第67話 遺跡攻略⑬ 死霊術の効果
前回のあらすじ:イリナ→ドラゴンゾンビ クラウス→異形の聖騎士 と合体して魔物化していた
「ようイリナ! クラウス! しばらく見ないうちにずいぶんと面白い見た目になったじゃねーか!」
俺はクラウスに向かって駆け出そうとするパレルモに「待て」と手で制してから、戦い続ける二人に声を投げかけた。
もちろん一心不乱に戦い続ける二人に俺の声が届いているとは思っていないし、これから鎮圧するつもりなのだから挨拶も何もあったものではないが、そこはそれ、親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。
別に、もしかしたら俺の声が届いたりしないかなーとか淡い期待があったからじゃない。
『イアアアァァッ!』
下半身がドラゴンゾンビになったイリナは咆吼をあげると、肉のゴーレムと化したクラウスに突進していく。
こちらには目もくれない。
まあ当然といえば当然だが、つれないな。
イリナの魔法剣が一閃、二閃、虚空に蒼白い軌跡を描く。
次の瞬間、業火がクラウスの上半身を喰らい尽くした。
『グウウゥゥ……』
が、さきほど同様、攻撃はほぼ効いていない。
頭部を消し炭にされたにもかかわらず、クラウスの炭化した肉があっという間に再生した。
『ウガアァァッ!』
獣のごとき咆吼とともに、手に掴んだ石柱を一振り。
鈍い音とともに、イリナのドラゴンの胴体部分がひしゃげた。
だが、こちらもすぐさま再生を始め、あっというまに元通りになる。
それを、幾度となく繰り返す。
まったくもって、キリがない。
強化トレントに侵食された二人は、再生のための魔力を遺跡から直接吸い上げているらしい。
あの巨体を一瞬で再生させるほどの莫大な魔力量だ。
それくらいしか考えられない。
第一階層で遺跡の魔力が薄いと感じたことも、その事実を裏付けている。
さて、このまま邪魔が入らなければ永遠に二人で戦い続けるだろうが、俺はこの二人をなんとかして連れて帰らなければならない。
熾烈な戦いを繰り広げる二人の間に無理矢理武力介入してもいいんだが……
もうちょっと簡単に鎮圧するための手札を試そうと思う。
それは、死霊術だ。
正直なところ、イリナとクラウスの生存はかなり厳しいと思っている。
今も元気に戦い続けているとはいえ、二人がこの状態になってからおそらく数日は経っているだろうし、なによりトレントに侵食されすぎている。
もちろんまだ二人が生きている可能性だってないとは言えないし、俺もその可能性を信じたい。だが普通に考えれば、あんな状態で生きていると思う方がおかしいのだ。
……その断定を、どこか心の中で避けていた俺が言うのもなんだが。
ともかく、ものは試しだ。
死霊術が掛かればそこで戦闘終了、掛からなければ二人とも生存の目があるということになる。
どちらに転んでも、デメリットはない。
だがまあ、アイラに一言断りを入れておくべきか。
死霊術が掛かるということは、それはつまり姉の死をこれ以上ない形で突きつけてしまうわけだからな。
俺は振り返ると、後方で座り込んだままの彼女に声を掛けた。
「……アイラ。今から俺は、イリナとクラウスに死霊術を使う。構わんな?」
「なっ!? おいライノ! お前自分が何を言っているのか分かっているのか!」
アイラの隣にいたサムリが、驚愕と怒りの混じった声を上げた。
まあ、サムリの言いたいことは分かる。
アイラを思ってのことだろう。
だが今この状況では、サムリの意見は求めていない。
こんな場で、感情論なんてクソの役にも立たんからな。
「…………」
アイラを見ると、彼女は無言で俯いていた。
どんな表情をしているかは、ここからでは分からない。
が、それも一瞬のことだった。
彼女は一度だけ袖で顔を拭うような仕草をしてから、さっと顔を上げる。
「……にいさまがそうすべきと判断したなら、私に口を挟む権利なんて、ないわ」
彼女の碧眼は、しっかりと俺を見据えていた。
迷いのない眼だった。
実のところ、アイラも分かっているのだ。
「……そうか」
俺はそれだけ、言った。
今の彼女に俺から掛けてやれる言葉なんて、そう多くない。
救える者かそうでない者かの区別を、情に流されることなく冷静に判断できるのは一流の治癒術師の条件だ。
俺は彼女の選択に、敬意を表する。
俺は片手を前方に突き出し、唱える。
「――《クリエイト・アンデッド》」
仄暗い光が、前方で戦い続ける二体の魔物を包み込んだ。
イリナとクラウスが、ピタリと動きを止める。
静寂が訪れた。
そして――
『アアアアアァァァッ!!』
『ガアアアアァァッ!!』
イリナとクラウスが、再び戦い出した。
――死霊術は、死体にしか効力を及ぼさない。
それは、どんな強力な魔物でも同じだ。
たとえ、屍龍だろうが、屍肉でできたゴーレムだろうが変わらない。
さきほど二人が動きを止めたのは、死霊術が放つ魔力光に一瞬気を取られたからだったらしい。
ということは……
振り返ってみると、アイラはぎゅっと眼を瞑っていた。
まあ、いくら覚悟していたとしても、自分の姉がゾンビになる瞬間なんて見たくないだろうからな。
「アイラ」
声を掛けると、彼女の肩がびくんと震えた。
「にい、さま? 術は、どうなったの?」
それから、おそるおそるといった様子で、眼を開いて俺を見る。
その様子に俺は肩をすくめて、苦笑してみせる。
「喜べ。術は失敗だ」
「え……?」
最初アイラは、俺が何を言ったのか理解しかねたようだ。
呆けたような顔のまま、しばし固まり……
そのままの顔で、大粒の涙が彼女の双眸からぽろぽろとこぼれ始めた。
「ねえ……さまは……ヒック、生きてる……のね?」
「な……ライノ、それは本当か!? 二人は、生きているんだな?」
「まあ、そういうことになるな」
現状を見るに『死んではいない』というのが適切な表現だと思うが、今ここでそれを二人に告げるのは野暮というものだ。
「ああ、ねえさま……ねえさま……っ! わああああっ」
「そ、そう……か。ああ、クラウス……ッ!」
感極まったアイラの涙声がついに号泣に変わり、サムリの安堵してその場にへたり込むが、本当の山場はこれからだ。
死霊術が効かないのなら、武力で鎮圧する必要があるからな。
とはいえ、イリナとクラウスの生命力には素直に頭が下がる。
これは……頑張らないとだな。
「それじゃあパレルモ、今度こそ行くぞ。クラウスの本体は傷つけるなよ」
「うん、わかってるよー」
こういうとき、いつもなら美少女顔で敬礼しつつ、「へい! ガッテン承知の助!」とか謎の合いの手を入れてくるパレルモだが、さすがに空気を読んだらしい。
至極まともな返事が返ってきた。
俺はそんな彼女のマジメ具合に苦笑しつつ、イリナとクラウスに向き直る。
二体の魔物は、ちょうどぶつかり合いが終わり再生のために距離を取っている最中だった。
「よし……今だ! イリナ、クラウス! 二人で遊んでないで俺たちも混ぜてくれよ! ――《時間展延》《解体》!」
「オヤジゴーレムさん、いっくよー! へあっ! ほいやっ!」
――ザンッ!
――バシュッ! バシュン!
俺は軽口を叩きつつ瞬時に距離を詰め、イリナの尻尾部分を斬り飛ばす。
横目でみれば、パレルモの放った不可視の刃がクラウスの左腕を斬り落としたところだった。
『アアアアァァァッ!?』
『ガアアアァァァッ!?』
二体の魔物から驚愕の叫びが上がる。
よし。
先制攻撃は成功だ。
実のところ腐肉は食材とは言いがたいから、スキルが通るか少し不安だったのだが……一応腐肉も食材扱いらしい。
『イアアアアァァァッ!』
イリナドラゴンが激昂したように甲高い咆吼を上げ、こちらを向いた。
彼女は俺を敵と認めたようだった。
よしよし。
これからが本番だな。
『シイィッ!』
イリナの魔法剣が凄まじい速度と剣圧を伴い、迫る。
自在にうねるドラゴンの首とその先に繋がっているイリナが繰り出す魔法剣特有の剣筋のせいで、攻撃のタイミングを読むのはほとんど不可能だ。
「――《時間展延》。よっと」
だが時間を引き延ばすことができるならば、それは特に問題とならない。
俺はイリナが振るう剣からたなびく蒼白い魔力光に見とれつつも、それを難なく躱す。
「――《解体》! ――《解体!》、《時間展延》! もいっちょ《解体》!」
そしてイリナの魔法剣を躱しつつ、ドラゴンの部分を斬り刻んでいく。
……だが。
「クソ。埒が明かんな」
さっき斬り落とした尻尾もだが、脚部を斬り離そうがドラゴン部分の首を落とそうが、斬ったそのすぐそばから再生を始めるのだ。
とくに首付近はイリナを侵食しているトレントの支配力が強いのか、斬った瞬間に再生してしまう。
もちろん効いていないわけではない。
ドラゴンの手足を斬り落とせば、数秒ほど彼女の行動力を奪うことができる。
だが、それだけではイリナを救うことはできない。
「もうー! いくら切ってもくっついちゃうよー」
隣でもパレルモが魔術を連打しつつも、困ったような声を上げている。
あっちはクラウスの行動を封じることは成功しているようだが、クラウスとゴーレム部分とを分離するまでには至っていない。
さて、どうしたものか。
分かっていたことだが、この超再生力はかなり厄介だ。
二人を制圧するにはまず、この能力をどうにかして阻害する必要がある。
一番いいのは遺跡からの魔力供給を止めることだが、それはほぼ不可能だ。
丸ごと遺跡を破壊する必要があるからな。
パレルモの空間断裂魔術を最大出力で連打すればできないことはないだろうが、その代わりに俺たち全員が生き埋めになってしまう。
それでは本末転倒にもほどがある。
そんなことを考えていると……
「おい、ライノ! 何をやっているんだ! 全然効いていないぞ! もっと攻めていけ! 踏み込みが足らないんじゃないか!?」
サムリのヤジが飛んできた。
イリナの攻撃の合間を見て振り返ると、サムリはアイラの隣であぐらをかいて、こちらを観戦してるのが見える。
イリナとクラウスが生きていると分かった途端、安心したらしい。
あまつさえ、のんきに行動食をパクついてやがる。
アイラが「ちょっとサムリ!」とたしなめているが、サムリはどこ吹く風だ。
……あのクソ勇者め!
俺は頭に血が上るのを感じながら、しかし迫ってきたイリナの剣閃を身体をひねって軽く躱す。
完全に自分が戦力外なのを自覚しているのは、まあいいだろう。
一応病み上がりだしな。
だが、それでもこっちが必死に頭を絞って解決策を考えている最中にヤジを飛ばしてくるのは我慢ならん。
戦力が劣るならば劣るなりに俺やパレルモの肉壁にでもなって、防御や回避で消費する魔力を節約してくれればちょっとはマシなんだが…
うん?
ちょっとまてよ。魔力を、消費……?
そういえばアイツ、錯乱しているときに妙な技を使ってきたな?
確かあれは、魔力を吸い取る魔術だかスキルだったような。
……なるほど。
いいことを思いついた。
「あーっ!? ライノ、また悪い顔で笑ってるー!」
こっちに気づいたパレルモがちょっと引き気味な声を上げているが、知ったことか。
そこでのんびりくつろいでいるアホ勇者にも、見せ場を作ってやるとしよう。




