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第87話 常連

前回のあらすじ:ライノは尾行者たちの熱い拳闘を観戦した



※関連話…第20話

 ただし、今話の読了後に第20話をお読み頂いた方がよりお楽しみ頂ける気がします。

 『彷徨(さまよ)える黒猫亭』で料理人を始めてから、二週間ほどが経った。


 例の尾行からは一週間ほど、といったところだ。

 今のところ、グレン商会からの直接的な接触はない。


 尾行はその後も何度かあったが、全部撒いてやった。

 最初のうちはゴロツキだけではなく駆け出し冒険者なども使い血なまこになって俺を追いかけていたが、三度目くらいからおざなりになり、五度目で追跡を諦めたようだ。


 いずれにせよ、尾行役にその道のプロを出さなかったことを考えると、もともと俺に対する優先順位は低かったのだろう。


 見た目はただの冒険者だし、どちらかといえば俺が香辛料を買い付ける方がメインだからな。


 香辛料屋の旦那も俺に対する尾行が分かったあとは、取引はなるべく自然に、かつ他人の目が無い環境を作るように気を配っていたし。


 ちなみに、『彷徨える黒猫亭』にはその手の連中はやってこなかった。

 さすがにゴロツキやら駆け出し冒険者程度では、この店を探し当てることはできなかったらしい。


 そんなわけで、ひとまず平穏な日々が戻って来たわけだが……




「よう、ライノ。こんなところで会うとはな。最近姿を見ないとは思っていたが、まさか料理人に転職しているとは思わなかったぞ」


 『彷徨える黒猫亭』のカウンター越しに親しげに、そしてなにより興味深げな顔で話しかけてくる『常連』を見て、俺は頭を抱えた。


 目の前にいるのは、鋭い目つきをしたオーガのような体躯の大男だ。

 名はアーロン。

 冒険者ギルドヘズヴィン支部長その人である。


 どうやらアーロン支部長殿は俺が勇者パーティーにいたこともあって、顔を覚えていたようだ。


「…………それはこっちのセリフだ。まさかアーロン支部長殿がここの常連だったとはな。というか、俺はまだ冒険者を辞めたわけじゃない」


 確かにこの店は熟練の冒険者でもなければたどり着けない場所にある。

 その冒険者を束ねるギルド支部長ことアーロン殿がここの常連だとしても、何もおかしくはない。おかしくはないのだが……


 よりによって今日来るのかよ!


 最近俺もだいたいの仕事を覚えて、ペトラさん、オバチャン、俺の三人体制で店を回し始めたところだ。


 要するに俺は今、一人なのである。


 ペトラさんが一緒にいれば、せめてコイツが退店するまで身を隠していられたというのに……間が悪いにもほどがある。


 そんな俺の懊悩(おうのう)を知ってか知らずか、アーロンは話を続ける。


「そうなのか? お前、勇者様のパーティーを抜けてからずいぶん経つだろう? その割には大して依頼も受けていなかったからな。最近じゃ、めっきりギルドにも顔を出さなくなったし、何をしていたのかと心配していたんだよ」


 ……余計なお世話というやつである。


 アーロンはテーブルに置かれたコップの水をぐい呷ると、さらに話を続ける。


「まあ、その勇者様ご一行もどういう訳か、つい最近解散しちまったんだがな。魔法剣士のイリナは解散届けをなぜか得意げにバンバンとカウンターに叩きつけやがるし、あまりの重大さに受付嬢はビビっちまうし……いやはや、近年まれに見る大事件だったぜ。……ライノ、お前何か知っているか?」


 ニヤリ、と厳つい顔を凶悪に歪めるアーロン。

 その無駄にデカイ体格のせいで、ただでさえ狭い店内がまるで犬小屋のように感じられる。

 さしずめ俺は小屋の中でボス犬に睨まれた子犬といったところだろうか。

 殺気とまではいかないが、アーロンからは有無を言わせぬ無言の圧力を感じる。


 すなわち、『知っていることを吐け』だ。


 もしかすると、俺がここで働いていることをアーロンは既に把握していたのかも知れない。

 だとすれば、わざわざ今日この日にやってきたのにも納得がいく。


 はあ……面倒くせえ……


 とはいえ、ご丁寧に情報をくれてやる必要はない。

 それに、ことの経緯をパレルモとビトラ、それに俺自身の力について省きつつ話すと、矛盾無く説明をするのが困難だからな。


 こういうときはしらばっくれるに限る。


「連中が解散したのは、俺がクビになった後のことだろう。ならば、その理由なんぞ俺が知るわけがない」


「……そうか。変なことを聞いて悪かったな」


 アーロンはそれだけ言うと、カウンターテーブルに置かれた水差しから空のコップに水を手ずから注ぎ、ぐいと飲み干した。


 意外なことに、アーロンはこれ以上問いただす気はなさそうだった。

 こちらとしては、それならそれで助かるが……少々拍子抜けだ。


「それより、メシはまだか? 今日は特に仕事が立て込んでいてな、腹が減って辛抱たまらんのだ。このままでは餓死しちまう。若かりし時分、ダンジョンで遭難した時のことを思い出すぜ」


 わざとらしく悲しそうな顔を作り、大仰な素振りをしてみせるアーロン。


 ひとまず、この話は終わりのようだ。

 ならば、俺も料理人として振る舞うべきだろう。


「……たった今できたところだ、お客様。注文の『野菜ごろごろカリー(激盛り)』、お待ち!」


「おお! 待ちかねたぜ。やはり『彷徨える黒猫(ここ)亭』に来たら、コイツを頼まなきゃな!」


 山盛りのライスにどっぷりと掛けられたカリーを見た瞬間、アーロンは相好を崩し、両手を擦り合わせた。


 さきほどの圧力はどこへやら、だ。

 嬉しそうに皿を受け取ると、すぐに匙をカリーに潜らせる。


「しかし、ギルド長殿ともあろう者がずいぶんと大人しいメニューを頼むんだな。『もっと肉マシマシにしろ!』とか無理を言われるかと思ったぞ」


「俺を何者だと思っているんだお前は……いやな、しばらく書類仕事ばかりで執務机に齧り付いていたら、腹が出てきちまってなあ。肉は控えているんだよ。……うむ、美味い! やはりこの味だな!」


 言い訳じみたセリフを吐いてカリーをぱくついているが、アーロンの図体は鍛え上げた騎士のように筋骨隆々だ。


 自虐してみせる腹の肉付きだって、香辛料屋の旦那と比べたらスライス後の生ハムと厚切りベーコンくらいほどには圧倒的な差がある。

 どちらがどちらかは、言わずもがな、だ。


 つーか減量したいならば、肉を抜くよりもその量自体をなんとかしろよ……

 カリーの『ルウ』には獣脂やらバターやら小麦粉やら、太りそうな食材をふんだんに練り込んであるんだぞ。

 どう考えても肉とかそういう問題じゃない。


 ……まあ、儲かるから言わないが。


「そういえば、ライノ。お前、まだ冒険者を続けていると言ってたな?」


 バクバクと『野菜ごろごろカリー』をがっついていたアーロンがふいに匙を止め、そんなことを言ってきた。


「……? さっき、そう言っただろう。登録だって、抹消するつもりはないぞ」


「そうか」


 アーロンが黙り込む。

 匙を持ったまま顎に手を当て、なにやら考え込んでいるようだ。


「どうした? 俺が冒険者を続けていると、何かマズいのか?」


「いや、何もマズくはない。むしろ、お前のような腕利きに冒険者を引退されちゃ困る。経験値の高い盗賊職(シーフ)は貴重だからな。無論、死霊術師もだが」


 ならば、なんだというのか。


 アーロンはしばらく難しい顔をしたあと、重々しく口を開いた。


「ライノ、お前にならば話しても問題なかろう。元Sランクだしな。身なりに話しぶり、それ立ち振る舞いにしても、どうやら金に困っているようにも見えんし」


「確かに金には困っていないが……」


 口調からして、面倒ごとの匂いがプンプンする。

 だが、腐ってもアーロン支部長殿直々の情報だ。

 俺が知らないことで不利益を被る可能性もある。


 俺が無言で先を促すと、アーロンは「うむ」と頷き先を続けた。


「お前はここ最近、商工ギルドが発注元の依頼を受けたことはあるか? あるいは、ウチを通さずに直接依頼を持ちかけられたことはあるか?」


「冒険者ギルド経由で、少し前に商工ギルドの護衛任務を受けたことがある。だが、それがどうした? そもそも誰がどの依頼を受けたかなんて、それこそあんたが一番把握していることだろう」


「いやまあ、そうなんだがな」


 アーロンが微妙な顔をする。

 どうも要領を得ないな。


 俺がいう商工ギルド由来の依頼とは、以前交易路に出没する山賊を討伐するはずだったが、結果的にペッコとかいう魔人を討伐することになった、あの一件だ。


 とはいえ、報告をまとめてギルドに提出したのは金ぴか鎧のピエールとかいう優男が率いる『女神の護り手』だったから、あの一件がどういう風にアーロンに伝わっているのかは分からない。

 だが、討伐隊として俺が参加していることくらいは記録として残っているはずだ。


「じつはな、ここのところ商工ギルド由来の依頼が急増していてな」


「それはいい傾向じゃないのか? 商工ギルド由来となるとルーキー御用達案件ばかりだろうが、それでもギルドにとって依頼はあるに越したことはないだろう」


「それについては全面的に同意する。だが、その依頼の中身に問題があってな」


「依頼の中身?」


「ああ」


 そこで、アーロンは皿から匙でカリーをすくうと、ぱくりと一口食べた。

 どうやら食欲の方は失せていなかったらしい。


「グレン商会という商人連中を聞いた事はあるか? 行動食やら武器や防具などを扱っている関係上ウチとも浅からぬ付き合いがあるから、名前くらいは知っているかも知れんが」


「……ああ」


 よく知っている名前だ。

 もっともそれは悪名で、だが。


「で、だ。連中の依頼内容は多岐に渡るが……大別すると、長期にわたる連中の身辺警護及び商隊護衛、それに市場調査(・・・・)だ。おまけに、高ランク冒険者を優先的に募っている。もちろん、それ自体は問題ない。……しかし、だ」


 ぱくりともう一口。

 カリーと一緒に野菜をすくうことも忘れない。


「身も蓋もない言い方だが……連中の欲しているのは、私兵だ。しかも、諜報部隊付きの、本格的なヤツを、だ」


 カリーのルーで口元が茶色に染まった冒険者ギルドヘズヴィン支部長アーロンは、ただでさえ厳つい顔の眉間にシワを寄せ、そう言った。


 ……なるほど。


 俺はアーロン支部長殿に心の中で感謝を捧げる。

 これは知らないと不利益を被る方の情報だ。


 ただ……


 アーロンが野菜カリー狂いという情報の方は、知りたくなかった。

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