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第65話 遺跡攻略⑪ 逆攻略

前回のあらすじ:アイラはケンカの仲裁上手

『――――ッッ!!』


 祭壇の広間から数階層上にある広間に足を踏み入れた途端、暗闇の中から巨蟹の魔物がいきなり襲いかかってきた。


「おっと。――《時間展延》《解体》」


 だが、すでに気配探知スキルを常時起動している俺にはバレバレの奇襲だ。

 スキルと包丁でもって、巨蟹を体節ごとにバラバラに解体してやる。


 ズズ……ズズン……


 地響きをたてて、巨蟹のパーツがゴロゴロと地面に転がった。


「……ふむ」


 蟹の体液で汚れた包丁を軽く拭う。


 脚を抜きにしても人間の身の丈を上回る体高。

 岩をも粉砕する巨大な鋏と、分厚い甲殻。


 コイツはたしか、大鋏陸蟹(ジャイアント・クラブ)の変異種だったっけかな?

 たしかに、他のダンジョンに生息するものに比べたら十倍はでかい。

 おまけに奇襲を仕掛けるだけの敏捷性も併せ持っている。


 アイラの話だと、イリナたちも倒せはしたものの、多少手こずったようだ。

 たった一体でも、並の冒険者ならものの数分で全滅だろう。


 まあ、俺の前ではその戦闘力も無意味だったが。

 トレントと違って簡単にぶった斬れるからな。


「ライノー、だいじょうぶ?」


 すぐ後ろにいたパレルモが、心配そうに声をかけてきた。


「ああ。この程度の魔物、百体いようが何の問題もないぞ」


「そうなのー? でもこのカニさん、すっごい大きいよー? お肉、とってもおいしそーだけど、全部 《ひきだし》にはいるかなー?」


 そっちの心配かよ!

 まあ、今更パレルモが俺の戦闘力に疑問を抱くわけもなかった。


「む。……じゅるり。私は焼き蟹がいい。風味を引き出すには、殻ごと炭火で炙るのが最善の方法」


「ビトラ、お前もか……」


 彼女の頭の中には、すでにホカホカ調理済みの巨蟹の姿が浮かんでいるらしい。

 まあ、確かにコイツは鋏にも肉がみっしり詰まっているし、食い応えがありそうだが。


 だが、アイラの話だと、コイツは魔力核らしきものがあるんだっけ?

 とすると、単にジャイアント・クラブの亜種というよりは、何らかの理由で変異をとげた魔物である可能性が高い。

 祭壇の広間にいたトレントや聖騎士の状況から考えるに、トレントの種子による汚染の結果だろうか?


 とすると、コイツって食えるんだろうか?

 そんな疑問が、浮かび上がる。


 俺やパレルモ、それにビトラに毒は効かないが、トレントの種子はどうだろうな。

 難しい気がする。


 というか、トレントって加熱すれば死ぬのか?

 火に弱いのは間違いないが……


 いや、魔力核を取り出せばトレント自身は死滅するか。

 なら、問題ないのか?


 うーむ。

 難しい問題だ。


「――イノ、ライノ! おい、ライノ!」


 ジャイアント・クラブの処理法を考えていると、バンバンと肩を叩かれた。

 顔を向けると、サムリだった。

 なにやら困惑したような表情だ。


「おいライノ。さっきのはなんだ! この蟹、襲いかかってきたと思ったら急にバラバラになったぞ!? ライノ、まさかお前がやったのか?」


「そうだが……それについてはここに来る間に、話したはずだが?」


 俺が頷くと、サムリは一層怪訝な顔になった。


「いや待て、おかしいだろう! ライノ、お前は盗賊職(シーフ)で、し、死霊術師だったよな?」


「そうだが?」


「だよな! そんな前衛でも後衛でもない中途半端な職のお前がジャイアント・クラブをあっさり倒すなんて、ありえないだろ!」


 石床に転がる蟹の残骸を指さして、サムリが一気にまくしたてる。


 コイツ、まだそんなことを……


 魔王だの巫女だのといったところは多少端折ったものの、サムリには当面の連携に支障をきたさない範囲で、スキルや戦闘力のことは話しておいたはずだが……


 実際にそれを目の当たりにするまで、まったく信じていなかったらしい。

 というか、見てもなお、信じていないようだ。


「サムリ、トレントのせいで暴走していた貴方を正気に戻したのは、にいさまよ。さっき話したでしょう?」


「確かにそれは聞いたけど、しかし……」


 アイラにそう言われて、サムリが口ごもった。


「とにかく、今は先に進まないと。それに、にいさまがとっても強いなら、それは私……たちにとって、良いことだわ。サムリだってまだ本調子じゃないでしょう?」


「それは、確かにその通りだけど……うむむ、納得がいかない!」


 サムリが頭を抱えて悶絶している。

 つーか、コイツの中での俺は一体どういう存在なんだ。

 まあ、今さら知りたくもないが……


 ちなみにサムリは体内にトレントが残っているせいか、まだ動きがぎこちない。

 ビトラの魔術はあくまで対症療法であって、根本的な治療法ではないからな。


 だが、そこらへんはまあ、腐っても勇者といったところだ。

 遺跡の先々で散発的に襲ってくる魔物どもを、多少手こずりつつも、全体的は危なげなく斬り伏せている。


 俺なんかに変に突っかかってきたりせずに普通にしていれば、十分頼りになるヤツではあるんだが……




 ◇




「次は、第30階層か。すぐに階層主(フロアボス)と戦闘になるはずだ。これまでのようにはいかない。みんな、気を引き締めていくぞ」


 サムリが張り切った様子でそう言った。

 どうも、さっきの奇襲の一件から、サムリが妙にリーダーシップを発揮したがっている。

 対抗心でも燃やしているのだろうか。

 敵を撃破するたびにこっちをチラチラ見てくるし……

 面倒くさいヤツだ。


 だがまあ、ボス戦に備え気を引き締めることに異論はない。


「……ああ、そうだな」


 俺は軽く頷き、上層へと続く階段を見た。


 ここまでの道程は、正直拍子抜けするくらい楽ちんだった。

 なにしろ祭壇の広間からここまで、特に強力な魔物も異形の聖騎士も見かけていない。


 階層探索中に、何度か例の変異型ジャイアント・クラブや蟲型魔物、それにもともとこの遺跡に生息していたとおぼしき野生のトレントなどから襲撃があったが、それだけだ。


 第35階層はもぬけの空だったし、第30階層では階層主の巨大カタツムリと、その(しもべ)の巨大ナメクジの大群と戦ったが、そのときヌメヌメした生き物が大の苦手なアイラがへたり込んでしまったくらいだ。


 ちなみにパレルモにはどちらの魔物もご馳走に見えたらしく、「あーっ! 屋台で見たことある魔物さんだー! ハーブとバターで煮込んであげるよー!」とかやたらやる気を出してあっという間に殲滅してしまったから、俺やサムリの出番はなかった。

 サムリはその光景をみて、完全に白目を剥いていたな。


 ちなみにパレルモが見た屋台料理のヤツは、硬貨より一回り大きいくらいのサイズだし、そもそも魔物じゃない。あまつさえあんな小屋ほどもあるバケモノ蝸牛や、牛馬サイズのうえ大量の猛毒粘液を飛ばしてくるナメクジどもでは決してない。


 まあ、その話はいいか。


 ともかく、イリナやクラウスは未だ見つかっていない。

 かなり丁寧に各階層を調べたんだが……


 となると、ここから第25階層までの間に二人がいるということだ。

 クラウスはもう手遅れだが、イリナの状態がどうなのかは気になるところだな。

 元気だといいんだが。


「ね、ねえにいさま。今度の階層主はヌメヌメじゃないわよね?」


 とか怯えた表情のアイラが声を掛けてくるが、知らんな。

 俺の気配探知スキルは魔物の存在を感知するが、種別までは分からんからな。


「アイラ、大丈夫さ。勇者であるこの僕が、きっと君を護ってみせる」


 サムリがキメ顔で、背筋がむず痒くなるセリフを吐いている。


「え、ええ。そのときはきっと、頼むと思うわ……」


 アイラが俺の助けを求めるような視線を送ってきつつ、曖昧な返事をしている。

 いや、そんなドン引きするくらいなら、サムリにハッキリ言ってやればいいと思うんだが。

 どうも、幼なじみだから遠慮があるようだ。


 だがその遠慮が、最終的にサムリを傷つけることになる気がするが……そこまでは、俺の関知するところではないからな。


 それはそうと。


「みんな、気を付けろよ。どうも次のヤツは、かなり強力な魔物みたいだ」


 俺は一同の顔を見渡しながら、そう言った。


 上層からは、探知スキルで確認するまでもなく禍々しい魔力が漏れ出てきている。

 正直、今まで戦った敵なんて比べものにならないほどのものだ。


「おー。じゃあ、今度の魔物さんはとってもおいしーの?」


「む。今度の階層主は、朽ちかけた身体の竜種だったはず」


 パレルモは相変わらずブレないな。

 元(?)遺跡の主だったビトラによれば、次の階層主は屍竜(ドラゴンゾンビ)らしい。


「えー……」


 それを聞いて、パレルモがあからさまにガッカリした顔になった。

 いくら食いしん坊のパレルモでも、腐肉は無理だからな。


「で、ビトラ、そいつはどんなヤツだ? ブレスの種類とか、知っていれば教えてくれ」


「む。確か、その竜種はかなりの巨躯で、強力な腐食性のブレスを使ってきたはず。装備品を壊さないように、気を付けて戦う必要がある」


 腐食ブレス、か。

 屍竜としては順当な攻撃手段だな。

 俺やパレルモ、それにビトラは問題ないだろうが、サムリやアイラには注意して立ち回ってもらう必要がありそうだ。


「待ってくれ。次の階層主が、ドラゴンゾンビ? それはさっきのカタツムリよりも強いのか? 普通、ダンジョンは階層を深くするごとに魔物が強力になってくるものじゃないのか?」


 たしかにサムリの疑問はもっともだ。

 カタツムリ軍団は、パレルモがあっさり倒してしまったからな。


 だが、あの魔物どもも、まともに戦えば攻略の目がほぼ存在しない相手だ。

 物量もさることながら、全方位から射出される大量の猛毒粘液が厄介きわまりない。


 だからパレルモがやったように、超火力でもって敵を一瞬で殲滅するか、猛毒を無力化するスキルを持っているかの二択になるわけだが、普通の冒険者はそんなもの持っているはずがないからな。


 それに比べれば、腐食ブレスを持つ程度の屍竜のほうがよっぽど楽ちんだと思う。


 だが……そこは問題じゃない。


「ビトラ、その竜種というのは、何体だ?」


「む。一体のはず。なぜ、そんなことを?」


 ……そうか。


 俺はしばらく間を置いてから、みんなに聞こえるように言った。


「……俺のスキルには、強力な魔物の反応が二体(・・)ある。この意味が分かるな? 片方がドラゴンゾンビだとしても、少なくとももう一体はクラウスだ。あるいはイリナかもしれん。サムリとアイラは、覚悟しておけ」

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