには習得できない。
つい先程天才的な真似をしたユノだが、使い勝手で言ってしまえば《身体強化》の速度超強化版のようなもの。普段使いしている魔法の亜種みたいなものだ。対して発動のイメージはかなり異なる。エルは流石のユノでもかなりの時間がかかるのでは、と思ったのだ。
まあ例えセンスが無かったとしても選択肢を虱潰ししていくだけなので原理的な条件が揃っていればいつかは習得できる。時間は掛かれど確実に出来るものではあるので、気長に読書でもしようとエルは思っていた。
だが、読書開始から十分後......
「エルさん。出来ちゃったんですけど......」
「は?」
エルの予想はことごとく打ち砕かれた。