第98話 依頼書の内容
前回のあらすじ:コウガイはつよつよ
「ぐ……」
血の海に沈んだ魔物たちは、武器が破壊されると徐々に人間の姿を取り戻した。
ほとんど虫の息ではあるが、生きてはいるようだ。
「愚かな者どもよ……」
血の海に沈んだ魔物を憂いを帯びた表情で眺めながら、コウガイがぽつりと呟く。なにやら思索にふけっているようだが、俺は俺でやることがある。
「ライノ殿、何をしているのだ?」
冒険者たちを縛ったあと、店から低級回復薬を取ってきて連中の口に突っ込んでいると、コウガイが声をかけてきた。怪訝そうな表情だ。
「何って、コイツらこのまま放っておけば死んじまうだろ」
「ライノ殿は、このような狼藉者を許すというのか」
「……? まあ、死んじまっては元も子もないだろ?」
「店を破壊されたのだぞ?」
「だからこそ、だろ」
このまま死なれでもしたら、一体誰が店の弁償をするんだ。
こんなゴロツキ冒険者どもの死体なんて、身ぐるみどころかケツの毛を一本残らずむしったところで、せいぜい壊れた扉を一枚買い換えて終わりだ。
だから、コイツラには生きて稼いでもらなわないとならないのだ。
もちろん、きちんと取り立ての算段を考えておく必要があるが。
「……なんと」
コウガイは驚いたように目を見開き、すぐに目を細めた。腕を組み、しきりに「うむ、うむ……」と頷いている。
心なしか、こちらを見る目が優しげになった気がする。
何か、勘違いをされている気がするんだが……
別にコイツラに情けをかけて生かしたわけじゃないぞ。金のためだ。
「ライノ殿」
コウガイが話しかけてきた。
真面目な表情だ。それに、なにやら畏まった態度だ。
「吾輩は、いかなるときでもお主の力になると誓おう」
そんなことを言ってきた。
俺の思ったとおりじゃねえか……
コイツ、お人好しがすぎるぞ。
「お、おう。そのときは頼む」
まあ、それをあえて訂正する気もない。
さすがにここで否定するのは野暮にもほどがあるからな。
それにさっきも「困ったことがあったら吾輩に言え」的なことを言っていたからな。それが改めて繰り返されたにすぎない。何も問題はない。
……それはさておき。
「お、あったあった」
リーダー格っぽい剣士の持ち物を漁ると、ギルドカードが出てきた。
やはりコイツら、冒険者で間違いないな。
もしかして盗賊やら無頼漢の類いだったらどうしようかと思ったが、いらぬ心配だったようだ。
これならば、コイツらをギルドに突き出して、職員立ち会いのもと弁償金についての証文を書かせればいい。そうしておけば、どこでコイツらが依頼を受けたとしても、それが冒険者ギルドを通した依頼であるならば、達成するたびにそのうちの何割かがこちらに送金されるという寸法だ。
まあ、キチンと稼いでくれることが前提になるが。
「ええと、ランクは……剣のヤツがC、斧と弓がD、か」
冒険者としては、中堅下位といったところか。
年齢が剣士が二十代後半、ほかが二十代半ばくらいであるところを見ても、可も不可もない、一山いくらの平凡な冒険者だな。
持ち物をさらに漁るが、今のところめぼしいものは特になさそうだ。
ダンジョン探索用の装備一式に、金銭が少々。
宵越しの金は持たない主義なのか、銅貨や石貨ばかりだ。
もっとも店に入ってきたときには酒臭かったから、一杯引っかけてきたあとなのかもしれない。
ほかには、ギルド発行の依頼書と、ダンジョンでの戦利品と思しき魔物の牙や切り取った獣の耳などが見つかった。
これは、洞穴狼に……オークだろうか。
……んん?
これは、ずいぶんと数があるな。
三人の持ち物を総合すると、各種で三、四十体分……か。
かなりの量だ。群れを殲滅でもしなければ、こんな数にならないぞ。
たかがC、Dランク冒険者の、それもたった三人だけで狩れる数ではない。
もっともなにか強力な攻撃手段があれば……別だが。
「……ええと、なになに」
依頼書の内容を読み込んでいく。
『ヘズヴィン第十六洞穴に潜り、内部に巣くう魔物の掃討を行ってほしい。目的は、新作武器の運用試験。詳細については、中央街区倉庫街にある当工房所有の武器庫にて説明を行う。推奨ランクはDランク冒険者パーティー以上。ただし試験の性質上、Bランク以下であることが望ましい。依頼主:マルムステン工房』
ヘズヴィン第十六洞穴か。
街の周囲になるダンジョン群でも最近見つかったものだな。
確か、あそこは階層は浅いものの比較的魔物が強く、中堅冒険者以上でないと立ち入るのが厳しいダンジョンだったはずだ。
もっとも、新型武器の試験運用という目的ならば、悪くない環境だろう。
しかし、なるほど。
どうやらコイツらが所持していた魔武具の出所は、ここらしい。
だが、知らない名前の武器屋だ。新興だろうか。
しかし、人間が魔物化するような危険な武器をその辺の冒険者に渡してテストさせるとは、ずいぶん危ない橋を渡る。
もちろん信頼できる冒険者のツテがなかった、そもそも武器が人間を魔物化することまでは想定外だったなど、理由はいくつか考えられるものの、どうも胡散臭いな。やはりナンタイが関わっているのだろうか。
「ライノ殿、どうしたのだ?」
俺が依頼書と睨めっこをしていると、コウガイが声をかけてきた。
「これを見て見ろ」
「……これは?」
「冒険者ギルドの依頼書だ」
「ぬう。すまぬが、この国の仕組みには疎くてな」
コウガイが困ったような顔をして言った。
東国には冒険者ギルドはないのだろうか。
このままでは話が進まないので、簡単にギルドの仕組みを教えてやる。
「……なるほど。つまりは傭兵や浪人、あるいは流しの乱破などをとりまとめる組織ということか。吾輩の郷里にも似たような制度があるが、民間のものは見たことがないな」
俺としては、傭兵はともかくロウニンとかラッパシュウとかいうのが分からないが、冒険者の東国版ということで理解しておく。
依頼書の内容については、コウガイは難しい顔をして俺の説明を聞いていたが、「そうか」とだけ言って黙り込んでしまった。
俺としては特に深入りするつもりはないので、彼がどうするかまでは聞かずにおいた。まあ、調べにいくのだろうが。
「あの……ライノさん、大丈夫ですか?」
一通り冒険者たちを調べ終わったころ、ペトラさんがおそるおそる店から出て来た。
「ああ。そっちは無事か?」
「無事か無事じゃないかでいうと私は無事なんですが……このお店で営業は無理ですね……」
ペトラさんが肩をシュンと落とす。
『彷徨える黒猫亭』はここ以外にもまだ二店舗あるので営業自体は継続可能だが、大損害には変わりない。
せっかくの休日だったのに、とんだ災難だ。
もちろん、俺だってコイツらを許す気はない。
キチンと弁償してもらわないとだな。
そのためには、まずは冒険者ギルドに向かう必要があるが。
「そういえば、こちらの方は? お客様ですか?」
ペトラさんが、そばに佇むコウガイを見て言った。
「ああ、彼はだな……」
コウガイを紹介しつつ、状況についてざっと説明。
店を壊される前にコウガイが料理を食したことも申し添える。
それを聞くと、ペトラさんがちょっとだけホッとした顔になった。
「それは不幸中の幸いでした。不可抗力とはいえ、お客様にお料理を提供できないのはさすがに悲しいですから」
ペトラさんらしいといえばらしい答えだった。
「さて、俺はこの三バカを冒険者ギルドに連行するつもりだが……コウガイはどうする?」
「すまぬが、調べ物がある。『ぎるど』とやらには同行できぬ」
まあ、予想していた答えだ。
俺としても、コウガイは成り行きで助けただけだからな。
これ以降は好きにすればいいだろう。
「分かった。じゃあ、悪いけどペトラさんは被害者として証言してもらうから、一緒にギルドに来てくれ」
「は、はい」
あとは、問題はどうやって三人をギルドまで連行するかだが……
魔王の力を使い身体能力を底上げすれば、大人三人くらいはまとめて縄で縛っておけばらくらく引きずっていけるだろう。
……担いでいく? HAHAHA。




