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EP3 締結

「なんで俺なんだ?」


 エルはユノに尋ねる。名声もランクも自分より上の冒険者などレーンにはゴロゴロいる、ユノならば関係を持っていても不思議ではない。少し実力を見られたとはいえ、B級止まりで【怠け者】なんて呼ばれてる自分に師事する理由はエルには見つけられなかった。


「エルさんも知ってると思いますが、A級以上の方々はちょっと妙な方々が多くて...Aランク相当かそれ以上の実力でまともな人がエルさん以外にいなくて」


「消去法で俺ってことか」


「まあ、そうなります...」


 申し訳なさそうにユノは肯定した。


「でも、もしかしたら俺も頭のおかしい奴かもしれないぞ」


「それは、多分ないと思います。あの強烈な方々に比べれば普通に会話できることだけで」


「まあそうだろうな。あいつらの中でまともな奴といったら一人か二人居るか居ないかのレベルだし」


 エルは少し同情の目をユノへ向けた。注目されるだけならまだしも、あいつらに囲まれるってのは流石にキツかっただろう。


「まあ俺を選んだ理由はわかった。でもなんで弟子入りしたいんだ? 〈迷宮〉に潜ってれば必然的に強くなると思うんだが」


 エルの質問にユノは少し答えるのを躊躇うが、店内を見回し客が誰もいないことを再確認すると小声で話始めた。


「実は私、雷の適性を持っていて...」


 その言葉にエルは目を見開く。


 魔術師において最も重要なポイントの一つである適性属性。魔法は適性のある属性のものしか使えないため、自身の適性属性がどれだけ強いか、多いかは魔術師の格に大きく関わる。最もメジャーなのが四大属性と呼ばれる火、水、土、風の四属性。しかしそれ以外にも希少属性、固有属性など多数の属性があり、雷属性は希少属性の内の一つである。詳しい説明は後に回すとして簡単に説明すると、ユノは強くて珍しい属性に適性があるということだ。しかしそういった属性は使い手が少ないので教えられる人が少なく、適性があっても使えないという人が多い。


「親も持っていたらしいんですけど、幼い頃に亡くなってしまって......でも親からもらったものですし、宝の持ち腐れはよくないと思ったので、師匠を探していたんです」


「それでなんで俺? 俺は雷属性なんて持ってないぞ」


 そう、エルは一言もそんなことは言っていないし、そんな素振りを見せてもいない。ユノが雷の適性者でないエルに弟子入りしても無駄になる可能性の方が高い。


「それでも、いいんです。たとえ雷の適性が無駄になったとしても、エルさんに師事したら大事なものを守れるくらいの力が手に入るって、そう思ったんです。身勝手なのは分かっています。だからどんな条件にも応えます。だから、お願いしますっ!」



「...っ!!」



「わかった、受けよう」


 エルは少しの間を置いて応えた。


「ありがとうございます!!!」


 エルの承諾にユノは思わず立ち上がる。


「実を言うと引き受けてもらえるとは思っていなくて、エルさんの弟子になれて嬉しいです!」


 ユノの浮かべた満面の笑みは今までエルが見てきた笑顔の中で一番煌めいていた。眩しいほどに。


「だが、条件が一つ」


「なんですか?」


 エルの一言にユノは身構える。


「住み込みで家事全般を処理してもらう」


「えっ、そんなことなら任せてください! むしろそれだけでいいんですか?」


 思っていたより軽い条件にユノは気を抜く。エルの今までの行動から夜のお誘い系統はないと思っていたが、それにしても軽すぎるとユノは感じた。


「そうだな......お前が一人前になったら仕事を一つ頼みたい」


「分かりました。そんなことならお安いご用ですよ」


「ならよかった」



 "住み込みで家事かー。ん? 住み込み?......住み込み!?"


「......えっと、住み込みってマジですか?」


 今更気づいた住み込みの衝撃に口調が定まらないユノ。予想と家事の落差への驚きに隠れていた住み込み、ユノは現在一人暮らしなので難しい条件ではなかった。しかし、同年代との同居というのはいくら師匠といってもハードルが高かった。


「マジだ。その方が効率がいいし、俺はロリコンじゃないからな。安心しろ」


「ロリコンって、エルさんと私そんなに年齢離れてないですよね?」


「いや、俺もう二十代中盤だからね? 見た目はともかく」


 ここでエルの衝撃発言。


「ああ、あと一軒家だから個別に部屋はあるぞ」


「年齢のことも部屋のことも早くいってください!」


 「はあ...」と安堵の溜息を吐くユノ。張り詰めていたユノの表情はすっかり弛緩したものになっていた。


「じゃあ契約成立ってことで」


 エルは右手を差し出す。ユノはその手を握ると笑顔で応えた。


「改めて、これからよろしくお願いします。師匠」


「師匠呼びはやめろ、今まで通りでいい」


「いいじゃないですか、エル師匠」


「や め ろ」


 ◾️


side:ユノ


 あの後色々決めたり雑談したり、すっかり夜になってから帰った私はベッドで寝転がりながら今日一日を振り返っていた。


 死にかけて弟子入り。我ながらめちゃくちゃな一日だったけど、目標まで何歩も前進したよ。


 エルさんにあんな無茶なお願いが通ったのは驚いたけど、あんな顔の裏にもみんなと同じ下心があるのかな。それとも何か違う理由でもあるのか。


 まあいいや、そんなことより弟子入りできたことを喜ぼう。あの人のもとなら欲しい力が手に入るって、全く直感なんだけど、でも確信を持って言える。生まれて初めての感覚だけどエルさんもこんな感覚があったのかな、だから承諾してくれたとか?


 それにしてもエルさんって不思議な人だ。あれでも全力じゃないだろうし、底が見えないっていうか。面倒だからっていう理由だけでB級に居続けるのもなんか怪しいし。......でもまだそこまで踏み入れる立場じゃないよね。余計な詮索はやめとこう。もっと信頼関係を築いてから、もっと師弟関係を続けてから、それから聞こう。


「はあ...」


 起き上がって部屋を眺めると自然にため息がこぼれた。一年過ごしたこことももうお別れかと思うとちょっと悲しい。


「同居かあ」


 孤児院をノーカウントとすると、初めての同居生活がもうすぐ始まるらしい。まだあんまり実感がわかない。初めての同居、というか二人暮らしは恋人とするだろうと思っていたけど、師匠に初めてを奪われるとは、嫌ではないけど想像とはだいぶ違う。引越しの準備は、いらないか。持ってくものといったらこのベッドとクローゼットくらいで、多少増えてもどうせ《袋》(エルが魔石を収納していたのと同じもの)に入る。多分。


「よし、がんばろう」


 明日からの新生活に気合いを入れる。


 消灯。


 どんな修行が待っているのか。ベッドの中で希望と不安を抱きつつ、"おやすみなさい"と心で唱えた私は次第に夢の世界へと落ちていった。

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