第63話 遺跡攻略⑨ 荒療治
前回のあらすじ:トレントと治癒魔術は相性が最悪だった
ビトラが横たわるサムリの前に立った。
両手を手前に突き出し、魔術を唱える。
「――《繁茂》――《植物操作》」
すぐに、床から大量の植物が生い茂り始める。
ビトラ固有の植物魔術だ。
植物はどんどんとサムリの寝ている石床を覆い尽くしてゆき……
あっという間に、サムリを中心として小さな草むらが出来上がった。
「む。まずは第一段階、完了」
ビトラが『む。ふー』と一息つく。
ただしその『草むら』を形作る植物は、ただの雑草ではないようだ。
何というか、草の茎一本一本が、そして葉の一枚一枚が……とても細い。
植物というよりは、まるで緑色の羽毛のようだ。
それが、サムリの背中の下に敷き詰められている。
その様子たるや、なんと言い表せばいいのだろうか。
緑のベッドというか、羽毛でできた毛布というか……なんとも形容しがたい『ふさふさ』で『もふもふ』な領域が、そこに出現していたのだ。
サムリは、その中にもふっと埋もれるようにして横たわっている状態だ。
「な、ななな……っ、これはっ!?」
「おおーっ。気持ちよさそー!」
その様子を見守っていたアイラとパレルモが、目を輝かせた。
アイラは目の輝きようもだが、鼻息が荒い。
パレルモはともかくとして、アイラはもふもふ、ふわふわしたものに目がないからな。
亜人好きというのも、そのあたりの好みが占める割合が大きい。
まあ、アイラの趣味嗜好を置いておいても、確かにこの上で昼寝でもしたらさぞかし気持ちいいだろうな、とは思う。
トレントなんぞに冒されていなければ、サムリなんかには勿体ないくらいだ。
……だが。
これがビトラに言う『任せて』なのか?
もちろん、こうやって柔らかで毛布状のものでサムリを包み込み安静な状態を保っておくのは、決して悪い案ではない。
冷たい床のうえに寝かせたままよりも、ずっと身体に良いだろう。
だが、ビトラが固有魔術を行使までして、それだけ?
そんなわけはないだろう。
「む。本番はこれから。これから第二段階に移行する」
そんな俺の視線に気づいたのか、ビトラがちょっと得意げな顔で両手を宙にかざした。
すると、その動きに同調するように、サムリの下の『草むら』がざわざわと蠢きだした。
今度は何をするんだろうか。
全く想像がつかない。
「皆、少し離れていて。危険はないと考える。……でも、念のため」
「あ、ああ」
ビトラの言う通りに、俺たちは数歩下がった。
ん?
何か引っかかるセリフだな。
『危険はないと考える』?
『念のため』?
それはつまり、言い換えれば近くにいたら『危険』ってことじゃないのか。
ビトラはサムリに対して一体なにをするつもりなんだ。
「む。これを、こうして……」
そんな俺の視線を知ってか知らずか、ビトラはこちらにちらりと視線を寄越し、そんなセリフを呟きながら、大きく腕を振り上げた。
すると、その腕の動きに合わせて、羽毛のように細い植物がまるで意思を持ったかのようにさわさわと動き出す。
「――こう」
ビトラが腕を振り下ろす。
その瞬間。
――ザクザクザクザク!
敷き詰められていた植物の葉のすべてが縫い針のように鋭く尖り、サムリの全身に突き刺さった。
えっ。
「ぁが……ッ!?」
痛みからだろうか、ビクン! とサムリの身体が跳ねる。
さきほどまではダイブしたら絶対気持ちの良いこと間違いなしの緑色の『もふもふ』は、今や文字通り『針のむしろ』だ。
そういえば、はるか東方の国には古来より魔術も薬も使わず、針のみを使用した秘伝の治癒術が存在していると聞いたことがあるが……
サムリはその針を、肌が見えないくらいにみっしりと打ち込まれた状態だ。
……正直、なかなかエグい光景だ。
「あがががががががッ!?」
つーか意識がないはずのサムリの口から苦悶の声が漏れ出ているぞ。
だが、ビトラの操る極細針状の植物は容赦なくサムリの身体に突き刺さり、次々と体内に潜り込んでいく。
コレ、めちゃくちゃ痛そうなんだが……
「ちょっとにいさま! ビトラちゃんのことは信用しているけど……これ、大丈夫なの!?」
「い、痛そー……」
アイラが慌てた顔でこっちを見てくる。
ちなみにパレルモは途中から自分の両目を手で覆っている。
まあ、分からないでもない。
それほどに、ビトラの施す『任せて』は壮絶だ。
だが俺は、
「大丈夫だ」
アイラにそう言い切る。
ビトラが自分から言い出したのだ。
『任せて』、と。
ならば、仲間である俺が信頼してやらないで、いったい誰が信頼するというのか。
それに、これまで俺が見てきたビトラは、無意味に他人に苦痛を与えてもてあそぶ性格ではなかった。
というか、ビトラはその可愛らしい外見とは裏腹に、己の固有魔術を駆使した圧倒的なパワーで敵を叩き潰すことに美学を感じるタイプだ。
そういう意味で、いまサムリを針人間の刑に処しているのは間違いなく治療行為の一環……なんだと思う。
もちろん、ちょっとコレマジで大丈夫だろーか? という気持ちが俺の心の内に欠片もないのかといえば、ウソになるがな。
だがそれは顔に出さなければセーフだ。
それにまあ、サムリは一応勇者だからな。
常人とは別次元の耐久力と身体能力を持っているから、ちょっとやそっとのことで死ぬようなタマじゃない。
だから大丈夫だろ…………多分。
「あががががッ、ががッ、ガッ――――」
ビトラが生み出した針植物が一本残らずサムリの体内に入り込むと、サムリの全身がガクガクと激しく痙攣し始め……
やがてビクンとひときわ大きく震えたあと、沈黙した。
辺りに静寂が訪れる。
うん。
勇者殿は完全に白目を剥いてますね。
口の端からは泡が出てますね。
かなーり痛そうでしたからね。
これ、大丈夫なんですかね。
死んでないよね?
一方ビトラといえば俺たちの心配をよそに、大仕事をやりとげたとばかりにほこほこした表情で、額に浮かんだ汗をぬぐっている。
「む、ふー。これで、処置は完了。この者の体内に蔓延っていたトレントの根は、私の植物ですべて縛り、動きを封じた。アイラ、念のため植物の侵入した傷口に治癒魔術をお願いする。それでこの者は、じきに目を覚ますはず」
見れば、サムリの皮膚の下を這い回っていたトレントの根が外見上は消えている。皮膚を突き破っていた枝も、すでにない。
そして、当のサムリには……さっきとはうって変わって、穏やかで規則正しい寝息が戻っていた。
「サムリっ! ――《治癒》!」
口をぽかんと開いたままその様子を見ていたアイラだったが、ビトラの言葉に我に返った。
慌ててサムリのもとに駆け寄ると、すぐさま治癒魔術を唱える。
「……まさか、こんな方法があるなんて」
治癒魔術を施しながら、アイラがぽつりと呟く。
いや、俺もそんな方法があるなんて知らなかったけどな。
たしかにこの方法ならば、体内深くに蔓延るトレントを制圧することが可能だ。
しかし……
古の格言に『毒を以て毒を制す』というものがあるが、これはそれを地で行く荒技だ。
もちろん、ビトラの方は別に毒じゃないが……
「う……む……ここ……は?」
しばらくすると、サムリが目を覚ました。




