EP1 初修行
「お前にはこれからの一月で《自己属性付与》をマスターしてもらう」
六面全てが石で出来た、視界の殆どが灰色に支配される部屋の中、エルはユノに言った。エル邸の地下にあるこの部屋の壁や床は一見ただの石に見えるが、エルによって強化魔法が掛けられており多少の衝撃では壊れない仕様になっている。高さは十メートル、床は三十メートル掛ける四十メートルほど、角には片手剣、両手剣、槍、弓などあらゆる武具が揃えられ、如何にも訓練場といった場所だ。
「オウン・エンチャント、ですか?」
ぴんと来ないように復唱するユノ。
「そう、文字通り自らに《属性付与》する魔法だ」
「でも雷属性魔法と言ったら派手な広域残滅魔法みたいなイメージがあるんですけど」
「確かにそうかもしれないが、魔術師としての土台がないお前が使えるようになるまでには相当な時間がかかるだろう。それに今の両手剣スタイルとも相性があまりよくない。
対してこの魔法は比較的手軽に習得できるし、前衛でも活かせる。というか前衛専用の魔法と言っても過言ではない。かと言って技の威力が劣る訳でもないし、むしろ使い方次第では勝ることが出来る」
「つまり私に一番合っている魔法だと」
「そういうことだ」
エルの説明に納得がいったユノだが、また別の疑問が残る。
「じゃあ《自己属性付与》って具体的にはどんな魔法なんですか?」
ユノが発したのはごく当たり前な疑問だったが、希少属性魔法の発展を妨げる原因の一つだった。師匠が同じ属性の適性者でない場合、魔法を見せることも出来ないし、感覚を伝えることも出来ない。たった一つの魔法を教えるにも、魔法を一つ開発するほどの労力が必要になる。それにより希少属性使いは減り、希少属性使いの師匠が減り、希少属性使いは減りという悪循環を呈しているのだ。
「少し魔力を貸せ」
エルの質問の答えになっていない言葉にユノは首を傾げるが、言われるがままにエルの手を握り魔力を送る。
"まさか......ね"
エルはユノの魔力の感覚を確かめると、ユノと十メートルほど距離を取る。バチバチっという音と同時に青白い光の筋がエルの周りで迸る。
「これが雷属性の《自己属性付与》、《雷纏》だ」
エルの言葉を聞き取り終えると同時に、ユノの背中に感触が襲う。振り向くとニヤリと口を歪めたエルの姿。鳥肌が走る。
「これからお前には、これを習得してもらう」
恐らくエルが昨日見せた超高速機動並みの速さ。それをこの一月で習得出来るとなれば。ユノのテンションは最高潮に達した。
「はい!!!」
ユノは目を今日一番輝かせ、元気よく応えた。
「というかなんで師匠は《雷纏》が使えるんですか?」
ユノの魔力を使えば原理的には雷属性魔法を使うことは可能だ。しかしそれは机上の空論。感覚が左右そんな方法で適性がない属性の魔法を行使できる者といえば、ほんの一握りの天才たちだけ。ユノは何かカラクリがあるのでは、と思ったのだ。
「一度見た魔法は原理的な条件が揃えば大抵は再現できる。まあ原理的な条件が揃うことがそうないから、殆ど使い所は無いんだがな」
エルは例外だったようだ。
「そ、それにしてもすごい能力ですね」
「これこそ宝の持ち腐れって奴だ。ああ、でもお前を弟子にしたことで少しは使い道ができたか」
エルの適性属性ならば宝の持ち腐れということはないのではないか、とユノは思ったが、エルが無駄な能力というならそうなのだろうと勝手に納得した。
「で、《雷纏》習得の計画なんだが、まずは俺がお前に《属性付与》を掛けて、その状態で自由に動き回れるようになってもらう。そしたらその感覚を頼りに自分で発動、展開、維持までできるようにする。そこまでできたらあとは展開までの速度を実戦で使えるまでに引き上げる。
大体こんな感じだが、これでいいか?」
「はい、大丈夫です」
ユノの了承を得るとすぐにエルは動き始めた。
「じゃあ早速」
差し出されたエルの手に、ユノは魔力を流す。何回か分の魔力を貰ったエルはユノの背後に回ると背中に手を当て、《属性付与》を発動する。先程のエル同様、青白い光の筋を纏ったユノは目を見開いた。
「これ、すごい...」
速度面においてユノが今まで使ってきた《身体強化》の完全なる上位互換。その効果の強さをユノは使用せずとも感じていた。
"なにこれ...? 今なら師匠と同じくらいのスピードで動ける気がする"
「ああ、その状態で無闇に動き回るなよ」
エルの忠告を受けたユノは軽く走り出す。
「はやっ......!」
エルの視線の先には一瞬で壁に激突したユノ。エルの言葉と壁を覆う弾力のある魔障壁、それとエルが同時に掛けた《身体強化》のおかげで気絶は免れたものの、かなりの痛みがユノを襲う。
「頭がぁ......」
「だから言っただろ無闇に動き回るなって」
「流石にあんなになるとは思わないですよ」
少し踏み込んだだけでこの速度。未だ強烈な痛みに頭を抑えているユノだが、改めてこの魔法の強さを実感していた。
「もう一回お願いします!」
「はいはい」
エルはもう一度ユノに魔法を掛ける。
そしてもう一度壁に激突していった。
「もう一回お願いします!」
激突。
「お願いします!」
激突。
「お、お願いします!」
激突。
「おねがい、します」
激突。
「お、おねがいします」
激突。
「おねがい、します!」
そして七回目。激突。
......はしなかった。
「師匠! 壁の前で止まれました!」
止まれたことにはしゃぐユノに対して、エルは内心感心していた。
"初回で連続七回とか耐えられないはずなんだが、それにたった七回で止まれるようになるとは。まあそのせいでもう身体が限界だな"
見ただけで再現できる男と比べてはいけない、七回で静止できるというのは凄いことなのだ。
「ああ、そりゃよかった。じゃあ今日はこれくらいにしとくか」
「なんでですか?」
もっと修行がしたいのか食い気味に問うユノ。
「お前はよくてもお前の身体は限界だ。休ませてやれ」
そう言いながらユノの背中をつつくエル。痛みに悶えるユノは嫌々だったがエルの命令を受け入れた。
その後ユノの身体が魔法湿布だらけになったのは余談である。