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EP2 申し出

 三大陸の一つ、ミズガン大陸東部に位置する大国、レジスト帝国。

 実に大陸領土の三分の一を支配するその国の東端、つまりミズガン大陸の東端にレーンという都市はある。


 第二の都市、東都とも称されるレーンの特徴は大きく二つ。


 まず第一に、ミズガン大陸と陸続きになっている二つの大陸の内の一つ、エンリル大陸との唯一の通行口である点。エンリル大陸からミズガン大陸へ行こうとしたとき、レーンへと続く道以外は険しい山々と強大な魔物に阻まれているため、これによりレーンはミズガン大陸に輸入されるエンリル大陸の物品を独占している。


 そして第二に、〈神造迷宮〉を地下に備えている点だ。〈神造迷宮〉、【神】が古代に造ったとされる〈迷宮〉は三大陸(ミズガン大陸・エンリル大陸・ディアクト大陸の三つの大陸の総称)という広大な土地の中でも片手で数えられるほどに少なく、レーンの〈矛盾迷宮〉を目指し、国内外から多くの冒険者が訪れている。


 そんな街の一角、冒険者ギルドの中はいつにも増して騒然としていた。ある者は噂話に精を出し、ある者は嫉妬に苛まれ、ある者は自分の幸運を神に感謝し、ある者は彼らの凶運を嘆き、またある者は急に降りかかった業務に追われている。混沌といった様子だが、その原因は皆一致していた。


「俺の言葉の意味はわかったか? オルティス」


 カウンターの前、諸々の報告を終えたエル達は話を再開した。


「ええ、まあ大体は」


 そう言ってユノは帰り道の会話を思い出す。エルは上に行ったらわかると勿体ぶっていたが、帰り道の暇つぶしがてらユノに自分の俗称とその由来を教えておいたのだ。


「それにしてもなんでレーン支部最短B級昇格なんてことしたんですか? どうせB級にとどまるつもりなら一般的な早さで昇格すればよかったじゃないですか」


「B級になったら固定給が貰えるだろ? 俺は最低限の労力である程度の生活がしたかっただけだ。特に他意はない」


 エルは所業の理由をそう説明した。最短でB級、固定給がもらえるプロ冒険者に昇格したものの、途端に最低限の働きしかしなくなった末についた仇名が【怠け者】。レーンの冒険者界隈で有名なエルの存在をユノが知らなかったのは、悪影響を及ぼすと考えたファンたちが会わせないように工作していたと考えるのが妥当だろう。結果的にはこうなってしまったのだが。


 それなら何故私を助けてくれたのだろうかともユノは思ったが、救助料云々のやりとりを思い出す。それにエルが最低限の労力での生活を目指しているということは......


「私たちを助けてくれたのも、あの魔物を倒してくれたのも全てはその信念によるものというわけですね」


「お陰で今月のノルマはクリアさせて貰ったよ。失望したか?」


「いえ、世の中色々な人がいますし、それにエルさんが私の命の恩人であることに変わりはありませんから」


 笑顔で返されたその言葉にエルは少し驚く。


「変な奴もいるもんだな」


 エルの独り言は誰かに届くことはなく、無言で彼に見つめられたユノは可愛らしい笑みを浮かべたまま首を少し傾げたのだった。



「はあ......エル君はやれば出来るんだから、もう少しくらい仕事してくれてもいいのに......」


 少しして戻ってきた受付嬢ーータニアは半分諦め混じりの文句を漏らす。


「別にいいだろ、ギルドの規則も守ってる」


「うーん、相変わらず可愛げがないわね......この態度、どう思う? ユノちゃん」


「私はいいと思いますよ。これはこれで違う可愛さがあるじゃないですか」


 "ん?" 「わかってるじゃないユノちゃん! いい仲間になりそうだわ〜」


 感慨深そうするタニア。一方エルはユノの返答に動揺する。


「おい、そんなことより報酬だ。報酬」


「はいはい、わかってるわよ」


 恥ずかしさを誤魔化すように話を露骨に逸らすエル、それに対してタニアは母親か年の離れた姉のように応じる。エルはタニアのそういうところが苦手だった。


「進化種〈炎鳥〉の素材買取と魔石買取で一〇〇万オル、それと冒険者カードと救助代、ついでの魔石買取で二万三三〇〇オル。合計で一〇二万三三〇〇オルです、お受け取り下さい」


 そう言ってタニアは金の入った皮袋をエルに差し出した。


「ユノちゃんの分は言われた通り全部ジャン君にあげるようにしたけど、本当に良かったの?」


 ジャンとはユノと一緒に潜っていた男のことだ。今はギルドの救護室で寝ている。


「臨時とはいえパーティーでしたから、面倒なことにならないとも限らないので」


 苦笑いして応えるユノ。以前にそういった経験があったのかもしれない。


「そっか、じゃあこれからも頑張ってね〜。エル君も」


「はい、頑張ります!」「これからも適当にやるよ、じゃあな」


 エルとユノはタニアに別れを告げ、ギルドを後にする。嫉妬、羨望、それから好奇の目に晒されたエルは開放感に溜息を吐いた。


 ユノ・オルティス。やっぱり俺の予想は外れていなかったみたいだな。非常に整った容姿、礼儀正しい態度、それに十六歳でB級昇格ときた。そりゃ人気者にもなる。最年少記録は取れなかった俺のせいで取れなかったみたいだが、A級の記録は取れることだろう。


 オルティスという名字に間違いがなければ、あるいは......


「あの、少し大事な話がしたいのですが......」


 思考に(ふけ)るエルにユノは遠慮気味に話しかけた。エルは予想外の申し出に少し吃驚するが、すぐに元のやる気のない顔に戻って応えた。


「別にいいが、場所を変えるぞ」


 冒険者が沢山ふらついているギルド周辺で大事な話をするのは得策ではない。ユノもそのことを承知しているのだろう。彼女は頷き、二人はギルド周辺に広がる通称冒険者街を抜けていった。


 ◾️


「で、話っていうのは?」


 レーン北外区画にある喫茶店。老爺が一人で経営しているこぢんまりとした店の中、そこにエルとユノはいた。緊張した面持ちのユノ、一方向かい合うエルはいつも通りの様子だ。他の客は居らず、マスターは口が堅いと常連のユノの折り紙付きなので話をするには最適な場所だった。


「えっとですね......」


 エルが話を振るとユノはさらにそわそわし始める。エルとユノは道中殆ど喋っていなかったが主に話しかける側のユノが黙っていたことが原因だった。ユノの緊張度合いにエルの方も少し背筋を伸ばし、次の言葉を待つ。



 十数秒の沈黙が流れる。



 するとユノは覚悟を決めたようにエルを見つめ、そして声のボリュームを数段上げて言い放った。




「私を弟子にして下さい!!!!!」

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